鉛色なまりいろ)” の例文
るとぞつとする。こけのある鉛色なまりいろ生物いきもののやうに、まへにそれがうごいてゐる。あゝつてしまひたい。此手このてさはつたところいまはしい。
まだ、みずうみうえ鉛色なまりいろけきらぬ、さむあさかれは、ついに首垂うなだれたまま自然しぜんとの闘争とうそうの一しょうわることになりました。
がん (新字新仮名) / 小川未明(著)
むこうにも家が見える。その上には鉛色なまりいろの空が一面に胃病やみのように不精無精ふしょうぶしょうに垂れかかっているのみである。余は首を縮めて窓より中へ引き込めた。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十町ほどむこうに、鉛色なまりいろ泥湿地でいしっちが、水面とおなじくらいの高さでひろがり、その涯は、ひょろりと伸びあがった生気せいきのない樹林じゅりんで区切られている。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
再び彼は鉛色なまりいろに蒼ざめた。しかし、先と同じく彼は怒りを完全におさへた。彼は力を入れて、しかし落着いて答へた。
≪夕刻のロングビイチは鉛色なまりいろのヘイズにおおわれ、競艇レギャッタコオスは夏に似ぬ冷気におそわれ、一種凄壮せいそうの気みなぎる時
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
思つたより若くて、精々四十五六、鉛色なまりいろをした皮膚は氣になりますが、細面で眼が細くて、薄い唇に、不斷の微笑をたゝへた先づは申分のない才人らしい殿樣です。
露八は、淀川に沿って、枚方ひらかたの方角へと、歩きだした。血か、油か、淀は鉛色なまりいろにぎらぎらして、時々、せになった幕兵の死骸が空俵あきだわらみたいにながれて来る。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きり何時いつしかうすらいでたのか、とほくのひく丘陵きうりよう樹木じゆもくかげ鉛色なまりいろそらにしてうつすりとえた。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
戸をけて、海——かと思うた。家をめぐって鉛色なまりいろ朝霞あさがすみ。村々の森のこずえが、幽霊ゆうれいの様にそらに浮いて居る。雨かと舌鼓したつづみをうったら、かすみの中からぼんやりと日輪にちりんが出て来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あの、早春の鉛色なまりいろの空を背景にして、ふしくれだった、そしてひねくれ曲がった枝に、一輪二輪とほころめるところは、清新フレッシュな、本当になんとも言われない妙味のあるものです。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
鉛色なまりいろの谷窪の天地に木々はがさのように重くすぼまって、白いしずくをふしだらに垂らしていた。崖肌は黒く湿って、またその中に水を浸み出す砂の層が大きな横縞よこじまになっていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
トラングボムで一寸ちよつと降りて、そこで、富岡と加野は、それぞれの用事を済ませて、また、自動車は、もの淋しい鉛色なまりいろのうねうねとした官道を、すくんすくんと音をたてて走つて行く。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
うろこぐもと鉛色なまりいろの月光、九月のイーハトヴの鉄道線路てつどうせんろ内想ないそうです。
首領——と、きくと、机博士の顔色はさっと鉛色なまりいろになった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
突如とつじょ鉛色なまりいろ地平ちへいにぶ音響おんきやう炸裂さくれつする
鉛色なまりいろの空も
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
鉛色なまりいろの雲
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
そらいろ一面いちめん鉛色なまりいろおもく、くらく、にごっていて、地平線ちへいせんすみながしたようにものすごくえます。かぜさけごえをあげてあたまうえするどぎていました。
黒い旗物語 (新字新仮名) / 小川未明(著)
無精髯ぶしょうひげが伸びほうだいに顔じゅうにはびこり、陽に焼けた眉間みけんや頬に狡猾こうかつの紋章とでもいうべき深い竪皺たてじわがより、ほこりあかにまみれて沈んだ鉛色なまりいろをしていた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
風はまだつめたいが、雲雀の歌にも心なしかちからがついて、富士も鉛色なまりいろあわかすむ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
第一のは滿々たる海上に捲き起つてゐる低い鉛色なまりいろの雲が描かれてあつた。遠景は唯暗澹としてゐる。前景もまた同樣である——否、寧ろ、一番手前の大波と云はう、其處には陸地りくちはないのだから。
ただしろ荒寥こうりょうとした鉛色なまりいろひかこおり波濤はとう起伏きふくしていて昼夜ちゅうや区別くべつなく、春夏秋冬はるなつあきふゆなく、ひっきりなしに暴風ぼうふういている光景こうけいかぶのでした。
台風の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
けるのをちました。やがて、あらしの名残なごりをとめた、鉛色なまりいろあさとなりました。浜辺はまべにいってみると、すでにはこなみにさらわれたか、なんの跡形あとかたのこっていません。
希望 (新字新仮名) / 小川未明(著)
鉛色なまりいろをした、ふゆあさでした。往来おうらいには、まだあまり人通ひとどおりがなかったのです。ひろみち中央ちゅうおう電車でんしゃだけが、うしおしよせるようなうなりごえをたて、うすぐらいうちから往復おうふくしていました。
波荒くとも (新字新仮名) / 小川未明(著)