くしけず)” の例文
五十くらいの田舎女のくし取り出してしきりに髪くしけずるをどちらまでと問えば「京まで行くのでがんす。息子が来いと云いますのでなあ」
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
身嗜みだしなみよくキチンと頭髪をくしけずって、鼻下にチョビひげを蓄えた、小肥りの身体はかねて写真で調べておいたとおりの伯爵に違いはない。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
中津はひげ面のひげを青く剃り、稍々ややちゞれる癖のある、ほこりをかむった渦まける髪をきれいにくしけずって、油の臭いをプンプンさしていた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
すると、驚くべし、その下から現れたのは、髪も灰色の老婆かと思いのほか、意外にも意外、それは金髪を美しくくしけずった若い洋装の女だった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
名士こうべめぐらせば即ち神仙 卓は飛ぶ関左跡飄然ひようぜん 鞋花あいか笠雪三千里 雨にもくし風にくしけずる数十年 たとひ妖魔をして障碍を成さしむるも 古仏因縁を
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
前額に二、三寸にくしけずれる程の髪を残してあとは丸坊主の子、辮髪べんぱつ風に色の布で飾ったお下げを左右に残すもの、或は片々だけに下げているもの。
中支遊記 (新字新仮名) / 上村松園(著)
翼のように、舌のように、逆にくしけずる女頭のように、火は焔になり、焔は幾条の筋をよって濛々もうもうとした黒煙に交り、森から前後左右に吐き出された。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つるは皮をいて水に浸すと、粘りのある汁が出て、髪をくしけずるのに用いられるというので美男葛の名があるのでした。一に葛練くずねりなどともいいました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ただの時なら四五日が十日とおかでもさして心配にはならぬ。過去に追いつかれた今の身にはくしけずる間も千金である。逢えば逢うたびに願のまとは近くなる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
珍車の実が露にぬれた長いほうけた毛を風にくしけずらしている。梅鉢草、白山一華はくさんいちげ、白馬千鳥なども皆花をつけていた。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
泣くなく着物を着せ、髪を何遍も丁寧にくしけずる、わが子の手にふれ、肩にふれ、顔を両手でおさえて離さなかった。六波羅からの車に若宮は乗せられた。
時に鏘々しょうしょうとして響くのはこの音で、女神がくしけずると、またあらためて、人に聞いた——それに、この像には、起居たちいがある。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
化粧着を身体にまきつけ、広いそでの中に腕をあらわにし、髪はよくくしけずってなく、巻き毛が眼やほおにたれ下がっていた。
寝乱れた髪を頻りにくしけずる。漸く端正なかたちになって応接間へ急ぐ途中、部屋から出て来たお父さんに突き当る。失礼々々。佳子さんはお母さんと話していた。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
市九郎はくしけずらざれば、頭髪はいつの間にか伸びて双肩を覆い、ゆあみせざれば、垢づきて人間とも見えなかった。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
往事の書生が、なるべく外貌がいぼうを粗暴にし、衣はなるべく短くし、かみはなるべくくしけずらず、足はなるべく足袋たび穿かなかったような、粗暴の風采ふうさいはなさぬ人が多かろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
くしけずらない毛髪や不恰好ぶかっこうに結んだネクタイや悪い顔色などのなかに、踊り子の感化を見出している間
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
太い黒い毛を頭の周囲で真直にくしけずり、頸部で短く切り、耳の上に長く垂らし、前髪を大きく下げる。
何うして此処こゝへ来たと聞いたら、実はお下屋敷の方へ参られませんから、此方こちらへ参ったのでございます、旅で種々いろ/\難行苦行をして、川をわたり雪にい、みぞれに遭い風にくしけず
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そうしてくしけずつたやうな細い雨の足が土堤から川水の上を平面にさつとかすつてゐた。みのるは又、船が迂曲うねりを打つてはひた/\と走つてゆく川水の上に眞つ直ぐに眼を落した。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
卯の花の咲いているほとりに、誰がくしけずったものか、髪の毛が落ちている、という趣である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
乱世に立って、群盗乱臣を平らげ、風にくしけずり雨にゆあみし給うなど、三十余年、万民のために、また漢朝のために、身をくだかれて来たことは、ひとしく天人ともに知るところです。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これもまた髪をくしけずり、丹念に爪を磨き、キャロン会社製造の「謝肉祭の夜ニュイ・ド・ノエル」という香水をさえ下着に振りいたのは、その昔、東邦の騎士キャヴァリエキャスケに香を焚きしめたという故事もあり
即座に沐浴ゆあみくしけずり、化粧を凝らし、服装を整えて、丹之丞の前へれて来させました。
きれいに血のあとをぬぐい取った一つの首が廻って来ると、此の女はそれを受け取って、先ずはさみもとどり元結もとゆいり、ついで愛撫あいぶする如く髪を丹念にくしけずって、或る場合には油を塗ってやり
青豆をいたような藍靛らんてんの水が、落葉松の樹の間に、とろりと光って、水草や青い藻は、岸にすがって、すいすいとくしけずっている、どこにも地平線のない空は、森の梢にも、山の輪廓にも
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
