白樺しらかば)” の例文
白樺しらかばの皮をかべにした殖民地式の小屋だが、内は可なりひろくて、たたみを敷き、奥に箪笥たんす柳行李やなぎごうりなどならべてある。妻君かみさんい顔をして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
白樺しらかばの皮、がして来たか。」タネリがうちに着いたとき、タネリのおっかさんが、小屋の前で、こならの実をきながら云いました。
婆やは腰をかがめながら入ってきた。その手には、白樺しらかばの皮を握っていた。二人の目は驚異の表情をたたえて、その自樺の皮の上に走った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
星の空にそびえた一本の白樺しらかば、その高き枝にみどりの黒髪くろかみ風に吹かして、腰かけていたひとりの美少女、心なくしてふと見れば
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのおりの中幕なかまくに、喜多村が新しい演出ぶりを試みた、たしか『白樺しらかば』掲載の、武者小路実篤むしゃのこうじさねあつ氏の一幕ものであったかと思う。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
二三日にさんにちつて、とんさんにはなしをした。ちやう其日そのひおな白樺しらかば社中しやちうで、御存ごぞんじの名歌集めいかしふ紅玉こうぎよく』の著者ちよしや木下利玄きのしたりげんさんが連立つれだつてえてた。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
白樺しらかばの若木を自分で植えつけて、それがやがて青々としげって、風に揺られているのを見ると、僕の胸は思わずふくらむのだ。
敷きっぱなしの蒲団の上で内職に白樺しらかばのしおりの絵を描いていると、学校から帰って来たベニがドアを開けてはいって来た。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
過去の白樺しらかば派の人道主義が、やはりこれと同様だった。すべてこれ等の文学は、未だ自然主義の懐疑時代を通過していない。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
私の入れられたそのサナトリウムの「白樺しらかば」という病棟には、私の他には一人の十五六の少年しか収容されていなかった。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼は雨あがりの後の黄ばんだ雑木林をながめたり、丘つづきの傾斜に白樺しらかばかしくりなどの立木を数えたりして乗って行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ドイツでは行っても行っても洪積期こうせききの砂地のゆるやかな波の上にばらまいた赤瓦あかがわらの小集落と、キーファー松や白樺しらかばの森といったような景色が多い。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
薄い黄色の丸葉がひらひらついている白樺しらかばの霜柱の草の中にたたずんだのが、静かというよりは寂しい感じを起させる。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ところどころには灌木かんぼくの茂みがあって、それも代赭たいしゃの色に枯れかかっているのに、稀にまじる白樺しらかばと柳だけが、とび抜けて鮮かな色彩をもっていた。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
実際チェーホフはさすがに頗る巧みな一筆がきで、そうした自画像を描いている——野原の遠景、白樺しらかばが一本。絵の下に題して曰く、孤独(『手帖』)。
デンマークの富は主としてその土地にあるのであります、その牧場とその家畜と、そのもみ白樺しらかばとの森林と、その沿海の漁業とにおいてあるのであります。
る日彼女は所在なさに、例年のように葭簀張よしずばりの日覆ひおおいの出来たテラスの下で白樺しらかばの椅子にかけながら、夕暮近い前栽せんざいの初夏の景色をながめていたが、ふと
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ちょうどその途端とたんに、まだらな大きなキツツキが現われて、ほっそりした白樺しらかばの幹をせかせかと登り始めたので、すっかりそのほうに気を取られてしまった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
嘉七さんは白樺しらかばの皮を取りにあの辺へ通りかかって、そうして頭巾を見つけ出して来たまでです。ああ、また今夜はみんなしてお通夜つやをしなければなりません。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
白樺しらかばの茂った谷の底から、何者か高い声で「面白いぞう」とよばわる者がある、薄月夜うすづきよつれも大勢あったが、一同ことごとく色を失って逃げ帰った、という話が出て来る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
殊に列車が博克図ブヘドを出てからは、窓外にスクスクと伸びた白樺しらかばの美林が眺められ、乗客も乗務員ももう何事も忘れて、むさぼるように朝の空気を肺臓へ送りこんでいた。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
除夜にはサイトリカバといって、白樺しらかばの皮を門火かどびに焚くことは、他の山国の盆の夕も同じであった。年棚にはミタマの飯というものを作って、祖先の霊にささげた。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そしてそれは、白樺しらかばのように、山のにおいの高い、澄んだ渓流のように作為のない、自然人であった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
しかし、彼はどうにかその縁をよじのぼり、白樺しらかばくすやまんさくの林のなかを、やっとのことで通りぬけ、ときには野生の葡萄ぶどうづるにつまずいたりからまったりした。
時は九月の十四日、然し沼のあたりのイタヤ楓はそろ/\染めかけて居る。處々なら白樺しらかばにからむだ山葡萄の葉が、火の樣に燃えて居る。空氣は澄み切つて、水は鏡の樣だ。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
