おご)” の例文
『どうでしょう、ちょいとそこらで。今夜あ、思いを達したんで、欣しくてしようがありませんから、あっしがおおごりいたしますが』
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつの間にやらだんだん口がおごって来て、三度の食事の度毎たびごとに「何がたべたい」「かにがたべたい」と、としに似合わぬ贅沢を云います。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「このまま会えるかどうか分らねえ親方に、商売物の酒をおごられっ放しじゃあ気が済まねえ、——それに祝って貰いてえ事もある」
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おごりませんよ。』と言ふ富江の聲はなまつてゐる。『ホヽヽ、いくら髭を生やしたつて其麽そんな年老としとつた口は利くもんぢやありませんよ。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
事件は妙に急迫感を帯びて来たので、寸刻の遅れも許されず、町駕籠まちかごを拾って精一杯の酒手さかてをやったのは平次にしては珍しいおごりです。
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「今度私磯野さんに芝居をおごって頂きましょう。ねえお庄ちゃんいいでしょう。」お増は帰りがけに、甘い調子で磯野に強請ねだった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
にぎやかじゃあるし、料理が上手だからおかずうまいし、君、昨夜ゆうべは妹たちと一所に西洋料理をおごって貰った、僕は七皿喰った。ははは
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八百膳やおぜん」の料理をおごられても、三日続けて食わさるれば、不足を訴える。帝国ホテルの御馳走ごちそうでも、たびかさなればいやになる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「馬鹿にするな! 馬鹿にするな! 兄さんは、な、こう見えたって、人からおごられた事なんかただの一度だってねえんだ。」
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
オッと、それはいけません、今日は是非とも私におごらせて下さいと言って、それから旦那や先生と御一緒にビイルを祝いました
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれど、この清冷肌に徹する流水に泳ぐ山女魚の鮮脂を賞喫する道楽は、深渓を探る釣り人にばかり恵まれたおごりであろう。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「やあ、風間さん、大手柄をたてた女流探偵の評判は、実に大したものですよ。それが私だったら、今夜は晩飯をおごってしまうんですがねえ」
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そんなことが続くと、お父様は、「きょうはおごろう」と、皆を連れてお出かけです。私も一度だけ連れて行かれました。その時は浅草でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「さあどうだ。二人とも地面じびたに手をいて、お辞儀をしなせえ。拳固で一つ頭をこつんだ。もちろん酒は私がおごってやる」
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
わたしはこんなに生れてから重荷をおろした気持のしたことはない。おれは君にこのようにお叩頭じぎをしてから、何でもおごるよ
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「ただはやらない。負けた方が何かおごるんだぜ。いいかい」と迷亭君が念を押すと、独仙君は例のごとく山羊髯やぎひげを引っ張りながら、こうった。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おくりける時に寶田村の上臺憑司親子四人の者は傳吉が村中むらぢうに居ざるを喜悦よろこびおごり増長して傳吉が人に預けし田地を書入にして金をこしらへ其上村の持山もちやま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
で天気がよければよいが天気が悪ければ、とても茶を飲むなどいうおごりは許されない。今日くらいの天気ならばラクだとは異口同音のよろこびじゃ。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
異なものと土地に名をうたわれわれより男は年下なれば色にはままになるが冬吉は面白く今夜はわたしがおごりますると銭金を帳面のほかなる隠れ遊び
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
姐さんのおごりというので、みんながここを先途せんどと色気なしに、むしゃむしゃ食っているのを、お絹は箱に倚りかかりながら黙って離れて眺めていた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
櫛がるようなれば、おごってやっても好い、大した櫛でも無さそうだから、これはここへ頼んで置こう、無くなったところでかまわないと思いだした。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
またおごりが甚だ悪い事、家が貧になるのみならず子供のそだちまで悪しく成るなり。心学本間合間合に読んで見るべし。高須の兄上様に読んで貰うべし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
あとでビールをおごりながら、警部は支配人バー・テンにこう尋ねた。若い支配人バー・テンは、急にてれ臭そうに笑いながらいった。
銀座幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
この次に来たらおどかしておごらしてやらずばなるまいなんぞと、あとに残った親爺連はいろいろ評定していました。
彼らは知を誇らず、風におごらない。奇異とか威嚇いかくとか、少しだにそれらのたくらみが含まれない。いどむこともあらわなさまもなく、いつも穏かであり静かである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
