樵夫きこり)” の例文
樹を切るのは樵夫きこりを頼んだ。山から海岸まで出すのは、お里が軽子かるこで背負った。山出しを頼むと一に五銭ずつ取られるからである。
窃む女 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
樵夫きこりは樵夫と相交って相語る。漁夫は漁夫と相交って相語る。予は読書癖があるので、文を好む友を獲て共に語るのをたのしみにして居た。
鴎外漁史とは誰ぞ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
鹿の湯というのは海の口村の出はずれにある一軒家、樵夫きこりの為に村醪じざけも暖めれば、百姓の為に干魚ひうおあぶるという、山間やまあいの温泉宿です。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
初め山道は麓の村落でおどかされた程急ではないが、漸く樵夫きこりの通う位の細道で、両側から身長みのたけよりも高き雑草でおおわれている処もある。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
樵夫きこりはこれをしらず、今日の生業かせぎはこれにてたれり、いざや焼飯やきめしにせんとて打より見れば一つぶものこさず、からすどもは樹上きのうへにありてなく
そのあたりを打見ますと、樵夫きこりの小屋か但しは僧侶が坐禅でもいたしたのか、家の形をなして、ようや雨露うろしのぐぐらいの小屋があります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
捨札すてふだも無く、竹を組んだ三脚の上へ無雑作むぞうさに置捨てられてあるが、百姓や樵夫きこりの首ではなくて、ともかくも武士の首でありました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこは真壁郡の長岡という村から、加波山に向って二十町ほど登ったところで、捨てられた古い樵夫きこり小屋に手をいれたものである。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もやが分れて、海面うなづらこつとしてそびえ立った、いわつづきの見上ぐる上。草蒸す頂に人ありて、目の下に声を懸けた、樵夫きこりと覚しき一個ひとり親仁おやじ
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんな事を言ひ/\、樵夫きこりやつ枯木かれきり倒すと、なかから土でこさへたふくろの形をした物が、三つまでころころと転がり出した。
そうして計らずも道に迷った。と、木の陰に四五人の樵夫きこりが、何か大声でわめいていた。近寄って見ると彼らのうちに、一人の老人が雑っていた。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小泉の宿しゅくには、この附近の寺院を相手にあきないしている家々や、河内かわちがよいの荷駄の馬方や、樵夫きこりや、野武士などかなり聚合しゅうごうして軒をならべていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むなしい時間が経過して行き、一人の樵夫きこりにもわなかった。私はだんだん不安になり、犬のように焦燥しながら、道をぎ出そうとして歩き廻った。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
樵夫きこりの鈍い叫声に調子づけるように、泥がブヨブヨの森の端で、重荷に動きかねる木材を積んだ荷馬を、罵ったり苛責したりする鞭の音が鋭く響く。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
五昼夜もかかって三国峠みくにとうげを越え、ようやく上州路へ辿たどりつくのだったが、時には暗夜に樵夫きこりの野宿しているのに出逢であい、年少の彼女は胸をわななかせた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一時はヴァッヘルの力強く、戦はどうなるかと見えたが、幸にもその近くにいた樵夫きこりが二三名かけつけ、とうとうその男を取押える事が出来たのである
猟夫かりゅうど樵夫きこりの荒くれ男ですらこれを魔所と唱えて、昼も行悩ゆきなや三方崩さんぽうくずれの悪所絶所を、女の弱い足で夜中に越そうと云うのは、余りに無謀で大胆であった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「よし、ぢやあおれ達ア樵夫きこりにならう。おい、鋸貸せよ。鍬アそつちさやつから。」と、これは六人であつた。
続生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
少年は以前、年取った樵夫きこりのネッセルが、夕方になると、そんな様子で休んでいるのを度々みたのでした。
しんの王質と云う樵夫きこりが山の中で童子が碁を打っているのを見ていたら、その間におのただれた、とやら云うようなことではございませんでしたでしょうか」
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と思うと、遥かの渓底にあたって大木の倒れた響が聞えることなどがある。樵夫きこりが材木を取るのである。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
此の小屋はその年はじめて出來たもので、まだ大工や屋根屋や樵夫きこりがゐた。みんないつぱい機嫌だつた。
山を想ふ (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
羽州の八郎潟の由来書に、八郎という樵夫きこり、異魚を食い大蛇となったという(『奥羽永慶軍記』五)。
すべてかようの山尾根先おねさきは天狗の通路であって、樵夫きこりやから一切夜分やぶんは居らぬことにしていると述べた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ところが、一軒の樵夫きこりの家の軒に、生々しい熊の皮が、赤い肌を陽に向けて、三枚も吊るしてある。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
やたらにつかんでは投げ出したようなその断定の事がらは、吃逆しゃっくりのように彼の口から出た。そして彼はその一つ一つに、木を割ってる樵夫きこりのような手つきをつけ加えた。
(自然が人間に対する無関心はツルゲニエフの猟人日記中、森で樵夫きこりが倒れ、大木の下積みになりその大木が樵夫を殺す作を見てから兄が一層痛感しているのであった。)