木々が黄葉こうようを呈している。そこへ昼の陽があたっている。白々と見えるは白樺しらかばの幹だ。林では兎がはねている。こずえでは橿鳥かけすが呼んでいる。空気には立派なにおいがある。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
左に折れ曲った丘に沿うて白樺しらかばもみの林が荒涼としてつらなっていた。エルマはその林に近い灌木かんぼくの中へ往った。ベルセネフがもう追っついて来た。彼はむちを放さずに握っていた。
警察署長 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
草の中からたった二本ひょろひょろとい伸びた白樺しらかばの白い樹皮を力弱く照らしていた。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この女ふたりが拳銃を構えて対峙たいじした可憐陰惨、また奇妙でもある光景を、白樺しらかばの幹の蔭にうずくまって見ている、れいの下等の芸術家の心懐にいて考えてみたいと思います。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
百姓なんてものは騙児かたりだから、同情してなんかやるには当たらん、今でもたまにぶんなぐる者がおるから、もったものだ、ロシアの土地は、白樺しらかばがあればこそ、しっかりしてるんだ。
しばらく、あの、白樺しらかばの林の上に、秋空に動かない雲の上に、僕の瞳を憩わせてくれ。僕にはもう、暖かさが耐えられない。この執拗な生命の糧を、だれに分け与えればよいのだろう。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
僕だつてSやなんか白樺しらかばの連中と別れた時は、堪らない位淋しかつたもんだ。しかしその位の事に堪へられない位ぢや、とてもいゝ作家になれないと思つたから、歯を喰ひしばつて我慢した。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
たきなどの滴垂したたりおちる巌角いわかどにたたずんだり、緑の影の顔に涼しく揺れる白樺しらかば沢胡桃さわぐるみなどの、木立ちの下を散歩したりしていたお増の顔には、長いあいだ熱鬧ねっとうのなかに過された自分の生活が
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
蹄鉄に蹴られたこいし白樺しらかばの幹にぶつかる。馬はすぐ森を駈けぬけて、丘に現れた。それには羊皮の帽子をかむり、弾丸たまのケースをさした帯皮を両肩からはすかいに十文字にかけた男が乗っていた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
白樺しらかば赤楊はんのきかさなりもりしげみに銃架じうかかげはけふもつゞいて
「森へは、はいって行くんでないぞ。ながねの下で、白樺しらかばの皮、いで来よ。」うちのなかから、ホロタイタネリのおっかさんがいました。
雪の結晶の撮影は小屋の入口の白樺しらかば造りのヴェランダで行うことにして、此処にも木箱を持ち出して実験台を作る。
僕の後ろにある岩の上にはにあるとおりの河童が一匹、片手は白樺しらかばの幹をかかえ、片手は目の上にかざしたなり、珍しそうに僕を見おろしていました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうして木の葉の網目あみめる日光が金の斑点はんてんを地に落すあの白樺しらかばの林の逍遙しょうよう! 先生も其処に眠って居られる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ただし榾とは言っても囲炉裏いろりにくべるのではなくて、白樺しらかばなどあぶらの多い木の榾を暖炉の上に立てて蝋燭ろうそく代りにともすのがロシヤの貧しい農家のならいであった。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
三番目の絵葉書は、高原の白樺しらかばが白く光って、大きい綿雲のいた美しい写真であった。文面には
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ついシュトルツ家の裏庭の方で、子供たちの声がしているのでお春が呼びに行こうとするのを、雪子は止めて、ひとりテラスの葭簀張よしずばりの下へ出て、白樺しらかばの椅子に掛けた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると、白樺しらかばのこずえの上にあって、始終をながめていた咲耶子さくやこが、にわかにやさしい声をはって
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十羽の鳩を前に置いて、北原賢次は白樺しらかばの皮をいて、それを薄目に薄目にと削りなしている。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
木のおいしげった丘のふもとで、近くを小川が流れ、白樺しらかばの巨木がその片端に立っていた。
それらの樹木の多くが白樺しらかば落葉松からまつであることを知ったのもほとんどその時が始めてであった。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
大谷地は深き谷にて白樺しらかばの林しげく、その下はあしなど生じ湿りたる沢なり。此時このとき谷の底より何者か高き声にて面白いぞ——とよばわる者あり。一同ことごとく色を失いげ走りたりと云えり。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暗灰褐色の樹皮が鱗状うろこじょうき出しかけている春楡の幹、水楢みずならかつらの灰色の肌、鵜松明樺さいはだかんば、一面にとげのある※木たらのき栓木せんのき白樺しらかばの雪白の肌、馬車は原生闊葉樹の間を午後の陽に輝きながら
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ひき残された大豆のからが風に吹かれて瓢軽ひょうきんな音を立てていた。あちこちにひょろひょろと立った白樺しらかばはおおかた葉をふるい落してなよなよとした白い幹が風にたわみながら光っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
庭は一町歩か、それとも、もう少し多いくらいの広さであったが、樹木はぐるりにだけ四方の垣根沿いに、幾本かの林檎りんごの樹と、かえで菩提樹ぼだいじゅ白樺しらかばが各一本ずつ植えてあるだけであった。