そこな)” の例文
皆西洋の歌曲を採り、之が歌詞に代ふるに我歌詞を以てし、単に字句の数を割当るに止まるが故に、多くは原曲の妙味をそこなふに至る。
「四季」緒言 (新字旧仮名) / 滝廉太郎(著)
家庭の平和と純潔とを乱せば一身の破滅ばかりでなく、いては一家の協同生活を危くし、社会の幸福をもそこなう結果が予想せられる。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
又、農作物は神物であつて、そこなふ者の罪のあがなひ難い事を言うて、ハラへの事始めを述べ、其に関聯して、鎮魂法の霊験を説いて居る。
却って往々生をそこなう恐れすらある。健全な生の必須条件は、生の新しくなるに従って、絶えず新しくなる芸術の出来る事である。
またもし殘らば、請ふ告げよ、汝等が再び見ゆるにいたる時、その光いかにして汝等の目をそこなはざるをうべきやを。 一六—一八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それから、パーシウス、ゴーゴンの首を切る時、その形をそこなうようなことのないように、ばっさりと、きれいに切るように気をつけてくれ。
村人が獣を殺すと残肉を食い言わば村の掃除役だが、万一村の人畜をそこなうと一同これを撃ち殺す(ラッツェル『人類史』一)。
特に茶趣味は多くの陶器をそこないました。真の茶器は、趣味の遊びから出たものではないことを忘れるからにるのであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
中には鋼鉄針よりはむしろレコードをそこなうことが多いと唱える人がある。しかしこれは宣伝のための説で一向に信じられない。
環境が自然に発生させているマイナスによってこれまた自然発生的にそこなわれ、萎靡いびさせられ、未開発のまま消滅してしまう。
一方には世をそこなひ、一方には原作を害ふ、この場合シエイクスピアの言を逆に、災害は二重になる。甚だ恐るべきである。
翻訳製造株式会社 (新字旧仮名) / 戸川秋骨(著)
彼らはたとい自分自身をそこないもしくは欺いても、自分の生活の重要さを肯定したがる。しかしそういう感情は、時期によって多少鋭鈍の差がある。
安寧秩序をみだし良良なる風俗をそこなていの人騒がせは許しがたい悪徳であるなぞと途方もないことが書いてあつたよ。
西東 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
文化存在の理解の要諦ようたいは、事実としての具体性をそこなうことなくありのままの生ける形態において把握することである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
それは彼に嫉妬しっとの念を燃やさした。そして彼はマドレーヌをそこなうために機会あるごとにできるだけのことをした。そのうちに彼は破産してしまった。
迂濶うかつな真似をして此の身をそこなってはならぬ、いよ/\一命があやういという時にこそ、この短刀を持って突殺してくれよう、それまでは獣の様子を見ましょう
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
甚だしきは家に帰りて学校の科程を復習せざる事のために食物を与へずしてこれを苦めこれをいしめんとする者あり。子を愛するの極、子をそこなはんとす。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あの依頼の手紙を書いて、君の気持をそこなう結果になろうとは夢にも思わなかったし、悪意をもってああいうことをお願いするほど愚かな者もいないだろう。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
また万有を神の変形の如くに見做みなすのは神の超越性を失いその尊厳をそこなうばかりでなく、悪の根源も神に帰せねばならぬような不都合も出てくるのである。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
フサは疑っているようなようすは微塵もなく、ときどき、顔をうつむけて考えこむことがあるが、そのほかは、どんなことでも上機嫌をそこなうものはなかった。
虹の橋 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そしてしき交りがそれの善き光沢を一日か二日のうちにそこなのである。諸君の証券は台所と流し場とを改造した俄か造りの貴重品室の中へ入ってしまう。
方今の芝居はいんに過ぎ、哀に過ぎ、誕に過ぎ、濃に過ぎ、人心をそこなうこと多し。裁制を加えざるべからず。
国楽を振興すべきの説 (新字新仮名) / 神田孝平(著)
その前から悪くなっていた正一の胃腸は、ビールと一緒に客の前に出ていた葡萄ぶどうのために烈しくそこなわれた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
我は天性怯懦けふだにして、強盗殺人の罪を犯すべき猛勇なし、豆大の昆虫をそこなふても我心には重き傷痍しやういを受けたらんと思ふなるに、法律の手をして我を縛せしむる如きは
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
彫刻的契機に乏しい。作れば作れるが作るとかえって自然の美と品位とをそこない、彫刻であるよりも玩具に近い、又は文人的骨董に類するものとなる。其点でセミは大に違う。
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
その表現の率直なるは善良なる趣味性をそこなふの感あるも、誰も泡鳴の天賦を疑ふものあるを聞かず、彼が文学的円熟期に入らずして死せるは、最も惜しむべきものとす。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
百万の烝民じようみんくこの神を拝するときは死後生を波羅葦増雲の楽園にく。然るに、耳目あれども此神を知らず、みだりに神徳をそこなふものは、即ちいんへるのの苦淵に沈む。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
