飯櫃めしびつ)” の例文
「……こうしていれば寒くもなく火除ひよけにもなるからな、それから飯櫃めしびつをみたら残ってたから、手ついでにこんな物を拵えて来たよ」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
足音がまた廊下に響いて、女が飯櫃めしびつを持つて來た頃は、小池もお光も、むさぼつた肉と野菜とに空腹を滿みたして、ぐんにやりとしてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
第一飯にしてからが、ぴか/\光る黒塗りの飯櫃めしびつに入れられて、暗い所に置かれている方が、見ても美しく、食慾をも刺戟する。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
給仕をしている細君があわてて飯櫃めしびつを押さえていますので、どうしたのかと聞くと、飯櫃がぐるぐる廻り出したというのです。
江戸の化物 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
帆柱を立てる腕木をり抜いたり、船の底から丈夫な糸で吊したり、沢庵漬たくあんづけの肉をえぐって詰め込んだり、飯櫃めしびつの底を二重にしていたりする。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さしあたって迷惑は掛けんが、しかし、家族の一人として毎日同じ飯櫃めしびつの飯を食うとると、自然に傍の者の気を悪うすることがあるんじゃ。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
もう十月のなかばで、七輪のうえに据えた鍋のおつゆ味噌みその匂や、飯櫃めしびつから立つ白い湯気にも、秋らしい朝の気分が可懐なつかしまれた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私たちは家内が持ち出して来た飯櫃めしびつの飯を暗い中で手探りに喫って、その後で蒲団を取って来て一家四人が枕を並べて寝た。
死体の匂い (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こらえしょうというものが全くなく、怒りだすと手がつけられない。身のまわりにるものなら飯櫃めしびつでも、金魚鉢でも手あたり次第に投げつける。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
主に杉の柾目まさめを使って曲物を作ります。柄杓ひしゃくのような簡単なものから、飯櫃めしびつだとか水桶みずおけだとか寿司桶すしおけなど、色々と念を入れた品を見出します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
米、味噌みそ、茶わん、はし飯櫃めしびつのような、われわれの生命の維持に必需な材料器具でもない。衣服や住居の成立に欠くべからざる品物ともちがう。
読書の今昔 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まず第一の原因は、コックリの装置すなわち三本の竹と飯櫃めしびつふたの、すでに動揺、回転しやすき組み立てを有するをいう。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
彼は台所から飯櫃めしびつを持出して来て、茶漬を食べながら老女中の島の急死のことを話すのにも一向調子を変えませんでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
吉原の料理屋からとる飯櫃めしびつは上げ底になっていた。いちいち説明をつけると長くなるが、現代人にはぴったりこない。
昔の言葉と悪口 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
三平は、ここへ預けるつもりの馬を、小屋のなかにき込んで、くくりつけると、土間の奥へはいって、勝手に飯櫃めしびつや漬物や土瓶どびんなどを持ち出した。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、鼻先きで飯櫃めしびつの蓋を突き落しかけていた家無し猫だった。寒さに、おしかが大儀がって追いに行かずにいると猫は再び蓋をごとごと動かした。
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
障子を破いて料理のかよい口をこしらえるやら、見事な蒔絵まきえの化粧箱を、飯櫃めしびつに使うやら、到らざるなき乱暴狼藉。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
宗近君の車が、小野さんの下宿の前で、車輪おとを留めた時、小野さんはちょうど午飯ひるめしを済ましたばかりである。ぜんが出ている。飯櫃めしびつも引かれずにある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まごまごとするうちに怪物は勝手元かってもとへまわり、かまどの傍に往って、しきりに飯櫃めしびつを指さして欲しそうな顔をした。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
やがてかまどのもとに立しきりに飯櫃めしびつゆびさしてほしきさまなり、娘此異獣いじうの事をかねてきゝたるゆゑ、飯をにぎりて二ツ三ツあたへければうれしげに持さりけり。
ナゼというのに大原は三度の食事を我々の三、四倍も食う。大きな飯櫃めしびつを一人でからにして汁なんぞは五、六杯もおかわりをする。家の内儀かみさんがこぼすまいことか。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
朝のぜんの用意が出来た。お延は台所から熱いうつしたての飯櫃めしびつを運んだ。お俊は自分の手で塩漬にした茄子なすを切って、それを各自めいめいの小皿につけて持って来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
滅多に外へ出たこともないが、向うも、隣も、筋向いも、いずれ浅間で、豆洋燈まめランプの灯が一ツあれば、ふすまも、壁も、飯櫃めしびつの底まで、戸外おもてから一目に見透かされる。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大番頭とのことであるが、——その嘉十郎が片手に、皿や小鉢を載せた黒塗の食膳を持ち、別の手に、飯櫃めしびつを持って、厨屋くりやの方から、物々しい様子で歩いて来た。
鸚鵡蔵代首伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
膳を運び、飯櫃めしびつを運んで来た婆さんは、「どうぞよろしく」とそのまま引き下がった。見ればこれも旧式の、ひらもあれば壺もある、さすがに汁には泥も沈んでいない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
飯櫃めしびつの中に赤ちやけた髪の毛を一二本かならず忍びこませておいたり、ひまさへあれば、人さし指で奥歯をせせくつたり、まあそんな類ひのことだけを指すのではなくて
