愛宕あたご)” の例文
かくて、日は愛宕あたごの西に去って、暮るれば大江戸は宵の五つ——。五つといえば、昔ながらに江戸の町はちょうど夕涼みのさかりです。
愛宕あたごさんのはうがよろしいな。第一大けおますわ。』と、お光は横の方にみすのかゝつたつぼねとでも呼びさうなところを見詰めてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
少し季節には早いけれども、香川景樹かげきみね夕立、———夕立は愛宕あたごの峰にかかりけり清滝河ぞ今濁るらん、の懐紙を床に掛けて貰った。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人は婢にいて二階の六畳の室へ往った。中敷ちゅうじきになった方の障子しょうじが一枚いていた。そこからは愛宕あたごの塔が右斜みぎななめに見えていた。
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
陸中国胆沢いさわ郡衣川村増沢と正しくは呼ぶ。今は愛宕あたごまで水沢から乗合のりあいが通うから、そこから一と山越えて一里余りを歩けばいい。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
桜田の上屋敷が、甲府綱重の本邸になるため、新たに麻布白金台に替地が与えられ、伊達家では愛宕あたご下の中屋敷を本邸に直した。
六日に十四年在牢の僧宥長出牢し愛宕あたご下円福寺へ預けに相成り候。獄中の様子御承知されたくばこの僧を訪いたまえ。善く譚ずる人なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
内地の方でも正月の二十四日とその前後を、祭の日としたものが諸処にあるが、その大部分が現在は愛宕あたご様の祭となっている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
虹汀此の所の形相けいそうを見て思ふやう。此地、北に愛宕あたごの霊山半空にそびえつゝ、南方背振せぶり雷山らいさん浮岳うきだけの諸名山と雲烟うんえんを連ねたり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼らは京に育って、子供のときから鞍馬や愛宕あたごの天狗の話を聞かされているので、それに対する恐怖はまた一層であった。
半七捕物帳:52 妖狐伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その夜愛宕あたごの下屋敷では、脇息きょうそくにもたれて松平忠房が、さっきから自鳴鐘とけいばかり睨んで、仇討の首尾如何にやと、しきりに気懸りな様子である。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たださえ京はさびしい所である。原に真葛まくず、川に加茂かも、山に比叡ひえ愛宕あたご鞍馬くらま、ことごとく昔のままの原と川と山である。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
およそ裁判には、寸毫すんごうの私をも挟んではならぬ。西方を拝するのは、愛宕あたごの神を驚かし奉って、私心きざさば立所たちどころに神罰を受けんことを誓うのである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
水菓子屋或は飴菓子団子氷水を商う店が所々しょ/\に出まして、中々賑やかな事でございます。近郷のものが皆参詣に出ます。鎮守は愛宕あたごでございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
歳の市は浅草観音の市が昔から第一、その次は神田明神の市、愛宕あたごの市、それから薬研堀やげんぼりの不動の市、仲橋なかはし広小路の市と、この五ヶ所が大きかった。
我が国の奈良の七大寺は荒れ果てているし、昔は堂塔が軒を並べていた愛宕あたご高雄たかお天狗てんぐのすみかになってしまった。
江戸で徳川家光が亡くなつて、家綱がいだ年の翌年である。利章の墓と大きな碑とが、今陸中國巖手群米内村愛宕あたご山法輪院あとの山腹に殘つてゐる。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
この度の戦乱の模様では、京の町なかは危いとのことで、どこのお公卿くげ様も主に愛宕あたごの南禅寺へお運びになります。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
旭山の向うから、第二艦隊の『愛宕あたご』『高雄たかお』『那智なち』『妙高みょうこう』が出て来る。はるか遠くを水雷戦隊が進んで行く。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
前の方に逢坂おうさか比叡ひえい、左に愛宕あたご鞍馬くらまをのぞんだ生絹は、何年か前にいた京の美しい景色を胸によみがえらせた。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
如何に愛宕あたごの申子なればとて、飯綱愛宕の魔法を修行し、女人禁制の苦を甘ない、経陀羅尼きょうだらにじゅして、印を結びじゅを保ち、身を虚空にあがらせようなどと
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
丑松は右へけ、左へ避けして、愛宕あたご町をさして急いで行かうとすると、不図ふと途中で一人の少年に出逢であつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
愛宕あたごした、屋敷々々の下水も落ち込む故宇田川橋うだがはばしにては少しの川のやうに見ゆれども水上みなかみはかくの如し。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
呼子の市街を纏へるをかの半腹には、愛宕あたご、天満、権現、八幡などの諸殿堂、その他二三の寺院は緑樹のあひだに連り、かしこにあけの欄干はその半勾をほのめかし
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
いいではありませんか、いちいちあちらへ報告されるのであれば遠慮もいるでしょうが、愛宕あたご山にこもった上人しょうにん利生方便りしょうほうべんのためには京へ出るではありませんか。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
