山茶花さざんか)” の例文
山茶花さざんかりんと咲いている。静かだ。太平洋でいま戦争がはじまっているのに、と不思議な気がした。日本の国の有難ありがたさが身にしみた。
十二月八日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
菊花は早くもその盛りを山茶花さざんかに譲り、鋭いもずの鳴声は調子のはずれた鵯に代る十一月の半過から十二月の初が即ち落葉の時節である。
写況雑記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あなたは、どうして、ひとりのこったのですか。」と、山茶花さざんかは、けっして、わるいつもりではなく、おもったままをたずねました。
寒い日のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
卯木垣のことは知らぬが、山茶花さざんか薔薇ばらの垣根なども、花は外向についていることが多いようである。垣根の山吹なども外へ咲き垂れる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
其中をうて、宮の横手に行くと、山茶花さざんか小さな金剛纂やつでなぞ植え込んだ一寸した小庭が出来て居て、ランプを入れた燈籠とうろうが立ち
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
雑司ぞうし御墓おはかかたわらには、和歌うた友垣ともがきが植えた、八重やえ山茶花さざんかの珍らしいほど大輪たいりん美事みごとな白い花が秋から冬にかけて咲きます。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
赤松の間に二三段のこうを綴った紅葉こうようむかしの夢のごとく散ってつくばいに近く代る代る花弁はなびらをこぼした紅白こうはく山茶花さざんかも残りなく落ち尽した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
花物では二十年頃から山茶花さざんか、三十年頃には久留米躑躅つつじ、花を見る柘榴ざくろ、ことにさき分けの錦袍榴きんぽうりゅうは珍品とあって特別扱い
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
山茶花さざんかのような艶のある小さい葉が足下に落ちて、たまっていった。やがて、健はしょぼしょぼと鳥居の方へ歩きだした。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
と立上ってバラバラとお縁側から庭先へ飛び降りた。肩上の付いた紋服、小倉の馬乗袴うまのりばかま、小さな白足袋が、山茶花さざんかの植込みの間に消え込んだ。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と、唇か、まぶたか。——手絡てがらにも襟にも微塵みじんもその色のない、ちらりと緋目高のようなくれないが、夜の霜に山茶花さざんか一片ひとひらこぼれたようにその姿をかすめた。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手と膝と胸とで、朱実は体を山茶花さざんかつぼみみたいに固くむすんでいた。八十馬はどうかしてこの筋肉の抵抗をことばでほぐさせようとするのだった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飯島では、まだ百日紅さるすべりの花が咲いているというのに、北鎌倉の山曲やまたわではすすきの穂がなびき、日陰になるところで、山茶花さざんかつぼみがふくらみかけている。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
庭には山茶花さざんかが咲き、鶏が二、三羽遊んでいて、ほんとに絵を見るようでした。そのお婆さんから、暫く忘れていた袖無しのことを思出しました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
今の住居すまいの庭は狭くて、私がねこひたいにたとえるほどしかないが、それでも薔薇ばら山茶花さざんかは毎年のように花が絶えない。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
抱一ほういつが句に「山茶花さざんかや根岸はおなじ垣つゞき」また「さゞん花や根岸たづぬる革ふばこ」また一種の風趣ふうしゅならずや
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
蹲の向うの山茶花さざんかの枝から、雀が一羽飛び下りて、蹲の水を飲む。この不思議な雀が純一の結ぼれた舌をほどいた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
山茶花さざんかなどの枝葉の生茂った井戸端で、子供をおぶいながら襁褓むつきをすすいでいる姉の姿が、垣根のうちに見られた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
遠近おちこち木間このま隠れに立つ山茶花さざんか一本ひともとは、枝一杯に花を持ッてはいれど、㷀々けいけいとして友欲し気に見える。もみじは既に紅葉したのも有り、まだしないのも有る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「初めて此処ここへ来たときは、山茶花さざんかが咲いていましたわね」おしのが云った、「ちょうど咲きさかりのようでしたけれど、もうすっかり終ってしまいましたわ」
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
石材屋と、最中もなか屋との間を抜けて谷中の墓地へ這入るとさすがに清々せいせいとした。寺と云う寺の庭には山茶花さざんかの花がさかりだし、並木の木もいい色に秋色をなしていた。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そのほかにも桐や松や、柿や、椿、木犀もくせい山茶花さざんか躑躅つつじ、山吹のたぐいも雑然と栽えてあるので草木繁茂、枝や葉をかき分けなければ歩くことは出来ない。
薬前薬後 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山茶花さざんかの花ややつでの花が咲いていた。堯は十二月になってもちょうがいるのに驚いた。それの飛んで行った方角には日光に撒かれたあぶの光点が忙しく行き交うていた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
いまでも山茶花さざんか屋敷といえば、この近郷だれしらぬものもない、なりひびいたお屋敷だったのです。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ほのおのように紅いはぜ紅葉、珊瑚さんごのような梅もどき、雁来る頃に燃えるという血よりも美しい鶏頭花、楚々たる菊や山茶花さざんかの花——庵室の庭は花咲き乱れ秋たけなわの眺めである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
