みひら)” の例文
中毒と覚しい痕もなければ、皺の深みに隠れている、針先ほどの傷もなく、両眼もみひらいてはいるが、活気なく物懶ものうそうに濁っている。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして、ぱっちりした、うるみのある、涼しい目を、心持俯目ふしめながら、大きくみひらいて、こっちに立った一帆の顔を、向うからじっと見た。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
病室に這入つて見ると、プラトンはぢつとして、両眼を大きくみひらいて、意味もなく、しかも苦しげに、聖像の方を見詰めてゐた。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
闇の中にばかりつぶって居たおれの目よ。も一度かっとみひらいて、現し世のありのままをうつしてくれ、……土竜もぐらの目なと、おれに貸しおれ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
パシエンカは目を大きくみひらいて、セルギウスの詞を聞いてゐる。セルギウスが真実の話をすると云ふ事が、婆あさんには分つてゐるのである。
かゝる時は昔の少女、その嬌眸をみひらきて水底みなそこより覗き、或はうなづき或は招けり。とある朝漁村の男女あまた岸邊に集ひぬ。
箪笥の前にもたれかかってじっとしていたが、ヒステリックに、黒い、大きな眼を白眼ばかりのようにかっとみひらいて
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
娘は、何と見たであろう! 見る見る大きくみひらいたが、二度目のおどろきに、又しても、気を失ってしまいそうだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
無残やな、振仰ぐ宮がのんどは血にまみれて、やいばなかばを貫けるなり。彼はその手を放たで苦きまなこみひらきつつ、男の顔をんと為るを、貫一は気もそぞろ引抱ひつかかへて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
リボンはやはりクリイム色で容赦なくみひらいた大きい目は、純一が宮島へまいったとき見た鹿の目を思い出させた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「でもまさかキスをしはしなかつただらう。」かう云つた兄は目を大きくみひらいて、額には汗を出してゐた。
(新字旧仮名) / グスターフ・ウィード(著)
こんなことではならぬならぬと思いながら、思えば思うほど腕がえるような気がして、どうにもならない。彼はただ暗がりの中にまじまじと眼をみひらいていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
この世への意志をみひらきかけている、そして、眠る時は、ふかぶかと、濃い睫毛まつげをふせているのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして何か物音がする度に頭を上げて、燐のように輝く眼をみひらいた。種々な物音がする。しかしこの春の夜の物音は何れも心を押し鎮めるような好い物音であった。
「なに、十人と仰せられまするか。」正則は吃驚びつくりしたやうに獣のやうな眼を一杯にみひらいた。
ソロドフニコフは両方の目を大きくみひらいて、唇を動かしながら、見習士官の顔を凝視した。見習士官は矢張前のやうにぢつとして据わつてゐて、匙で茶碗の中を掻き廻してゐる。
巡査は谷川の水をすくって飲ませると、彼はわずかに眼をみひらいたが、警官の姿をるやにわかに恐怖と狼狽の色を現わして、しきりに手足をもがいていたが、何分身動きも自由ならぬ重傷である
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こんな女は、今のどもとへ剣を差しつけられても、それでも平気で眠つて居るだらうか。いや、そんな場合には、いかに無神経なこの女でも、さすがに人間の本能として当然目をみひらくであらう。
昏睡こんすい状態にあった患者が、朝注射でよみがえったようにみひらいた目に、取りいている多勢の人の顔がふと映った。部屋にはしめやかな不安の空気がみなぎっていた。静かに段梯子を上り下りする跫音あしおとも聞えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ただれた眼をみひらくようにして、梅三爺はもう一度彼の姿を見直した。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
男(目を大きくみひらく。)あのあなたがわたくしに。
辻馬車 (新字新仮名) / フェレンツ・モルナール(著)
目は今までよりも広くみひらかれて輝いている。
(新字新仮名) / ウィルヘルム・シュミットボン(著)
みひらきて浮世を目戍みまも貪婪どんらんの眼の「奢侈」。
かきはのまぶたみひらき、かの自然の
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
それが、始め上体に衝動が起ったと見る間に、両眼をみひらき口を喇叭ラッパ形に開いて、ちょうどムンクの老婆に見るような無残な形となった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
谷へ出た松の枝に、まるで、一軒家の背戸のその二人をにらむよう、かっまなこみひらいて、紫の緒で、真面まむき引掛ひっかかっていたのです。……
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
闇の中にばかりつぶつて居たおれの目よ。も一度くわつとみひらいて、現し世のありのまゝをうつしてくれ、……土竜もぐらの目でも、おれに貸しをれ。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
浪路はパッチリと、目をみひらいて、雪之丞の両手を取って、ぐっと顔をみつめるのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
