なぐ)” の例文
旧字:
数時間のあいだ、上からはなぐるように降りつけられ、下は湿地と水溜みずたまりをこいで歩くのであった。全身あますところなく濡れていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
だれおれ真似まねをするのは。とつて腹を立て、其男そのをとこ引摺ひきずり出してなぐつたところが、昨日きのふ自分のれて歩いた車夫しやふでございました。
年始まはり (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
五郎太の眼は、怒りともあわれみともとれる光りを帯び、袴の上の両手は固くこぶしを握って、いまにもなぐりかかりそうにふるえていた。
古今集巻之五 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「きょうはじめてお嫁さんと逢うんだというのに、十一時頃まで悠々ゆうゆうと朝寝坊しているんですからね。ぶんなぐってやりたいくらいだ。」
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
隆吉からは同情的なほどこしを受けてはならないと思った。なぐるか、るか、どんなにひどい仕打ちをされてもかまわないと思うのである。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「なんだって?」課長は頭をイキナリ煉瓦れんがなぐられたような気がした。一体青竜王はどこまで先まわりをして調べあげているのだろう。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
愚助は不思議に思ひながら、お父さまのそばへ近よりますと、お父様は、いきなり愚助のほほつぺたを、ぴしやりとなぐりつけました。
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
なぐったりったり、散々に責めさいなんだ挙句、あろうことかあるまいことか! しまいには、その坊さんにね、此奴こやつが腰元をそそのかして
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
或る近所の自警団では大杉を目茶苦茶になぐってやれという密々の相談があるとか、うそまことか知らぬがそういう不穏の沙汰を度々耳にした。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そういったののしりを浴びせられつつ、俺は寄ってたかってなぐられ、蹴られ、踏んづけられて、半死半生の目に会わされたのである。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
その時、ある大名の行列が乱暴をしたから、その先手さきて水瓜頭すいかあたまを十ばかり見つくろってなぐり、吉原の方へ逃げ込んだことがある。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
予報テップ売りの口上だ。私も買ってみたが、帳面のきれはしに馬の番号が出鱈目でたらめに——どうもそうとしか思われない——なぐがきしてあるだけだ。
前線の兵は貧乏人のせがればかりだ。俺達は、ものこそ云えないが、命を賭けているんだ。孫伍長は、あの晩も、もう少しでかくなぐるところだった。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
しかも玉次郎をなぐった玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤まっかまった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は、しまひには、その男をなぐりつけるつもりであつた。彼等は五六間をへだてて口争ひして居た。其処へ、見知らない男の後から一つの提灯ちやうちんが来た。
そして、兵卒の方が将校をなぐりつけそうなけはいを示していた。そこには咳をして血を咯いている男も坐っていた。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
喧嘩けんかをしてはなぐり倒され、しかも翌日になると、いつもの調子になって陽気に騒ぎたて、周囲の者も皆自分と同じように快活になることを求めていた。
「いえ、伍長殿。ほんとに迷ったのであります」それから声が低くなり何かくどくど言う声音であったが、声が途断とぎれると又急になぐるらしい気配がした。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ヤンがマヌエラ共有を主張してカークになぐられた。しかしカークでさえ、妙にせまった呼吸いきをし、血ばしった眼でマヌエラをみる、顔は醜い限りだった。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そう思い返しながら、われとわが拳固こぶしをもって自分の頭をなぐって、はやり狂う心のこまつなぎ止めたのであった。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
真向から平手でピシヤツと、なぐるやうな父の返事に、相手は暫らくは、二の句が、げないらしかつた。が、暫らくすると、太い渋い不快な声が聞え始めた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
しかも年中酔っ払っているおやじはこの喧嘩を聞きつけると、たれかれの差別なしになぐり出したのです。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ルピック夫人は手のひらでぶつ。ルピック氏は新聞でなぐる。それから、足でる。ピラムは、なぐられるのがこわさに、腹を床にすりつけ、鼻を下に向け、やたらに吠える。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
私の心臓は私よりもあわてていた。ひどくなぐりつけられた後のように、頭や、手足の関節が痛かった。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