淡紅色ときいろ紋絽もんろ長襦袢ながじゆばんすそ上履うはぐつあゆみゆる匂零にほひこぼして、絹足袋きぬたびの雪に嫋々たわわなる山茶花さざんかの開く心地す。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それで爺は先ず、大きなごつごつの手を両方とも、曲がりかけた腰の上に置いて、浅い霜が溶けてぴしゃぴしゃと湿っている庭を、真直ぐに山茶花さざんかの木の下へやって行った。
山茶花 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
時雨しぐれの寒そうに降る村々の屋根の厚みや、山茶花さざんかの下で、咽喉のどを心細げに鳴らしている鶏や、それから、人の顔のように、いつもぽつりと町角に立っていた黒いポストやが
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
土庇が出ている茶がかった客間なので、庭の梧桐あおぎりの太い根元にその根をからめて咲き出ている山茶花さざんかの花や葉のあたりを暖かく照らしている陽は、座敷の奥まで入って来ない。
二人いるとき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
加奈江は茶の間の隅に坐って前の坪庭の山茶花さざんかの樹に雨が降りそそぐのをすかし見ながら、むかしの仇討ちをした人々の後半生というものはどんなものだろうなぞと考えたりした。
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
中庭の山茶花さざんかの根元に、一発だけ弾丸たまが無くなって落ちていたのを、一人の刑事がじきと発見したのですが、一方では、部屋の中庭に向いた窓が開いていましたし、裏木戸のくぐりも
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
父には五つの歳に別れまして、母と祖母ばばとの手で育てられ、一反ばかりの広い屋敷に、山茶花さざんかもあり百日紅さるすべりもあり、黄金色の茘枝れいしの実が袖垣そでがきに下っていたのは今も眼の先にちらつきます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
大粒な黄いろい果実をむらがらせた柑橘類かんきつるいや紅い花をつけた山茶花さざんかなどが植わっていたが、それらが曇った空と、草いろの鎧扉と、不思議によく調和していて、言いようもなく美しいのだ。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
どこまでつづくかと思われるほど長い田圃道たんぼみちもあった。垣根に山茶花さざんかや菊などの咲いている静かな村もいくつか通った。そうした道を君子は母の背に負われたり、また手をかれて歩いたりした。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
秋はその隣へ小さな木犀もくせい山茶花さざんか安行あんぎょうからは富有柿ふゆうがきの若木が来る。
庭前の山茶花さざんか紅貝べにかいがらのような花びらを半暗はんあんに散らしている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
昭和七年九月十日 『山茶花さざんか』十週年記念大会兼題。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
山茶花さざんかや椿も好きなひとつだ。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
菊の花は既にしお山茶花さざんかも大方は散って、曇った日の夕方など、急に吹起る風の音がいかにも木枯こがらしらしく思われてくる頃である。
枇杷の花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「このごろ、あなたたちの姿すがたませんが、あなたは、おひとりですか?」と、山茶花さざんかはとんぼにかって、たずねました。
寒い日のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
白く咲いた山茶花さざんかに霜の白粉おしろいの溶けるばかり、はらはらと落つるのを、うっかり紙にうけて、……はっと思ったらしい。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
途中、傘なくしてまちの家の軒下に雨宿りしている冠氏の姿を認めた。冠氏は、薄紅の山茶花さざんかの如く寒しげに、肩を小さくすぼめ、困惑の有様であった。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
さなきだに寒い鳥の子の白襖しろぶすま小堀遠州風こぼりえんしゅうふう簡素かんそな床壁と、小机と、そして一輪の山茶花さざんかを投げ入れた蕎麦そばの壺と。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山茶花さざんかの咲く冬のはじめごろなど、その室の炭のにおいが漂って、淡い日がらんの鉢植にさして、白い障子にはねの弱いあぶがブンブンいっているのを聞きながら
山茶花さざんかの花のようにやわらかな皮膚の色をみせていたが、あのはじめて閑子を迎えにきたときの無邪気さはなく、長いまつ毛はいんうつに伏せられていた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
外はすっかり暮れてしまって、茶の木畑や山茶花さざんかなどの木立の多い、その界隈かいわい閑寂ひっそりしていた。お島の足は惹寄ひきよせられるように、植源の方へ歩いていった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのほかにも桐や松や、柿や、椿、木犀もくせい山茶花さざんか、八つ手、躑躅つつじ、山吹のたぐいも雑然と栽えてあるので草木繁茂、枝や葉をかき分けなければ歩くことは出来ない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
黒の法衣に白の頭巾をかぶってい、片手に白い山茶花さざんかを入れた閼伽桶あかおけを持っていた。僧形そうぎょうの彼女とじかに会うのは初めてであるが、岡野さえだということはすぐにわかった。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「知ってるよ。山茶花さざんかだって、薔薇ばらだって、そうだろう。あの乙女椿おとめつばきだって、そうだろう。」
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
蓮華れんげつゝじは下葉したばから色づき、梅桜は大抵落葉し、ドウダン先ず紅に照り初め、落霜紅うめもどきは赤く、木瓜ぼけは黄に、松はます/\緑に、山茶花さざんかは香を、コスモスは色を庭に満たして
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)