いそが)” の例文
戸外そとには車を待たして置いていかにもいそがしい大切な用件を身に帯びているといったふうで一時間もたつかたたないうちに帰ってしまった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と答へたが、其顔に言ふ許りなき感謝のこころたたへて、『一寸。』と智恵子に会釈して立つ。いそがしく涙を拭つて、隔ての障子を開けた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『はゝゝゝゝ。きみはまだわたくし妻子さいし御存ごぞんじなかつたのでしたね。これは失敬しつけい々々。』といそがはしく呼鈴よびりんらして、いりきたつた小間使こまづかひ
只管ひたすら走りて大通りに出でこゝにて又馬車に飛乗りゼルサレム街にる警察本署をしていそがせたり目科は馬車の中にても心一方ひとかたならず騒ぐと見え
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
花房一郎は駆け寄って、半裸体の美女を抱き起し、いそがしく縄を切り払って、脱がせ、着物を着せてやりました。
青い眼鏡 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
勝手に続いて長火鉢ながひばちの置いてあるところで、お婆さんが房州出の女中を指図しながらいそがしそうに立働いた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
朝日新聞社員あさひしんぶんしやゐん横川勇次氏よこかはゆうじしを送らんと、あさ未明まだきおきいでて、かほあらも心せはしく車をいそがせて向島むかふじまへとむかふ、つねにはあらぬ市中しちうにぎはひ、三々五々いさましげにかたふて
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
すると、「宮ちゃん/\」と、女中の低声こごえがして、階段の方でいそがしそうに呼んでいる。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
東海道のぼり滊車ぎしや、正に大磯駅を発せんとする刹那せつな、プラットホームににはかに足音いそがはしく、駅長自ら戦々兢々せん/\きよう/\として、一等室の扉をひらけば、厚き外套ぐわいたうに身を固めたる一個の老紳士
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
今となって残したのが気まりが悪く、いそがわしく袂へほうり込んで梯子を下りる後から、帽子を持ていて来た小歌が、帽子の内側に名刺の挾んであるのをみつけ、これはあなたの、そうなの
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
いそがせしが知者しるものたえてあらざりけり夜明し後に長家の者は一同起出おきいで夫々のげふつけども家主の庄兵衞方は戸も明ず夫のみならず長家中では早起はやおきなりと評判する武左衞門の家も戸があかねば不思議に思ひて起して見んとお金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一車はいそがしく一つ手酌して
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
戸外そとには車を待たして置いていかにもいそがしい大切な用件を身に帯びてゐるとつたふうで一時間もたつかたゝないうちに帰つてしまつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一等運轉手チーフメートいそがはしく後部甲板こうぶかんぱんはしつたが、たちま一令いちれいけると、一個いつこ信號水夫しんがうすゐふは、右手ゆんでたか白色球燈はくしよくきうとうかゝげて、左舷船尾さげんせんびの「デツキ」につた。
戸外おもてを通る人の跫音が、いそがしく心を乱す。戸口の溝の橋板が鳴る度、押へきれぬ程動悸がする。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
又店のいそがしい最中に店をあけた事も有ます相で(荻)夫ではうしてもお紺を
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
いそがわしく格子の開く音にとんで出たのは、彼の円顔のおんなで、おや目賀田さんと云ってそこに有合せの下駄を突懸け、せっかくで御在ますが今日はお約束で、みんなお座敷が塞がって居ますのでと
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
八軒も廻らなければならないようないそがしいことがあると言って、月々に暴騰ぼうとうする米価や物価などは深く念頭に置いていないようにも思われた。
老人 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『新しく組を分けるんですよ。』と、富江は誰に言ふでもなく言つて、いそがしく札を切る。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
士官しくわん水兵すいへいいさましきはたらきぶりはまでもない。よし戰鬪員せんとうゐんにあらずとも如何いかでかこまぬいてらるべきぞと、濱島はまじまも、わたくしも、おも上衣うわぎけて、彈丸だんぐわん硝藥せうやくはこぶにいそがはしく。
余は目科に向いて馬車の隅にすくみしまゝ一つは我が胸に浮ぶ様々の想像を吟味ぎんみするにいそがわしく一は又目科の様子に気を附けるが忙わしさに一語だも発するひま無し、目科は又暫し考えし末
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ようやく疲労くたびれて寝附いた貞之進は、いつも上二小間のはずの窓の障子へ一面日の当った頃目を覚し、周章あわてゝ起きて筆立に入てあった楊子を取り、いそがわしく使いかけたのがだん/″\緩くなって
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
女一人では待合にもいられないので、木村の飲み食した勘定を仕払って外へ出ると、横町は丁度座敷へ出て行く芸者の行来ゆききの一番いそがしい時分。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『新しく組を分けるんですよ。』と、富江は誰に言ふでもなく言つて、いそがしく札を切る。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あわたゞしく入来いりきたり何やらん目科の耳に細語さゝやくと見る間に目科は顔色を変て身構し「し/\すぐに行く、早く帰ッて皆にそうえ」と、命ずる間もいそがわしげなり、男は此返事をるや又一散いっさんに走去りしが
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
新橋の待合所にぼんやり腰をかけて、いそがしそうな下駄の響と鋭い汽笛の声を聞いていると、いながらにして旅に出たような、自由な淋しいい心持がする。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
心持息をはづませて、呆気あつけにとられてゐる四人の顔をいそがしく見巡した。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
公園の小径をすぐさま言問橋のきわに出ると、巡査は広い道路の向側に在る派出所へ連れて行き立番の巡査にわたくしを引渡したまま、いそがしそうにまた何処どこへか行ってしまった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
西山社長はいそがしく居住ゐずまひを直して、此新来の人を紹介してから
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其の周圍まはりには子供が大勢泣いたり、騷いだり、喧嘩したりしてゐる。さう云ふ狹い横町をば、包を持ち尻を端折はしをつた中年の男が幾人も、突當る人の中をいそがしさうに通つて行く。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
『千早さん、先刻さつきいそがしい時で……』と諄々くどくど弁疏いひわけを言つて
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
何やらはしゃいだ調子で、ちゃらちゃらと茶碗の中で箸をゆすぎ、さもいそがしそうに皿小鉢を手早く茶棚にしまいながらも、おとがいを動して込上げる沢庵漬のおくびを押えつけている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
『やあおいそがしい様でごあんすな。いお天気で。』
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
主人の大使と大使夫人は來客の婦人連に對する應接にいそがしい最中、自分は傍に居たフランスの海軍士官と最初に會話を交へた。其處へ今日こんにちの席上では一番懇意な書記官のガルビアニ氏が加はる。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
結婚なぞはいそがないでもいゝ。日本人は三十の聲を
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)