別に活計くらしに困る訳じゃなし、おごりも致さず、偏屈でもなく、ものはよく分る、男もし、誰が目にも良い人。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「殊には、先生のお祝い事とあれば拙者にとってもよろこびのはず。承知いたした! 小豆をすこし、栄三郎、今宵は特別をもってりっぱにおごりましょうぞ」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一つは、その為だが、二つには、領民のために、三つには、武士道のために——おごっている天下の人心を醒まして、ここに、真個ほんとうの武士あることを知らせるのだ
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
独り金持が勝手におごるのみならず、同じ一軒の家でも亭主が多く食いまた酒に使い、ほかの食物に使う生計費が権衡けんこうを失している。消費の方法も当を得ていない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
どこの陣屋を眺めても、備えは厳しく将士はおごらず、到底、野武士山賊達の集まりなどとは見えなかった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかるにその國王の子が心おごりして妻をののしりましたから、その女が「大體わたくしはあなたの妻になるべき女ではございません。母上のいる國に行きましよう」
自動車で田舎へ遊山ゆさんに出かけるというようなことは非常な金持のすることで吾々風情われわれふぜいの夢にも考えてはならないおごりの極みであるような気が何となしにしていた。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「おい今日は俺がおごるよ。」と庄吉は其日お茶の時にそっと惣吉に云った。「何でもきな物を云えよ。」
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
丁度発行所の吉岡書店から原稿料を請取うけとって来た処だというので、紅葉はソンナラ午餐ひるめしおごれといい、自分は初対面であったが、三人して上野の精養軒へ行った。
成りあがりの役人どもは、妻子を郷里において単身のりこんで来ていた。貧乏そだちの彼らには、与えられた権力と、まかなわれる俸禄がふいに気持をおごらしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
二三人種田君の銀座の事務所に集まるとすぐ相談は決まるのであつた。日の暮れを待たずに行くこともあつた。今夜の費用を出さうと云つてはおごはななどを引いた。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
無禄無扶持むろくむふちになった小殿様たちは、三百年の太平逸楽いつらくおごって、細身ほそみの刀も重いといった連中である。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「まあお待ちなさいよ。そんな恰好でらっしたって会えやしませんよ。伯爵なんてシロモノは……今電話をかけて来ますから……自動車をおごって上げますからね」
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、何を言うにも当人たちの腰には二本ある。背後にはまた、成上がり者ながら権勢におごる腰本治右衛門がいるのです。そのうえに見物の目もある。手前もある。
今より二十年以前は貴族といえどもあまりおごらなかったものが、だんだん他国と貿易するにしたがって外国の事を見習うて幾分か体裁をつくろい便利をはかるようになったので
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「そのうちお糸さんにおごらせる魂胆こんたんなんだろ。日新亭のハヤシライスが食べたいってよく泣いたのは誰だっけね。」私は子供の頃、ハヤシライス位うまいものは知らなかった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
「口がねばって気持が悪いから蜜柑みかんを食べたいがな。辰さんはおごってくれんかな」とねだった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
とうとう、煙草の脂臭やにくさい鼻息に閉口しながらも、親切な爺さんのあやし気な日本回想記をきかされ、途中とちゅうでアイスクリイムまでおごって貰い、合宿まで送り届けられたのでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
ええどじょうで無くッてお仕合せ? 鰌とはえ? ……あ、ほンに鰌と云えば、向う横町に出来た鰻屋ね、ちょいとおつですッさ。久し振りだッて、おごらなくッてもいいよ。はははは
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
茶代ちゃだいの多少などは第二段の論にて、最大大切なるは、服の和洋なり。たびせんものは心得置くべきことなり。されどおごるは益なし、洋服にてだにあらば、帆木綿ほもめんにてもよからん。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
高橋れい悪口わるくちを言出せば、先生、だまって見てれ、そのかわりに我れ鰻飯うなぎめしなんじおごらんと。
と御出家はおごらんから、寒くなってから木曾路を引返し本庄宿へまいりまして、婦人ではあるけれどもこれ/\の理由わけだ、と役僧にお竹の身の上話をして、其の寺に一泊いたし
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
酒や女に徒費するにはそれだけの金額などまたたくく間だ。裕福な友だちに逢ふと、おごりたくなる。逢ふまでもなく、電話で呼出して奢ることもある。どうしてだか、自分ながら分らない。
現代詩 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
むろん現在の彼には、妻子が時々思い出されるだけで、清盛のことなどは、念頭になかった。平家が、千里のかなたでおごっていようがいまいが、そんなことは、どちらでもよかった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「萩原さん。おごらんけれやいかんぜ。あんた、俄かに大福長者になれるんぢや。」