体躯からだ)” の例文
旧字:體躯
顔をあげて拝むような目付をしたその男の有様は、と見ると、体躯からだの割に頭の大きな、下顎おとがいの円く長い、何となく人の好さそうな人物。
朝飯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夕月の光を背にしていたからその横顔もはっきりとは知れなかったがそのたくましげな体躯からだの黒い輪郭が今も僕の目の底に残っている。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
講演が無事に済むで、その晩タフト氏は、田舎町の狭つ苦しい旅籠屋はたごやに、象のやうな大きな体躯からだを投げ出して、ぐつすり寝込むだ。
このはずみに貝は突然、うああ、……という体躯からだの全部からしぼり出された声音こえを、続けざまに草の間にうつ伏せになって発した。
しかれども人もし普通の発達を為せば彼に心情の発達するがごとく、彼の体躯からだの成長するがごとく、愛国心も自然に発達すべきものなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
一歩ごとに体躯からだを前に傾けて男はのそのそと歩む、その長いすねはかねての遅鈍な、骨の折れる百姓仕事のためにねじれて形をなしていない。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
汽鑵の正面へ大の字にまたがっているのがあるかと思えば、踏台へ片足かけて、体躯からだを斜めに宙に浮かせているのもある。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
相手はせた体躯からだを持ち上げたひじを二段にのばして、手の平に胴をささえたまま、自分で自分の腰のあたりをめ廻していたが
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
体躯からだ小児こどものように小さいのは、同族結婚や野蛮生活によって身体の発育が衰えた為である。と、う云うのだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
泥田を踏んで来たような草履ぞうり革足袋かわたび。うるしのはげた烏帽子えぼしは、すこしはすかいに乗っかっている。背丈はずんぐり短かく、かた肥りという体躯からだだ。
○○町の中学校から村へ帰る卓造君たくぞうくんは隅っこに大きな体躯からだを縮めて居睡りをしていた。連日の学期試験が今朝終った。これから長い暑中休暇が始まる。
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
米友は小田原提灯をかざしていると、やっぱり土を嗅いでいたムク犬は、急にその巨大な体躯からだ跳上はねあげて、社の左の方から廻って裏手へ飛んで行きました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お得意の三味線の音締めに掛らうとしてゐたらしい禎子は、楽器を傍に置くとその肥つた体躯からだを起して、人の好い笑みを湛えながら、縁さきにあらはれて
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
べつうつくしいほどでもありませぬが、体躯からだ大柄おおがらほうで、それにいたって健康たっしゃでございましたから、わたくし処女時代むすめじだいは、まった苦労くろうらずの、丁度ちょうどはる小禽ことりそのまま
相手の人にお世辞せじを述べるか、あるいはみだりに自分を卑下ひげして、なさずともよいお辞儀じぎをなし、みずから五しゃくすん体躯からだを四尺三尺にちぢめ、それでも不足すれば
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この谿間たにまに移ってからというものは、騎西家の人達は見違えるほど野性的になってしまって、体躯からだのいろいろな角が、ずんぐりと節くれ立ってきて、皮膚の色にも
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
泉原は人気のない共同椅子ベンチ疲労つかれた体躯からだを休めて、呆然ぼんやり過去すぎさった日の出来事を思浮べた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
明け放した受附の室とは別室になった奥から、横井は大きな体躯からだをのそり/\運んで来て「やあ君か、まああがれ」斯う云って、彼を二階の広い風通しの好い室へ案内した。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
この着物は体躯からだの上にふわりと掛けてあるばかりで、その広やかな胸は丸出しになっていた。
体躯からだの立派なのに合格としたが、英語の素養のないので退学させられるということになった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
此方こっちが御無礼で、帰って見ると髷が殺げて髪を結うことが出来ねえんだが、旦那エ実にわっちア驚きやした、あなたは華奢きゃしゃほっそりした小さい体躯からだだから、実はお案じ申したんですが
然かし体躯からだ以前まえよりも遙かに健康よくなられた。直訴の時分には車が無ければ歩行事あるくこと出来なかつた人が、今では腕車くるまを全廃されたと云ふ。顔の皺も近頃は美しく延びて、若々となられた。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
けれども、ゴメズがカラタール氏に心服して仕えていたことは疑いのない事実だった。カラタール氏は、前にも言ったように、小兵な体躯からだなので、護衛者としてゴメズをやとっていたのだ。
そうして人を頼る気持は犬や猫と同じであるような気がするが、しかしどうしても体躯からだにはさわらせまいとして手を出すと逃げる。それだけは「教育」で抜け切れない「野性」の名残なごりであろう。
高原 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
猛烈な嫉妬心を、其肥満の体躯からだ全部に貯えているのが生縄のお鉄で有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
