鮮明あざやか)” の例文
そのうちも心のく、山はと見ると、戸室とむろが低くなって、この医王山が鮮明あざやか深翠ふかみどり、肩の上から下に瞰下みおろされるような気がしました。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
振返つて見ると、その貧しい生活の中心には、いつもみだらな血で印を刻した女のだらけた笑ひ顏ばかりが色を鮮明あざやかにしてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
焚火はいよいよ燃えあがって、の紅い光は、お杉のとがった顔と、重太郎の丸い顔と、お葉の蒼い顔とを鮮明あざやかてらした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は雨上りの晴れた日光に、凡ての物の色の驚くほど鮮明あざやかに私の眼を射る事を知つて居る。其れにも係らず見えざる心の片隅に隱れてゐるれざる悲しみ。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
けれどまず第一に人の眼にまるのは夜目にも鮮明あざやかに若やいで見える一人で、言わずと知れた妙齢としごろ処女おとめ
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
翌朝よくあさ銅鑼どらおどろ目醒めさめたのは八三十ぷんで、海上かいじやう旭光あさひ舷窓げんさうたうして鮮明あざやか室内しつないてらしてつた。船中せんちゆう三十ぷん銅鑼どら通常つうじやう朝食サツパー報知しらせである。
吉田と会見したあとの健三の胸には、ふとこうした幼時の記憶が続々いて来る事があった。すべてそれらの記憶は、断片的な割に鮮明あざやかに彼の心に映るものばかりであった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お俊ははさみの尻でトントンたたいた。お延の新しいハンケチの上には、荵の葉の形が鮮明あざやかいんされた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それで、この部屋にあって、鮮明あざやかに見えているものといえば、例の、卯の花のように白い薪左衛門の頭髪かみと、化粧を施さないでも、天性雪のように白い、栞の顔ばかりであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三日目に父は妹のために楓の葉と短冊を彫つた燈籠を作りました。それは朝顔などの線の細い模様とちがつて、くつきりと浮き出したやうな鮮明あざやかさは何にも比べやうもない美しいものでした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
黒斑くろふひずみていたましく鮮明あざやかにこそされたれ。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
日が蔭って、草の青さの増すにつけ、汗ばんだ単衣ひとえしまの、くっきりと鮮明あざやかになるのも心細い——山路に人の小ささよ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
巡査のかざす松明はかたえ石壁せきへき鮮明あざやかてらした。壁は元来が比較的にひらたい所を、更に人間の手にってなめらかに磨かれたらしい。おもてには何さま数十行の文字もんじらしいものが彫付ほりつけてあった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
中に一冊、忘れて消して無いのがあつた。『あ——ちよつと、筆を貸して呉れませんか。』斯う言つて、借りて、赤々と鮮明あざやかに読まれる自分の認印の上へ、右からも左からも墨黒々と引いた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
紀念塔きねんたふ建立けんりつをはつて、吾等われらは五六退しりぞいてながめると、うるはしき大理石だいりせきたふ表面ひやうめんには、鮮明あざやかに『大日本帝國新領地朝日島だいにつぽんていこくしんりようちあさひたう』。あゝれで安心あんしん々々、一同いちどうぼうだつして大日本帝國だいにつぽんていこく萬歳ばんざい三呼さんこした。
電燈がさっくのを合図に、中脊でやせぎすな、二十はたちばかりの細面ほそおもて、薄化粧して眉の鮮明あざやかな、口許くちもと引緊ひきしまった芸妓げいこ島田が、わざとらしい堅気づくり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ネープルスかうづるときにはめるがごとつきひかり鮮明あざやかこの甲板かんぱんてらしてつたが、いま日數ひかず二週ふためぐりあまりをぎてしんやみ——勿論もちろん先刻せんこくまでは新月しんげつかすかなひかりてん奈邊いづくにかみとめられたのであらうが
甲胄堂かつちうだう婦人像ふじんざうのあはれにのあせたるが、はるけき大空おほぞらくもうつりて、にじより鮮明あざやかに、やさしくむものゝうつりて、ひとあだかけるがごとし。
甲冑堂 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
甲冑堂の婦人像のあわれに絵の具のあせたるが、はるけき大空の雲に映りて、にじより鮮明あざやかに、優しく読むものの目に映りて、その人あたかもけるがごとし。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
立って追おうとすると、岩に牡丹ぼたん咲重さきかさなって、白きぞうおおいなるかしらの如きいただきへ、雲にるようと立った時、一度その鮮明あざやかまゆが見えたが、月に風なき野となんぬ。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この行燈で、巣にからんだいろいろの虫は、空蝉うつせみのそのうすもの柳条目しまめに見えた。灯にひとりむしよりも鮮明あざやかである。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中にも真紅に燃ゆる葉は、火よりも鮮明あざやかに、ちらちらと、揺れつつ灰に描かるる。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも九時半の処を指して、時計は死んでいるのであるが、鮮明あざやかにその数字さえかぞえられたのは、一点、蛍火ほたるびの薄く、そしてまたたきをせぬのがあって、胸のあたりから、ななめに影を宿したためで。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その内も手を休めず、ばっばっと赤い団扇、火が散るばかり、これは鮮明あざやか
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御待合歌枕おんまちあいうたまくら磨硝子すりがらす瓦斯燈がすとうおぼろの半身、せなかに御神燈のあかりを受けて、道行合羽みちゆきがっぱの色くッきりと鮮明あざやかに、格子戸の外へずッと出ると突然いきなり柳の樹の下で、新しい紺蛇の目の傘を、肩をすぼめて両手で開く。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妙齢としごろになってから、火ぶくれのあとは、今も鮮明あざやかに残ってると、蝶吉は口惜しそうに、母親に甘えるごとく、肩を振って、浴衣にからんで足を揃えて、ちいさ爪尖つまさきを見せながら、目に涙をうかべたその目で
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)