兄妹 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が明けて樵夫きこりが一人通り掛かつた。それが己の繩を解いてくれた。その時は己は苦痛と疲労とのために失神してゐたのである。己は気が附いて見ると、地にたふれてゐた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
土釜どがまの米をすすいだり、皿小鉢を洗っているのを、むこう山の木の間から、樵夫きこりが見かけることがあるくらいで、住んでいるのは、確かに作阿弥老人ひとりのはずだが……。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たまに樵夫きこりが通る位のものですが、南岸の路は、新道で、ところに由つては、草に全く埋れたところもあるさうですけれども、山奥の小木、三倉等といふ方に通ずるところは
玉野川の渓谷 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
あるいはまた、樵夫きこりが樹木を背負わんとするに重くしてあがらぬ場合には、山童を呼んで頼むと軽く上がるといい、運搬するにもその手伝いによれば軽く動くとの風説である。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
草の葉が紅く、黄色く色づいているのが見られる。危い崖を踏んで溪川を左手に眺めながら行くと林の下に樵夫きこりの小舎がある。其処から少し行くと、地獄谷というところに出る。
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
鳥の声や風の音や波のひびきなどをまねた音楽、それから、ロシヤの川船の船頭の歌、スイスの山のなかの樵夫きこりの歌、アルプスのふもとの羊飼ひつじかひの歌、フランスの田舎の葡萄ぶだうつみの歌
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
「足引の山沢人の」までは「人さはに」に続く序詞で、山の谿沢たにさわに住んで居る人々、樵夫きこりなどのたぐいをいう。「まなといふ児」は、可哀かあいいと評判されている娘ということである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
成程白石の記事によつてもシドチが最初に出会つた日本人は樵夫きこりであるが、出会ひの叙述は日当りの良い平凡な山中の草原を考へさせ、山塊一面神代杉の密林などとは思ひもよらぬ。
歴史と現実 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
背後うしろ一帯いったいの山つづきで、ちょうどその峰通みねどおりは西山梨との郡堺こおりざかいになっているほどであるから、もちろん樵夫きこり猟師りょうしでさえさぬ位の仕方の無い勾配こうばいの急な地で、さて前はというと
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
山一ッ下に小さく見えていた樵夫きこりに、あるだけの声を出しで途を聞いたが、矢張上って来た途をくだるのがいらしいので、樵夫は又、早く降りないと夜になるぞと励ますように言い足した。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
運命という樵夫きこりが既にしるしをつけておいた樹木が、生い繁っていたのであろう。
また、あるもぐりの樵夫きこりが枝をひろげた槲の木の下でぐっすりと寢こんで、ふっと夜中に目をさますと、メルゲル老人の青ぶくれの顏が、小枝の間から覗いているのを見たという噂もあった。
桃の主とは前後の模様にて考ふれば樵夫きこりか百姓などのたぐいなるべし。木を割るとはまきを割るなり。うちそむきとは桃の花を背にして木を割るといふ意なり。即景そのままにして多少の野趣あり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
丁度明日入港する船で、鹿児島へ帰る学生と、カヂをとつてくれる樵夫きこりの若い男とで、トロッコにうづまつた。カンテラを富岡と学生二人が交互に持ち、樵夫が、その明りでカヂを押すのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
恐らくこの村始まって以来はじめてであろうと思われる怖ろしい光景が、樵夫きこりの一人によって発見せられました。山腹にかけられた小屋の中に、五人の悪漢が死体となってよこたわって居たのです。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
漸くに庵室の門まで辿り着くと、扉のなくなつた屋根の下には、樵夫きこりが薪を積み上げて、通せん坊をしてゐたが、徑は其の脇の土塀の崩れたところに續いて、其處から人の往來する痕があつた。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
現今いま私のうちる門弟の実見談じっけんだんだが、所は越後国西頸城郡市振村えちごのくににしくびきぐんいちふりむらというところ、その男がまだ十二三の頃だそうだ、自分のうちき近所に、勘太郎かんたろうという樵夫きこり老爺おやじが住んでいたが、せがれは漁夫で
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
五のじいさん……材木屋といっても、そま半分の樵夫きこりで、物のいいようも知らないといった塩梅あんばいですから、こういうものを相手にして掛け合って、話が結局旨く運ぶかどうか、甚だ危ぶまれましたが
森の中に住む人間といふのは、親子の樵夫きこりでしたが、これをきいて
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
樵夫きこり、猟師でさえ、時々にしか通らない細いみちは、草の中から、ほんの少しのあか土を見せているだけで、両側から、枝が、草が、人の胸へまでも、頭へまでも、からかいかかるくらいに延びていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
おのの柄を新しくなさらなければ(仙人せんにんの碁を見物している間に、時がたって気がついてみるとその樵夫きこりの持っていた斧の柄は朽ちていたという話)ならないほどの時間はさぞ待ち遠いことでしょう」
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
かれらは皆この近所の人びと、すなわち農夫や樵夫きこりであった。
致しませう。昔、一人の樵夫きこりがお神さんと一緒に住んでゐました。二人は大変貧乏でした。此の樵夫夫婦には七人の子供がありました。その一等下の子はそれはそれは小さくて、其の寝床は木靴で間に合ふ位でした。