うち)” の例文
予は信ず、人の衷心、聖の聖なるうちに、神性ありて、これのみく宇宙間に秘める神霊を認識し、これを悟覚するを得るものなりと。
我が教育の欠陥 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
むっとこもった待合のうちへ、コツコツと——やはり泥になった——わびしい靴のさきを刻んで入った時、ふとその目覚しい処を見たのである。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二万の御人数のうち、一万二千を以て、西条村の奥森のたいらを越え倉科くらしな村へかかって、妻女山に攻めかかり、明朝卯の刻に合戦を始める。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
最初のっけから四番目まで、湧くような歓呼のうちに勝負が定まって、さていよいよおはちが廻って来ると、源は栗毛くりげまたがって馬場へ出ました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
青年は、その手を無言むごんうちに、強く握りかえすと、そのままツツと屋根の上を走ると見る間に、ひらりと身を躍らせて、飛び降りた。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうして愛情の結果が、貧のために打ちくずされて、永く手のうちに捕える事のできなくなったのを残念がった。御米はひたすら泣いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あなたのうちに向うで豫期し得なかつたやうな樣々なものを發見したでせうね? あなたの才藝のあるものは普通ぢやあないから。」
「どうしたものだろう?」茫然と、事件のうちに自失して、その処置も方針もつかず、幾日かを、ただ困惑とむなしい捜索に暮れていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は、窓のそばに近づいて、戸を開けて見た。うちは暗くて、人の住んでいる気はいもない。物の腐れた臭いが激しく鼻を衝いて来る。
抜髪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それを除けて、いきなり庭口へ廻つた錢形平次と八五郎は諸人の注視のうちを隱れるやうにいきなり奧庭の縁側に立つて居りました。
哲学者の神聖なる努力と豊富なる功績とがいたずらに人生の傍観者なる悪名のうちに葬り去られんとするのは憤慨すべき事実である。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかし自分のうちにはたしかに孫四郎なぞの窺ひも得ぬ何かがあると自信してはゐるもののまだその現の証拠を実現した訳ではない。
そう思うと、何より先きに、ひとりでに苦笑とも冷笑ともつかないようなものが私の胸のうちにおさえ兼ねたように込み上げて来た。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しこうして彼らを送りし船は、すでに去りて浩蕩こうとうの濤にとりこにせられ水烟渺漫びょうまんうちに在り、腰刀、行李こうりまたその中に在りて行く所を知らず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
生死の悲哀は、地に伏すごとく建てられた伽藍のうちにみちているであろう。しかし塔だけは、天に向ってのびやかにそそり立っている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ぼんやりと眼をつぶっている眼瞼まぶたうちに、今しがた姉と雪子の涙をめながらじっと此方を見送っていた顔が、いつ迄も浮かんでいた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一九四〇年……つて雲烟万里うんえんばんりの秘境として何者の侵攻も許さなかった雲南うんなん府も、不安と焦燥のうちにその年を越そうとしていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
しかしてその間になんらの陰険なる野心もなく、またなんら選挙人をあざむくこともなく、公明正大のうちに第一回の総選挙は行われたのである。
選挙人に与う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
要するに日本語でいう所のうたうのでなくて、思っていること、胸のうちにあることを言葉に発表したものを指すのであるらしい。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
彼等が明鏡のうちに我が真影の写るを見て、ます/\厭世の度を高うすべきも、婚姻の歓楽は彼等を誠信と楽天に導くには力足らぬなり。
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
その顔色は、悠然として全く平静に、その態度は泰然としてあらゆる事象のうちに形勢の機微を洞察せんとするもののごとく熟慮していた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
