下唇したくちびる)” の例文
與吉よきちはそれでもくぼんだしがめて卯平うへいがまだこそつぱくてゆびさき下唇したくちびるくちなかむやうにしながら額越ひたひごしに卯平うへいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
先生がみていなきゃ、いますぐおどりかかって、得意とくいの手でノックアウトするところです。次郎くんは下唇したくちびるをかみしめてこらえました。
決闘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
女は上唇うわくちびる下唇したくちびるとを堅く結んで、しばらく男の様子を見ていたが、その額を押さえている手を引き退けて、隠していた顔をのぞき込んだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
母は風邪にかかつたせゐか、それとも又下唇したくちびるに出来た粟粒あはつぶ程の腫物はれもののせゐか、気持が悪いと申したぎり、朝の御飯も頂きません。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
平田は上をき眼をねむり、後眥めじりからは涙が頬へすじき、下唇したくちびるは噛まれ、上唇はふるえて、帯を引くだけの勇気もないのである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
『ヌ、』とばかりで、下唇したくちびるをぴりゝとんで、おもはず掴懸つかみかゝらうとすると、鷹揚おうやう破法衣やぶれごろもそでひらいて、つばさ目潰めつぶしくろあふつて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
油汗を鼻頭はなさきににじませて、下唇したくちびるを喰締めながら、暫らくの間口惜くちおしそうに昇の馬鹿笑いをする顔を疾視にらんで黙然としていた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
餉台ちゃぶだいにおかれたランプの灯影ひかげに、薄い下唇したくちびるんで、考え深い目を見据みすえている女の、輪廓りんかくの正しい顔が蒼白く見られた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
少し下唇したくちびるをそらして笑いかけている。三四郎はたまらなくなった。何か言ってまぎらそうとした時に、女は口を開いた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あおく硬ばった顔を俯向うつむけ、ひざを抱えた両手の指をみしだき、下唇したくちびるみしめながら、からだぜんたいでふるえていた。お兼はふしぎなよろこびを感じた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鼻が丸くてこんもり高く、薄い下唇したくちびるが上唇より少し突き出ている。美人ではないが、ひどく可愛い。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
蔭は彼女の下唇したくちびるのあたりまでをおおっていて、笠の緒の喰い入っているあごの先だけが、わずかにちょんびりと月の光にさらされている。その頤は花びらのように小さく愛らしい。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
下唇したくちびるの厚いひささんは、本家で仕事の暇を、大尽の伊三郎さんとこで、月十日のきめで二十五円。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
はちにでもさされたみたいなれぼったい眼蓋まぶたで、笑うと眼がなくなり、鼻は団子鼻というのに近く、下唇したくちびるがむッと出ているその顔は、現在のむくみのようなものに襲われない以前でも
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
その青白い光を半面に受けて、窓格子にくゝし付けられてゐるのは、血だらけの中年男の生首なまくび、クワツと眼を見開いて、白い齒に下唇したくちびるを噛んだ、うらみの物凄ものすごい形相は、二た眼と見られません。
もらひ持參せし由其酒にて醉伏ゑひふし相果あひはて候事と存じられ候と聞より彌々いよ/\不審いぶかしく思ひ次右衞門申樣右寶澤の顏立かほだち下唇したくちびるちひさ黒痣ほくろ一ツ又左の耳の下に大なる黒痣ほくろ有しやと聞に如何にも有候とこたへるにぞ然ば天一坊は其寶澤に相違さうゐなしと兩士は郡奉行遠藤喜助にむかひ其寶澤の衣類等いるゐとう御座候はゞ證據しようこにも相成るべく存じ候へば申受度と云に喜助きすけ申樣夫は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
天窓あたまの大きな、あごのしやくれた、如法玩弄にょほうおもちゃやきものの、ペロリと舌で、西瓜すいか黒人くろんぼの人形が、ト赤い目で、おでこにらんで、灰色の下唇したくちびるらして突立つったつ。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ト云懸けてお勢を尻眼しりめに懸けてニヤリと笑ッた。お勢はお勢で可笑おかしく下唇したくちびるを突出して、ムッと口を結んで、ひたえで昇を疾視付にらみつけた。イヤ疾視付ける真似まねをした。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
女は「えゝ」と云つた儘男の顔をじつと見てゐる。少し下唇したくちびるらして笑ひ掛けてゐる。三四郎はたまらなくなつた。何か云つてまぎらかさうとした時に、女はくちひらいた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
敏子は伏眼ふしめになったなり、あふれて来る涙をおさえようとするのか、じっと薄い下唇したくちびるを噛んだ。見れば蒼白いほおの底にも、眼に見えないほのおのような、切迫した何物かが燃え立っている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
良寛さんは下唇したくちびるをかんだまま、黙つて庭へおりて、夕闇ゆふやみの中を門の方へ歩いていつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「ううん。」と下唇したくちびるを突き出して笑って否定し、「ばかねえ。」と小声で言った。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
みしめてなさる下唇したくちびるとが見えるだけで、両手をこういう風にこう、——八つ口のところい突っ込んで、体をねじらして、前のはだけたのも直さんと身イ投げ出したようにしてなさるんです。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私が答えると栄子は舌打ちをし、下唇したくちびるを突き出しながら湯呑へ酒を注いだ。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふ。天窓あたまおほきな、あごのしやくれた、如法玩弄によはふおもちややきものの、ペロリとしたで、西瓜すゐくわ黒人くろんぼ人形にんぎやうが、トあかで、おでこにらんで、灰色はひいろ下唇したくちびるらして突立つゝたつ。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
口の居住いずまいくずるる時、この人の意志はすでに相手の餌食えじきとならねばならぬ。下唇したくちびるのわざとらしく色めいて、しかも判然はっきと口を切らぬ瞬間に、切り付けられたものは、必ず受け損う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見ればまっさおになった女は下唇したくちびるを噛んだなり、神父の顔を見つめている。しかもその眼にひらめいているのは神聖な感動でも何でもない。ただ冷やかな軽蔑けいべつと骨にもとおりそうな憎悪ぞうおとである。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と言ったら、下唇したくちびるがぷるぷる震えて来て、涙が眼からあふれて落ちた。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
下唇したくちびるをもぐもぐみながら。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
薄きにもかかわらずゆたかなる下唇したくちびるはぷりぷりと動いた。男は女の不平を愚かなりとは思わず、情け深しと興がる。二人の世界は愛の世界である。愛はもっとも真面目まじめなる遊戯である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下唇したくちびるをぐっと突き出して、しばらく考えてから、やおら御質問。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
宗助は多少失望にゆるんだ下唇したくちびるを垂れて自分の席に帰った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗助そうすけ多少たせう失望しつばうゆるんだ下唇したくちびるれて自分じぶんせきかへつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)