尋常じんじょう)” の例文
謙譲のつまはづれは、倨傲きょごうえりよりひんを備へて、尋常じんじょう姿容すがたかたち調ととのつて、焼地やけちりつく影も、水で描いたやうに涼しくも清爽さわやかであつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
尋常じんじょうの場合を言わば球は投者ピッチャーの手にありてただ本基ホームベースに向って投ず。本基の側には必らず打者ストライカー一人(攻者の一人)バットを持ちて立つ。
ベースボール (新字新仮名) / 正岡子規(著)
元々、環と、養子先の娘とは、尋常じんじょうな縁組ではなく、若い彼と彼女との、恋の始末を、強いてそこに正式化せいしきかして落着けたものであった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これらはとうてい尋常じんじょう地方に割拠する大小の農場主たちの、企て及ぶところではなかった。この点がまずはっきりとちがっている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ここにおいてわがはいは日々の心得こころえ尋常じんじょう平生へいぜい自戒じかいをつづりて、自己の記憶きおくを新たにするとともに同志の人々の考えにきょうしたい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「待て! とびこむのは、あぶない。この穴の開け方は尋常じんじょうでない。相手はたいへん強力な利器りきをもっているぞ。とびこんではあぶない」
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「五年生っていうのは、尋常じんじょう五年生だべ。」その声が、あんまり力なくあわれに聞えましたので、一郎はあわてて言いました。
どんぐりと山猫 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
つかれた足をひきずって二、三げん歩きだすとそこでひとりの女の子にあった。それは光一の妹の文子ふみこであった。かのじょ尋常じんじょうの五年であった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ともかく、彼の父は尋常じんじょうの人ではなかった。やはり昔の武士で、維新の戦争にも出てひとかどの功をも立てたのである。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ふと見ると平家ひらや造りの小学校がその右にあって、門に三田ヶ谷村弥勒高等尋常じんじょう小学校と書いた古びた札がかかっている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「僕は先生が信用してくれないから、勉強する気にならないんだよ。これでも尋常じんじょう一年の時は優等ゆうとうだったぜ。うそだと思うなら免状めんじょうを見せてやる」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
花桐の里方の母がみやこに上って来て、花桐を説き伏せ、尋常じんじょうでは改めさせる事ができないので、或る日形容できないような一人の奇怪な男を連れて来た。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
余自身の歴史が天然自然てんねんしぜんに何の苦もなく今日まで発展して来たと同様に、明治の歴史もまた尋常じんじょう正当に四十何年をかさねて今日まで進んで来たとしか思われない。
ロス氏も警察も、このおとり手段には先刻気がついているんだが、そんな尋常じんじょうな手段に乗る相手ではないのだ。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
が、生家の暮らし向きが思わしくないので、尋常じんじょう小学をえてから五条の町へ下女奉公に出たりしていた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ジェンナーは先生が尋常じんじょうの医学者でないことを知り、先生ならば、自分が年来いだいている考えに賛成してくださるにちがいないと思ったので、ある日、ジェンナーは
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
豹一は早生れだから、七つで尋常じんじょう一年生になった。学校での休憩時間には好んで女の子と遊んだ。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
「どうかなすったんですか?」と、お婆さんは私の尋常じんじょうでない様子を見て、心配そうに言った。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
久し振りの妾が帰郷を聞きて、親戚しんせきども打ち寄りしが、母上よりはかえって妾の顔色の常ならぬに驚きて、何様なにさま尋常じんじょうにてはあらぬらし、医師を迎えよと口々に勧めくれぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
それも専門家的の苦心惨憺さんたんというのでなくて、尋常じんじょうの言葉で無理なくすらすらと云っていて、これだけ充実したものになるということは時代のたまものといわなければならない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
さすがの幻燈気違いも、でも、尋常じんじょう小学校を卒業する頃には、少し恥しくなったのか、もう押入れへ這入はいることをやめ、秘蔵の幻燈器械も、いつとはなしにこわしてしまいました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これも小栗上野介おぐりこうずけのすけ等の尽力じんりょくに出でたるものにて、例の財政ざいせい困難こんなんの場合とて費用の支出ししゅつについては当局者の苦心くしん尋常じんじょうならざりしにもかかわらず、陸軍の隊長たいちょう等は仏国教師の言を
もう一人の女大力は、相撲人すもうびと、大井光遠の妹である。光遠は、横ぶとりの力強く足早き角力すもうであった。妹は、形有様ありさま尋常じんじょうで美しい女であった。光遠とは、少し離れた家に住んでいた。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
尋常じんじょう一年をビール箱の寺小屋で半月ぐらいと、とびとびに四回——だからせいぜい半年ぐらい、二年を五ヶ月、三年を四ヶ月足らずしか学校に行ってない私が九つになってもう四年だ。
目鼻立めはなだち尋常じんじょうひげはなく、どちらかといえば面長おもながで、眼尻めじりった、きりっとした容貌かおだちひとでした。ナニ歴史れきしに八十人力にんりき荒武者あらむしゃしるしてある……ホホホホ良人おっとはそんな怪物ばけものではございません。