或る朝老僧の舍監を勤むるが、我臥床ふしどの前に來しに、われ眠れるまゝに眼をみひらき、おのれ魔王と叫びもあへず、半ば身を起してこれに抱きつき、暫し角力すまひて、又枕に就きしことあり。
梅三爺は、みひらく眼と共に口まで開いて、低声こごえでこういた。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「何、お葉が居ない。」と、お杉も初めて眼をみひらいた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
尼僧浄善の屍体は、両眼をみひらき、階段の方を頭に足首を礼盤の上に載せて、四肢を稍はだけ気味に伸ばしたまま仰向けに横たわっていた。
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
血気けっきはやる少年の、其の無邪気さを愛する如く、離れては居るが顔と顔、媼はめるやうにして、しよぼ/\と目をみひら
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
晨朝じんちょうの勤めの間も、うとうとして居た僧たちは、さわやかな朝の眼をみひらいて、食堂じきどうへ降りて行った。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
爾時そのときであつた。あの四谷見附よつやみつけやぐらは、まどをはめたやうな兩眼りやうがんみひらいて、てんちうする、素裸すはだかかたちへんじた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかし、その光が、妖怪めいたはためきをしながら、しきりと床上を摸索まさぐっている間でも、法水の眼だけはその上方にみひらかれていて、鋭く壇上の空間に注がれていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
らふ白粉おしろいした、ほとんいろのないかほ真向まむきに、ぱつちりとした二重瞼ふたへまぶた黒目勝くろめがちなのを一杯いつぱいみひらいて、またゝきもしないまで。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お勢が、恨み深げな眼を、くわっと宙にみひらいて、床のうえで冷たく縡切こときれていたのである。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
床柱と思う正面には、広い額の真中まんなかへ、五寸釘が突刺さって、手足も顔も真蒼まっさおに黄色いまなこかっみひらく、このおもかげは、話にある幽霊船ゆうれいぶね船長ふなおさにそっくり。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくてもなお、我等がこの宇宙の間に罷在まかりあるをあやしまるるか。うむ、疑いにみはられたな。みひらいたその瞳も、直ちに瞬く。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども、礼之進が今、外へ出たと見ると同時に、明かにその両眼をみひらいた瞳には、一点もねむそうなくもりが無い。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目は、ぱつちりとみひらいて居ながら、あえて見るともなく針箱の中に可愛かわいらしい悪戯いたずらな手を入れたが、何を捜すでもなく、指に当つたのは、ふつくりした糸巻いとまきであつた。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
梟眼きょうがんかっみひらけば、お丹も顔色あおずみて真白きおもて凄味すごみを帯び、眉間みけんとお癇癪筋かんしゃくすじ、星眼鋭くきっにら
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一しきり、またこがらしの戸にさわりて、ミリヤアドの顔あおざめぬ。その眉ひそみ、唇ふるいて、苦痛を忍びまぶたを閉じしが、十分じっぷん過ぎつと思うに、ふとまた明らかにみひらけり。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
年久しく十四五年を経ためすが、置炬燵おきごたつの上で長々と寝て、そっと薄目をみひらくと、そこにうとうとしていた老人としよりの顔を伺った、と思えば、張裂けるような大欠伸おおあくびを一つして
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(柿があるか、けやい、)とよだれ滑々ぬらぬらした口を切って、絹もはだにくい込もう、長い間枕した、妾の膝で、真赤まっかな目をみひらくと、手代をじろり、さも軽蔑したように見て
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五十ばかりの女は寝衣姿ねまきすがたのしどけなく、真鍮しんちゅう手燭てしょくかざして、覚めやらぬ眼をみひらかんとおもてひそめつつ、よたよたと縁を伝いて来たりぬ。死骸しがいに近づきて、それとも知らず
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この物音に、お蔦はまたぱっちりと目をみひらいて、心細く、寂しげに、枕を酒井に擦寄せると……
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このとき夫人のまゆは動き、口はゆがみて、瞬間苦痛に堪えざるごとくなりし。半ば目をみひらきて
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
美女 (夢見るようにその瞳をみひらく)ああ、(歎息す)もし、誰方どなたですか。……私の身体からだは足を空に、(馬の背にもすそ掻緊かいしむ)さかさまに落ちて落ちて、波に沈んでいるのでしょうか。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)