依然として首を垂れている、依然として襤褸ぼろを纏っている、片手に持ったは飯桶で、足には草履ぞうりさえ履いていない。顔を蔽うたくしけずらない髪、あかにまみれた足や腕、体には何の威厳もない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
医学博士押鐘童吉は五十代に入った紳士で、薄い半白の髪を綺麗きれいくしけずり、それに調和しているような卵円形の輪廓で、また、顔の諸器官も相応して、それぞれに端正な整いを見せていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのうち、熊沢蕃山くまざわばんざんの書いたものを読んでいると、志を得て天下国家を事とするのも道を行うのであるが、平生顔を洗ったり髪をくしけずったりするのも道を行うのであるという意味の事が書いてあった。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
妾は寝耳に水の感にて、何か今明日こんみょうにちに喜ばしき御沙汰ごさたあるに相違なし、とにかくその用意をなし置かんと、髪をくしけずり置きしに、果して夕刻書物など持ちて典獄の処にで来るようにと看守の命あり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
栃内とちない和野わのの佐々木嘉兵衛かへえという人は今も七十余にて生存せり。このおきな若かりしころ猟をして山奥に入りしに、はるかなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪をくしけずりていたり。顔の色きわめて白し。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
毎夜一青年にその頭をくしけずらしめ終ってすなわち殺した。
怜悧相れいりそうな額には、油もつけず幾日もくしけずらない為に、煤気すすけを帯びた様な黒い、たっぷりした散髪が掩いかぶさって居る為に思いきって切れ長なまぶたの底に
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この山の中に住みながら、紳士は血色のいいあから顔で、半白の頭髪をキチンとくしけずって、上衣うわぎは着けていませんが、ネクタイにスエターをまとっているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
とばかりで、その目玉に射られるようで堅くなってどこも見ず、おもてを背けるとはしなく、重箪笥かさねだんすの前なる姿見。ここでくしけずる柳の髪は長かろう、その姿見の丈が高い。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
髪はくしけずらず、蔓草をさねかずらにしていた。色は黒かったが、瞳が黒く人なつこく光っていた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
近頃井上通泰、熊沢蕃山くまざわばんざんの伝を校正上本せしを見るに、蕃山の詞に、敬義を以てする時は髪をくしけずり手を洗ふも善を為すなり。然らざる時は九たび諸侯を合すとも徒為といのみと有之候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
皮膚は蒼白に黄味を帯び、髪は黒に灰色交じりのくしけずらない団塊である。額にはしわ、眼のまわりには疲労の線条を印している。しかし眼それ自身は磁石のようにき付ける眼である。
アインシュタイン (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と、薄ものを身にまとったヒルミ夫人は鏡の前で髪をくしけずりながら、若い夫に訊いた。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
幅濶はばびろの二筋三筋に別れ、川と川との間には、花崗みかげの白い砂の平地と、この平地にみどりの黒髪をくしけずる処女の森とで、水は盲動的に蛇行して森と森との間を迂回する、あるいは森を突き切って
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
手ずから髪をくしけずってやり、襟や袖口を揃えてやり、立たせてみたり、坐らせてみたりして、日増しに背丈の伸びて行く可憐な娘のみめかたちを、さも嬉しそうに眺めていることがあったと云う。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
雲萍雑志うんぴょうざっし』の著者は「夏日の七快」の一として「湯あみして髪をくしけずる」を挙げた。五月雨時の粘った膚を朝行水で洗うのは、爽快でないことはないかも知れぬが、夏日の十快には該当しそうもない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
政子は、鏡に向って、髪をくしけずっているところだった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
髪をくしけずる音がした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ある女は豊満なる四肢をくねらせて髪をくしけずり、ある女はじらいを含んでくしくわえて佇み
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そうだろう、題字は颯爽さっそうとして、輝かしい。行と、かなと、珊瑚灑さんごそそぎ、碧樹へきじゅくしけずって、触るものもおのずから気を附けよう。厚紙の白さにまだ汚点しみのない、筆の姿は、雪に珠琳じゅりんよそおいであった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして、山榛やまはんの木、沢胡桃さわくるみなどが、悄然しょうぜんと、荒れ沢の中に散在している。栂、樅、唐檜とうひ、白樺などは、山のがけに多く、水辺には、川楊や、土俗、水ドロの木などが、まばらに、翠の髪をくしけずっている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
お前の好みの髪のくしけずりかたをする
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
母は子の髪をくしけず
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清らかなきものを着、あらたくしけずって、花に露の点滴したたよそおいして、馬に騎した姿は、かの国の花野のたけを、錦の山の懐にく……歩行あるくより、車より、駕籠かごに乗ったより、一層鮮麗あざやかなものだと思う。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)