誰がお前のことをどういっていたぞという風にばかり吹聴して他人と他人との感情をそこなわせた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
もちろんそれには、あの耐えられない憂鬱や、多産のせいもあるとは云え、たかが三十を二つ越えたばかりの肉体が、なぜにそう見る影もなくそこなわれているのであろうか。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
老博士はなおしばらく、文字の霊の害毒があの有為ゆういな青年をもそこなおうとしていることを悲しんだ。文字に親しみ過ぎてかえって文字に疑を抱くことは、決して矛盾むじゅんではない。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
心なるものは、沖虚ちゅうきょ妙体、炳煗へいなん霊明、去ることなく来たることなく、三際に冥通みょうつうし、中にあらず外にあらず、十方を洞徹し、滅せず生ぜず、あに四山しせんこれをそこなうべからんや。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
血気はもっともこれ事をそこない、暴怒ぼうどまたこれ事を害う。血気暴怒を粉飾する、その害さらに甚し。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
届書に俊良、食べ合せ物宜しからず、脾胃ひいそこない頓死云々うんぬん。正に立会候者也と書き立てた。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
お前たちはそんな風にそこなはれ、焦げ燒けてゐるけれど、まだお前たちの中には、あの忠實な正直な根にしつかり着いてゐる、そこから上つて來る生命いのちの意識が少しはある筈だ。
いくら狂言綺語とはいえ人心をそこなうものだという建前に発しているので、自分は一つ、一人も人が死なず一滴も血をこぼさない敵討物を書いて一世を驚倒させてやろうと考えた。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もしかかる観念に虐げられてその幸福を傷つけるならば、その人はみずからの気分によりてみずからをそこなうものである。気分というものは人生において大なる権威をなすものだ。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
吾々が捷利せうり——即ち救ひを得る道は、徒らにその事実にあらがふ事でなく、いやしくも自分の霊がそこなはれ、縛られ、殺されるのでない限りは、此運命を諦め、出来るならばそれに超越して
たとい現在は姿をやつして当道の座に加わっておろうとも、やわか軽々しく両眼をそこなうことやある、又その方が盲人の真似を致せしは、敵方に油断をさせて様子を探るためではないか
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかしわれはひときずつそこなやからとはちがふ。幼児をさなごき、あしち、しばつて、これを曝物さらしものに、憐愍あはれみ悪人あくにんどもが世間せけんにある。さればこそいまこの幼児等えうじらて、心配しんぱいいたすのだ。
「この上は余り御気色をそこなわぬ程に、軽くお伝え申しおくほかはあるまい」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此はしからず、天津乙女あまつおとめの威厳と、場面の神聖をそこなつて、うやら華魁おいらんの道中じみたし、雨乞あまごいには行過ゆきすぎたもののやうだつた。が、何、降るものときまれば、雨具あまぐの用意をするのは賢い。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
奥様の御心をそこなったのを、しみじみと恥じられ悔いられてなりません。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
早春風やはらいで嫩芽どんが地上に萌ゆるより、晩冬の寒雪に草根のそこなはれむを憂ふるまで、旦暮たんぼ三百六十日、生計の為めにすなる勤行ごんぎやうは、やがて彼が心をして何日しか自然の心に近かしめ、らしめ
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
隧道内の空気中にはレールや機関の摩擦のために生ずる微細な鉄粉がかなりに浮游しているが、これは案外人体をそこなわないそうである。むしろ坑内の温度の急変が健康に悪いだろうとの事である。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は自分の小さい時から失わずにいる甘美な人生へのかぎりない夢を、そういう人のこわがるような苛酷かこくなくらいの自然の中に、それをそっくりそのまま少しもそこなわずに生かして見たかったのだ。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
囹圄ひとやのタツソオが身をそこなひしは、獨り戀路の關を据ゑられしが爲めのみにあらず。その詩の爲めに知音ちいんを得ざるを恨みしが爲めなり。夫人。われは今おん身が上を語れり。タツソオが事を言はず。
見られし所如何樣にも篤實とくじつおもてあらはれ勿々なか/\人を殺し盜賊たうぞくをする者にあらずしかいましひて吟味する時は裁許さいきよを破り殊に郡代の不詮議ふせんぎと相成事なりさりとて人一人たり共無實むじつそこなふは大事なれば先々まづ/\よく實否じつぴ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この「障らば」をば、母の機嫌きげんそこなうならばと解する説がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
民が皆やぶそこない、皆いたみ悩んでいましたら、4810
毒を持ついかり心に世の中の人をそこな毒虫どくむしぞわれ
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)