山路やまじ)” の例文
雨夜あまよの月に時鳥ほととぎす時雨しぐれに散る秋のの葉、落花の風にかすれ行く鐘の、行き暮るる山路やまじの雪、およそ果敢はかなく頼りなく望みなく
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
われはハヤゆうべ見し顔のあかき老夫おじせなに負はれて、とある山路やまじくなりけり。うしろよりはのうつくしき人したがひ来ましぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
余は天狗岩よりは、腰をのして、手をかざして、遠く向うをゆびさしている、袖無し姿の婆さんを、春の山路やまじの景物として恰好かっこうなものだと考えた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「わたくしたちも泣きながら、七山路やまじを歩いたのです。もうおよばないことですから、このうえ、かなしいことをいわないでくださいまし」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汽車はいよ/\夕張と背合わせの山路やまじに入って、空知川そらちがわの上流を水にうてさかのぼる。砂白く、水は玉よりも緑である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ビール一本と何だかの罎詰びんづめ一本、まさかに喇叭らっぱらないけれども、息もつかずにぐっと聞こし召して、その勢いで猛烈に、かかる山路やまじ突貫とっかんして来たのよ。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その夜てから奇妙な夢を見た、と見れば、自分は娘と二人でどこかの山路やまじを、道を失ッて、迷ッている。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
赤人の「野をなつかしみ一夜ねにける」にしても、芭蕉の「山路やまじ来て何やらゆかし」にしても、明治の若い連中が随喜したようなものでないことは勿論である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
女の子は、老人の手からふくべを取って、ついこの下の沢に流るる清水を汲もうとて山路やまじをかけ下ります。
せき夫人繁子しげこを書斎に呼びて懇々浪子の事を託したる後、同十三日大纛だいとう扈従こしょうして広島大本営におもむき、翌月さらに大山大将おおやまたいしょう山路やまじ中将と前後して遼東りょうとうに向かいぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その上、じいさんは長い山路やまじを歩いて来ましたので、腹はへってくるし、足は疲れてくるし、弱ってしまいました。けれど、ただ宝物を取るという欲でいっぱいでした。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それが町中とか山路やまじとかいうのでなくって、枯野であるところに、殊に日のあまねく照っている暖さを思わしめるのである。また「或日」という初五字が働いているのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ヅーッと何処どこまでもつづく山路やまじ……たいへんたかとうげにかかったかとおもうと、今度こんどくだざかになり、みぎひだりにくねくねとつづらにれて、とき樹木じゅもくあいだからあお海原うなばらがのぞきます。
じょうさまは、なつ山路やまじというだいについて、あき野原のはらという課題かだいについて、むしや、つゆについて、またあめにぬれたはななどについて、どんなにかぎりないうつくしい空想くうそうを、わたしまえ
春さきの古物店 (新字新仮名) / 小川未明(著)
戸倉とくらを出立して七里の山路やまじぎ、花咲峠はなさきとうげの険をえて川塲湯原村にきたはくす、此地に於て生死を共にし寝食しんしよくを同じくしたる人夫等十五名と相別あひわかるることとなり、衆皆其忠実ちうじつ冒険ぼうけん
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
老宰相と李張は馬に乗って、数人の供人ともびとれて山寺の方へ往った。そして、山のふもとへ着くと、老宰相も李張も馬からおりて、勾配こうばいの急な山路やまじを登って往った。山桜がぽつぽつ咲いていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
湖畔亭から街道を五六町行った所に、山路やまじに向ってそれる細い杣道そまみちがあります。それを幾曲いくまがりして半里もたどると、何川の上流であるか、深い谷に出ます。谷に沿って危げな桟道さんどうが続きます。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
飯能主馬いいのうしゅめに横地半九郎——それに、山路やまじ重之進! この十七人だッ!」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
此日は朝から暑かったが昼頃になって雷鳴と共に豪雨が沛然はいぜんと降り下り、風は山々の木をゆるがせた。為に軍馬の音を今川勢に知られる事もないので熱田の神助とばかり喜び勇んで山路やまじを分け進んだ。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わがあしかよわく けわしき山路やまじ
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
雨夜あまよの月に時鳥ほととぎす時雨しぐれに散る秋のの葉、落花の風にかすれ行く鐘の、行き暮るる山路やまじの雪、およそ果敢はかなく頼りなく望みなく
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白姥しろうば焼茄子やきなすび牛車うしぐるまの天女、湯宿ゆやどの月、山路やまじ利鎌とがま、賊の住家すみか戸室口とむろぐちわかれを繰返して語りつつ、やがて一巡した時、花籠は美しく満たされたのである。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ファウストよりも、ハムレットよりもありがたく考えられる。こうやって、ただ一人ひとり絵の具箱と三脚几さんきゃくきかついで春の山路やまじをのそのそあるくのも全くこれがためである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
所謂いわゆる越中平えっちゅうだいらの平野はここに尽きて、岩を噛む神通川の激流を右にながら、爪先上りにけわしい山路やまじを辿って行くと、眉を圧する飛騨ひだの山々は、さながら行手をさえぎるようにそそり立って
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あすこに山路やまじと云う酒造家さかやがありますが、御存じでございましょうか」
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
見ると鳥刺とりさし姿の可児才蔵かにさいぞうが、山路やまじをこえてこの部落にはいってきたのだ。ここは街道衝要しょうようなところなので、甲府こうふへいくにも南信濃みなみしなのへはいるにも、どうしても、通らねばならぬ地点になっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牛乳ちちとりに露の山路やまじを牧場まで
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
山路やまじは一日がかりと覚悟をして、今度来るにはふもとで一泊したですが、昨日きのう丁度ちょうどぜんの時と同一おなじ時刻、正午ひる頃です。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小止おやみもなく紛々として降来ふりくる雪に山はそのふもとなる海辺うみべの漁村と共にうずも天地寂然てんちせきぜんたる処、日蓮上人にちれんしょうにんと呼べる聖僧の吹雪ふぶきに身をかがめ苦し山路やまじのぼり行く図の如きは即ち然り。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
山路やまじけわしさはあるが、道は坦々たんたん無人むじんきょうをすすむごとしだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夏草なつぐさ油蝉あぶらぜみなく山路やまじかな
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いや蒼空あおぞらの下へ出た時には、何のことも忘れて、くだけろ、微塵みじんになれと横なぐりに体を山路やまじ打倒うちたおした。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宿屋、徳山、山路やまじなどの諸将も、相次いでたおれた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とまた一ツ背中をたたいた、親仁おやじは鯉をげたまま見向きもしないで、山路やまじかみの方。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
親仁おやじ差心得さしこころえたものと見える、このきっかけに手綱たづなを引いたから、馬はすたすたと健脚けんきゃく山路やまじに上げた、しゃん、しゃん、しゃん、しゃんしゃん、しゃんしゃん、——見るに眼界を遠ざかる。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)