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
三五郎からかりて來て死人のそばおとした故彼等が三五郎と思ひしなり是で好々よし/\ひとり言を云つゝ臺所へ到りアヽはらへつた何ぞないかと其所そこらをさがし何か戸棚より取出して飯櫃めしびつ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
上等兵はさすがに物の心を得たれば先づ己れ自ら進みて飯櫃めしびつなど抱え来たりしかば余らは彼らと共に車坐をなしてその飯を喰ひ終りぬ。小石の如き飯はあり余れども三椀と喰ふに堪えず。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
冷たそうに咲いていた菖蒲あやめと比べて、この性の微妙なる働きをおもう、小舎の後には牛馬の襲わないように、木垣が結んである、梓川へ分派する清い水が直ぐ傍を流れている、鍋や飯櫃めしびつ
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
医師にとっては或は尊い飯櫃めしびつかも知れませんが、患者こそいい迷惑です。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
太吉は何時いつしか台より飯櫃めしびつ取おろして、よつちよいよつちよいとかつぎ出す、坊主はれがそばに来いとてつむりでつつはしを取るに、心は何を思ふとなけれど舌に覚えの無くてのどの穴はれたるごと
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
連合つれあいと口論したら、飯櫃めしびつほうりだして飯粒だらけになっていたって——家がお堀ばたの土手下で、土手へあがってはいけないという制札があるのに、わざと巡査のくる時分にかけ上ったりするって。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
正可まさか鍍金めッきじゃ有るまい、飯櫃めしびつも運び込んでから
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それから銀次は上り口に飯櫃めしびつを抱え出して、残りの飯と、店に残った皿のもので、湯漬飯ゆづけめしを腹一パイガツガツと掻き込むと
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
第一の原因は、コックリの装置すなわち三本の竹と飯櫃めしびつふたの、すでに動揺、回転しやすき組み立てを有するをいう。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
いつもは膳と飯櫃めしびつを置いて、すぐに立ちさる伊佐子さんが、今夜は入口に立て膝をしたままで又話しかけました。
白髪鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
兄さんはまた無言で飯を二口ほど頬張ほおばりました。兄さんの茶碗はその時からになりましたが、飯櫃めしびつは依然として兄さんの手の届かない私のそばにありました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがてかまどのもとに立しきりに飯櫃めしびつゆびさしてほしきさまなり、娘此異獣いじうの事をかねてきゝたるゆゑ、飯をにぎりて二ツ三ツあたへければうれしげに持さりけり。
それが今朝、ひもじそうにふるえているので、よけいなおせッかいだが、お隣の飯櫃めしびつをのぞいてみると、御飯なんざ一粒だってありゃアしねえ。空ッぽだア。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は飯櫃めしびつを自分の方へ引寄せて、手盛りでノンキにやった。その部屋から雨をながめながら独りで飯を食った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
外の者の膳には酸味噌の飯蛸いひだこ海鼠なまこなどが付けられてゐて、大きな飯櫃めしびつの飯の山が見る/\崩されてゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
一つの飯櫃めしびつなべの物を、みんなして共々に食べるのでなく、前からめいめいに分けあたえられて、一人一人が自由に食べるという点は、なるほどもちとよく似ている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夜中に月があかるい時、寺の門を叩いたこともあったそうだし、人の庖厨くりやへ忍び込んで、なべおおきいのと飯櫃めしびつを大屋根へ持って、あがって、手掴てづかみで食べたこともあったそうだし
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土釜で炊いた飯は頃加減にめていました。彼はそれを几帳面きちょうめんに小さな船頭持ちの飯櫃めしびつに移し、それから茶碗によそって、鉢の中の魚の肉を豆ランプの灯影で透してみました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
茶碗ちゃわんニ飯ヲ盛リカケテイタノガ、ソノ飯ヲパット飯櫃めしびつヘ投ゲ込ンデ出テ行ッテシマッタ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かんうら沖を過ぐと云う頃ハッチより飯櫃めしびつ膳具ぜんぐを取り下ろすボーイの声ヶましきは早や夕飯なるべし。少し大胆になりて起き上がり箸を取るに頭思いのほかに軽くて胸も苦しからず。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それは天然に脂肪分を以て寒気をも防ぎ炎熱をも防ぐという訳でしょう。冬は飯櫃めしびつ毛布けっとへ包んでおくと中の飯が冷えません。夏は氷塊を毛布へ包んでおくと氷が急に融けません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
まず女竹おんなだけを見つけて来て、節を揃えて一尺二寸に切った物を三本作り、それを交叉こうさして中心を麻糸でくくって、上に飯櫃めしびつの蓋又は盆を伏せ、三人以上の人数で手をその上へ軽く載せて
狐狗狸の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
作るものは主にぜんわんや鉢やまた飯櫃めしびつである。幾つかの形と大きさとを記して吾々のために作ることを頼んだ。もしこんな村に数日なりとも滞在し得たら、幾多の名器に逢えるに違いない。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
太吉たきち何時いつしかだいより飯櫃めしびつとりおろして、よつちよいよつちよいとかつす、坊主ぼうずれがそばいとてつむりでつゝはしるに、こゝろなにおもふとなけれどしたおぼえのくてのどあなはれたるごと
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)