八歳の小児の体躯からだに分別くさい大きな頭がのって、それが、より驚いたことには、重箱を背負ったような見事な亀背であるうえに、頭から胴、四肢てあしまで全身漆黒しっこくの長い毛で覆われているのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「はてな」——とそれを訊くと北条美作は、せないというように首を振ったが、「まかせるというのは何をまかせるのか?」「主として体躯からだにござります」——いよいよ兵馬は笑い声でいう。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
帰れば何を勉強をする気にもなれず、筆をとる気にもなれず、唯疲れた体躯からだを投げ出して、快い眠りに入る事より他に、何の欲望もありません。労働者の上も偲ばれて、気の毒で堪えませんでした。
職業の苦痛 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
両手に一挺のくわを掴んで打振うちふりながら、煉瓦塀に並行した長い畑を二半ほど耕しておりますが、しかしその体躯からだを見ますと御覧の通り、腕も、すねも生白くて、ホッソリ致しておりまするのみならず
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
恐ろしく夢中な恋のその時に、彼等は可笑しな体躯からだをば
めぐる宇宙は廃物となったわれらの体躯からだ
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
先生は重い体躯からだを三吉の方へ向けて、手をらないばかりの可懐なつかしそうな姿勢を示したが、昔のようには語ろうとして語られなかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と、私はある日母がその服を著て、「ロベエルや、よござんすか、体躯からだをまッすぐにしてないと猫背になってしまって、一生なおりませんよ」
「驚くうちはたのしみがあるもんだ。女は楽が多くて仕合せだね」と甲野さんは長い体躯からだ真直ますぐに立てたまま藤尾を見下みおろした。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宰相は肥つた体躯からだを椅子にもたせて、何か善くない事を考へてゐたらしかつたが、この休職外交官を見ると、急に拵へたやうな愛想あいさうぶりを言つた。
僕が十九のとしの春のなかごろと記憶しているが、少し体躯からだの具合が悪いのでしばらく保養する気で東京の学校を退いて国へ帰る、その帰途かえりみちのことであった。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
たださえおおきい美少年の体躯からだは、その時、つま先で伸び上がるように胸を張り、右手をぐっと肩の上にやった。背に負っている大刀の柄を握ったのである。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私たちのこのせ衰えた亡者のような体躯からだに比べて、私はあのたくましい土方の体躯が羨ましい、そして一口でもいいからあの美しい千代子の前に立って、あんな暴言が吐いて見たい。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
「犬嫌いは何処へ行っても吠えられますが、お宅のは殊に恐れます。普通のと違って顔も体躯からだも真四角ですからな。それに隈取りになっていて相が悪いです。無論洋犬でしょう?」
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だ燃え立つ復讐ふくしうの誠意、幼き胸にかき抱きて、雄々しくも失踪しつそうせる小さき影を、月よ、汝は如何いかに哀れと観じたりけん、がるゝ如き救世の野心に五尺の体躯からだいたづら煩悶はんもんして、鈍き手腕
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
見たところしっかりした体躯からだつきで、眉の上に大きい黒子ほくろを持っておられますが、凡夫のわたくしどもはその大きい黒子が何ともいえぬほど、おん優しいお心の程をあらわしているようで
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
裸かにしてもみまほしきその体躯からだ
一代の中に幾棟いくむねかの家を建て、大きな建築を起したという人だけあって、ありあまる精力は老いた体躯からだ静止じっとさして置かなかった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これらの女はみな男よりも小股こまたで早足に歩む、そのしおれたまっすぐな体躯からだを薄い小さなショールで飾ってその平たい胸の上でこれをピンで留めている。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
そのかへりみちに犬養氏は国民党本部へ立ち寄つた。そして乾魚ひうをのやうな痩せた体躯からだをぐたりと椅子の上に下すと、居合はせた党員の誰彼を見て言つた。
シカシ今井の叔父さんはさすがにくたぶれてか、大きな体躯からだを僕のそばに横たえてぐうぐう眠ってしまった。炉の火がそのあぶらぎった顔を赤く照らしている。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「おい、君、甲野こうのさん」と振り返る。甲野さんは細い山道に適当した細い体躯からだ真直まっすぐに立てたまま、下を向いて
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初生はつなりと末生うらなりの差異が現れて来たのか、菊太郎君は僕よりも発育が好かった。頭の大きいくらいのものは体躯からだも釣合を保つ為めに自ら比例を求めるのらしい。丈が高い上に骨太ほねぶとだった。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
千代子はほかの客に押されて私の立っている横手をそでの触れるほどにして行く、私はいたく身をじてちょっと体躯からだを横にしたがその途端に千代子は星のようなひとみをちょっと私の方にうつした。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
大きな、ふとった体躯からだをしたよそ内儀おかみさんなぞが、女というものは弱いもんですなんて、そんなことを聞くと俺は可笑おかしく成っちまう……
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)