鎌よりは少し幅の広い月が、たしか愛宕あたごの山の上あたりに隠れていなければならない晩でありました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
病がやうやくえたころ、程近い愛宕あたご神社まで散歩して蟻の歩いてゐるのを見る毎に、金瓶村、十右衛門裏庭での、大きい蟻と小さい蟻とのたたかひを想起するのであつた。
三年 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
少しは調べたいもの、見たい所もあって、五六日は随分歩くつもりで、足慣らしもして来たのであるが、これでは愛宕あたご乙訓おとくに久世くぜ綴喜つづきと遠っ走りは出来そうにない。
雨の宿 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
栂尾に居た年から八年程後、斯少し下流愛宕あたごふもと清滝の里に、余は脚気かっけを口実に、実は学課をなまけて、秋の一月を遊び暮らし、ミゼラブルばかり読んで居たことがある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
愛宕あたご下三丁目、当時世間に持てはやされていた、蘭医大槻玄卿おおつきげんきょうの屋敷の裏門口まで来た時であったが、駕籠かごが一ちょう下ろしてあった。と裏門がギーと開いて、中老人が現われた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それで二人は半日ほど捜しあるいて、やっと見つけた愛宕あたごの方の或る印判屋の奥の三畳一室ひとまを借りることに取決め、持合せていたすこしばかりの金で、そこへ引移ったのであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
愛宕あたご警察署を訪ねて署長に面会し、事情を話すと、丁度折よく韮崎の住居の近くの交番詰の巡査が居合せているというので、署長はその巡査を三好憲兵達の前に呼んでくれた。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私が六歳むつつ位の時、愛宕あたご神社の祭礼おまつりだつたか、盂蘭盆うらぼんだつたか、何しろ仕事を休む日であつた。何気なしに裏の小屋の二階に上つて行くと、其お和歌さんと源作叔父が、藁の中に寝てゐた。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
伝右衛門は、こう云う前置きをして、それから、内蔵助が濫行らんこうを尽した一年前の逸聞いつぶんを、長々としゃべり出した。高尾たかお愛宕あたごの紅葉狩も、佯狂ようきょうの彼には、どのくらいつらかった事であろう。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かつそれ烟管キセル・喜世留、硝子ガラス・玻璃、莫大小メリヤス・目利安、不二山ふじさん・冨士山のたぐい一物いちぶつ字をことにし、長谷はせ愛宕あたご飛鳥あすか日下くさか不入斗いりおまず九十九つくものごとく、別に字書を作るにあらざれば知るべからず。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
遠くの愛宕あたごから西山の一帯は朝暾あさひを浴びて淡い藍色あいいろに染めなされている。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
愛宕あたご下界隈の男の切れつ端は、顫へ上がつたと言つてもいゝ位です。
その方舟がアララテの山、アララット山の山巓にひっかかったというのだから、私はつい近頃まで、アララットなる山は上野の山か愛宕あたご山——どちらも東京の——くらいな岡だとばかり思っていた。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
愛宕あたごの石段を上るほどもないんですからね
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
間もなく芝の愛宕あたごした高谷たかたに塾に入塾した。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
仲秋のその一峰いっぽう愛宕あたごかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
例の愛宕あたご山の連歌で
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この度の戦乱の模様では、京の町なかは危いとのことで、どこのお公卿くげ様も主に愛宕あたごの南禅寺へお運びになります。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
「もしご両所、七日の後に愛宕あたごのお下屋敷へそッとお越しあるようにと、殿よりひそかのご内意。お分り召されたか」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『黒い煙の中を蜂が子をくはへて逃げて行つたね。』と、小池はこの名も知れぬ神の宮の大銀杏おほいてふを、愛宕あたごさんの大銀杏でゝもあるやうに、見上げつゝ言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そして、愛宕あたご山の下で塩沢丹三郎に追いつかれ、彼と相対して立ったとき、その悔恨と苦痛は頂点に達した。
木挽町こびきちょうはなかなか景気がようござんしたよ。御承知でしょうが、中幕は光秀の馬盥ばだらいから愛宕あたごまでで、団十郎の光秀はいつもの渋いところを抜きにして大芝居でした。
それからもう一度清涼寺の門前に出、釈迦堂しゃかどう前の停留所から愛宕あたご電車で嵐山に戻り、三度みたび渡月橋の北詰に来て一と休みした後、タキシーを拾って平安神宮に向った。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
愛宕あたご』『高尾たかお』『摩耶まや』『鳥海ちょうかい』『那智なち』級四隻もいる。『加古かこ』もいる。『青葉あおば』もいる。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
つれては向島兩國淺草吉原或は芝神明しばしんめい愛宕あたご又は目黒不動と神社佛閣名所舊跡等を見物して歩行あるき氣隨きずゐ氣儘きまゝ日々にち/\さけ而已のみ多くのみ凡そ十四五日も逗留せしが後藤は萬事心を付新藤夫婦を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)