しかのみならず、たといかかる急変なくして尋常じんじょうの業に従事するも、双方互に利害情感を別にし、工業には力をともにせず、商売には資本をがっせず、かえって互にあい軋轢あつれきするのうれいなきを期すべからず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
僕が尋常じんじょう小学に入った時分でした。その夜は堺屋で恵比須講えびすこうか何かあって、徹夜の宴会ですから、母親は店へ泊って来るはずです。ところが夜の明け方まえになって、提灯ちょうちんをつけて帰って来ました。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼の亡くなった妻のキセ子というのは元来、彼の住んでいる村の村長の娘で、この界隈かいわいには珍らしい女学校卒業の才媛さいえんであったが、容貌ようぼうは勿論のこと、気質までもが尋常じんじょう一様の変り方ではなかった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
恐らく、尋常じんじょうな死に方はしないであろうと。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そのほか賀知章がちしょうの画を見たことがあるが、それも尋常じんじょうでないといふことで不折ふせつめて居つた。けれども人物画は少し劣るかと思はれる。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「新田どのの軍勢は、白旗城のかこみを捨て、加古川の陣もなげうって、ぞくぞく兵庫へひきあげ中のよし。何せい、諸所のくずれ、尋常じんじょうではありません」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
するとこれは、やっぱり海霧ガスにつつまれているとしか思えない。だが、そのガスも尋常じんじょういちようのガスではない——
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これは尋常じんじょうの人であるから、その批評もまた七、八年で一循環するのである。もし非常の人物であるならば、彼に対する誤解ごかいも五年七年ではむまい。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そうして白い指を火鉢ひばちの上にかざした。彼女はその姿から想像される通り手爪先てづまさき尋常じんじょうな女であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
転任については、郁治いくじも来て運動してくれた。町の高等も尋常じんじょうも聞いてみたが、欠員がなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
藤原慶次郎けいじろうがだしぬけに私にいました。私たちがみんな教室に入って、机にすわり、先生はまだ教員室に寄っている間でした。尋常じんじょう四年の二学期のはじめごろだったと思います。
鳥をとるやなぎ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
泣きんで、はじめて両手をついて、「このたびは娘がいろいろと……」柳吉に挨拶し、「弟の信一しんいち尋常じんじょう四年で学校へ上っとりますが、今日きょうは、まだ退けて来とりまへんので」
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そんなことから、自分は信田の森へ行けば母に会えるような気がして、たしか尋常じんじょう二三年の頃、そっと、家には内証で、同級生の友達を誘ってあそこまで出かけたことがあった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その結果、私は、尋常じんじょう一年の課程をおさめたという証明書がもらえることになった。そこで私は、母の知合いの家の男の子のかすり筒袖つつそで鬱金縮うこんちぢみの兵子帯へこおびを結んでもらって終業式に出た。
藩にて要路に立つ役人は、多くはこの百石(名目のみ)以上の家に限るを例とす。藩にて正味二、三十石以上の米あれば、尋常じんじょうの家族にて衣食に差支さしつかえあることなく、子弟にも相当の教育をほどこすべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
時勢じせいしからしむるところとは申しながら、そもそも勝氏が一身を以て東西の間に奔走ほんそう周旋しゅうせんし、内外の困難こんなんあた円滑えんかつに事をまとめたるがためにして、その苦心くしん尋常じんじょうならざると、その功徳こうとくだいなるとは
余り尋常じんじょうな、ものいひだつたが
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
尋常じんじょうのしまいだけでめた」
酋長 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ムム、そう尋常じんじょうにおっしゃるなら、わたくしもお師匠ししょうさまから受けたお使いのしだいをすなおに話しましょう」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところがこっちから返報をする時分に尋常じんじょうの手段で行くと、向うから逆捩さかねじを食わして来る。貴様がわるいからだと云うと、初手からみちが作ってある事だから滔々とうとうと弁じ立てる。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あのとおり同胞は激昂げきこうしているんだ。尋常じんじょうのことではおさまらないだろう。同胞たちは君の姿を見て、一層刺戟しげきされたのだ。同胞たちは、日頃の忍耐を破って、ヤマ族の海底都市襲撃を
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私がはじめてそこへ行ったのはたしか尋常じんじょう三年生か四年生のころです。
(新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
大槻おおつき先生はその著『言海げんかい』において、人並みという言葉を説明して、世の常の人のつらなること、尋常じんじょうと説いている。これをもって見ても人並みまたは一人前ということが平均とは違うことがわかる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
許され尋常じんじょう芸人のやからとは世間の待遇たいぐうも違っていたのに
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
心臓しんぞう鼓動こどう尋常じんじょうでなかったことをも思い出した。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)