掏摸すりだ! 掏摸だアッ! とののしりさわいで、背後の人々が一団となって揺れあっている。腕が飛ぶ拳が振りあがる、なぐる蹴る。道ぜんたいが野分のわきのすすきのよう……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
民さんは植木屋の夏がれどきに八百屋やおやをやり、貸シが多くなりもだもだのあげく、長屋のお内儀かみさんの顔をぶんなぐり、その場で巡査じゅんさにつかまって留置場にほうり込まれた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
てんびんぼうかなんかで、なぐころしにでもしなきや、はらむしがいえねえんですからね——。が、まア、ころされやがつて、天罰てんばつというところでしよう。ありがてえとおもいます。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
なぐり合う…… se donner du tabac(煙草をかぎ合う——十七世紀)—→ se chiquer la gueule(あごみ合う——十九世紀)
三郎は、いつでもこの遠藤の顔を見さえすれば、何だかこう背中がムズムズして来て、彼ののっぺりした頬っぺたを、いきなりなぐりつけてやりい様な気持になるのでした。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もっと悟空に近づき、いかに彼の荒さが神経にこたえようとも、どんどんしかられなぐられののしられ、こちらからも罵り返して、身をもってあのさるからすべてを学び取らねばならぬ。
「——横着顔して、すッとぼけるな。はやく香具師へ銭を投げてやらんと、ぶんなぐるぞ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はその時一男をひきずり倒してなぐりつけたい程じりじりすると同時に、また一方では、その面憎つらにくいまで落ちつきはらったきもたまの太さに、思うさま拍手を送りたくなったのだった。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
その喧嘩を舞台へ持ち出して、滅茶苦茶のつかみ合いやなぐり合いをやる。それがいかにも真に迫っているというので、一部の観客に喜ばれた。立廻りは確かに壮士芝居の売物になった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
看護婦が薬を間違えたために患者が死んだのだという嫌疑けんぎをかけて、是非その看護婦をなぐらせろと、医局へせまった人があったというその話は、津田から見るといかにも滑稽こっけいであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし史朗はその時、清川に頭臚あたまなぐられ、泣きつらかきながらはらわれて来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
追従ついしょう、暗闘、——それから事務員某の醜悪見るに堪えないかっぽれ踊り、それから、そうだ、間もなく誰かと何かしきりにののしり合ってあげくの果てがなぐり合いとなり、さら類のこわれる音
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
たとえば演説会で、ヒヤヒヤの連呼や拍手喝采のしつづけは喜んで聞いているが、少しでもノオノオとか簡単とかいえば、すぐ警察官と一緒になって、つまみ出せとかなぐれとかほざき出す。
新秩序の創造:評論の評論 (新字新仮名) / 大杉栄(著)
「ただいまで申す、なぐりこみのようなことを、彼女あれがいたしましたので——」
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「馬鹿野郎ッ!」吃りがいきなり監督の鼻ッ面をなぐりつけるように怒鳴った。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ある時、高等小学の修身科で彼は熱心に忍耐を説いて居たら、生徒の一人がつか/\立って来て、教師用の指杖さしづえを取ると、突然いきなりはげしく先生たる彼のせなかなぐった。彼はしずかに顧みて何をると問うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
腹が立つたら、出かけて行つて、なぐり合ふ方が本当だ。罵られて黙つて引込んでゐるのは文士位のものだ。しかし、これも損得そんとくを考へてゐるのだと思へば、別に問題にするにも当らないけれど……。
批評 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
私はあるとき親爺の頬っぺたをなぐりつけたのである。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
「えい! しつかりせんかい、なぐるぞ!」
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「よし、なぐって来てやろ」
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
なぐったといった方がよい。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
なぐらむといふに
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
どろぼう! という太いわめき声を背後うしろに聞いて、がんと肩を打たれてよろめいて、ふっと振りむいたら、ぴしゃんとほおなぐられました。
灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
まるでうしろからつちなぐりつけたように、階段の上で、ごとごとばたんばたんと、しきりに前に倒れ、そして転がるのであった。
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
仙「己は通りがゝりのものだが、弱い町人をつかめえて嚇しやアがッて、なげえのを振り廻わし、斬るのるのッて、ヤイ此のさむれえなぐり付けるぞ」
犬は毛の長い、真白な犬で、赤い舌を出して、富岡に、神経質に吠えたててゐる。ゆき子は犬の頭をきびしくなぐ
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)