私はこの事実のうちに来るべき正しい文化の理念を感じる。廉価が粗悪を意味して来たのは、全く現代の社会制度の罪に過ぎない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かかる艱苦かんく旅路たびじうちにありて、ひめこころささうるなによりのほこりは、御自分ごじぶん一人ひとりがいつもみことのおともきまってることのようでした。
それに、この慧の修行と言ふことは一面自己を執着の火の中、煩悩の炎のうち、或は愛、或は慾、さういふ中に置いて見るといふことである。
自からを信ぜよ (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
野暮な女房を持ったばかりに亭主は人殺しをしてろうへはいるという筋の芝居を見せて、女房の悋気のつつしむべき所以ゆえんを無言のうちに教訓し
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
されど財布をこそ人にやりつれ、さきに兜兒かくしうちに入れ置きし「スクヂイ」二つ猶在らば、人々に取らせんものをと、かい探ぐるにあらず。
九州帝国大学構内を包む春の夜の闇は、すさまじい動物どもの絶叫、悲鳴のうちに、いよいよ闃寂げきじゃくとしてけ渡って行くばかりで御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一度國に歸つてさうした異常な四周のうちに置かるゝ樣になると、坂から落つる石の樣な加速度で新しい傾向に走つて行つた。
樹木とその葉:03 島三題 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
市役所から、ある大銀行の金網のうちで、人間が金貨の山に埋まり血の気のない指で金勘定をしている、空気の流通のわるい暑い部屋の中まで。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
皇室は煩雑にして冷厳なる儀礼的雰囲気のうちにとざされることによって、国民とは或る距離を隔てて相対する地位におかれ
これは或は佐藤氏自身は不用意のうちに言つたことかも知れない。しかしこの言葉は或問題を、——「文章の口語化」と云ふ問題を含んでゐる。
此は止むを得ないことで、父のうちに保持されていたものは僅かに「こなし」とか「にくあい」とかのわが国彫刻技術の伝統に他ならなかった。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
うちには精根が尽き果て、周囲は一面に沙漠に囲まれて、この男はひっそりした台地を横切ってゆく途中でじっと立ち止った。
「馬車が出ます/\」と、炉火ろくわようしてうづくまりたる馬丁べつたう濁声だみごゑ、闇のうちより響く「吉田行も、大宮行も、今ますぐと出ますよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私は夜の静けさのうちに蘇える無心の草木そうもくにも、敬虔な合掌の心持ちを覚える。青白い月光の流れが山荘の窓にしのび入る。
六甲山上の夏 (新字新仮名) / 九条武子(著)
そしてこの天幕のうちを、夢の姿を以て満しましょう。みんなに重い悲哀をかつがせて、よろよろと行き悩ませてやりましょう。
入江の奧より望めば舷燈高くかゝりて星かとばかり、燈影低く映りて金蛇きんだの如く。寂漠たる山色月影のうちに浮んであたかも畫のやうに見えるのである。
少年の悲哀 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
彼女は年も六十に近く、すでに四十年の余もこの社会の女の髪を手がけ、気質や性格までみ込み、顔色でうちにあるものをぎつけるのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
第二は、われわれを獲得する巨匠を発見すること、われわれのうちにはいり込んで来た力を発見すること、これである。
即ち全く生活様式の変った慣習のうちに叩き込まれ、兵はその個性を失って軍隊の強烈な統制中の人となったのである。
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
話がれるが、いつも男女間の愛とさえ言えば、すぐ劣情とか痴情とか言って暗々のうちに非難の声と共に葬り去ろうとする習慣を不快に思うと言い
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「まあお母さん、此の矢絣やがすりのきれが出て来たぢやないの……。」と彼女はぼろきれのうちからさもなつかしいものを見附けたやうに母親にかう云つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
そうは思ったものの、池の端の父親を尋ねてその平穏な生活をのあたり見ては、どうも老人の手にしているさかずきうちに、一滴の毒を注ぐに忍びない。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
物象を静観して、これが喚起したる幻想のうち自から心象の飛揚する時は「歌」成る。さきの「高踏派」の詩人は、物の全般を採りてこれを示したり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
ちやうど先頭の第一人が、三段を一足飛いツそくとびに躍上ツて、入口のドアーに手を掛けた時であツた。扉を反對のうちからぎいとけて、のツそり入口に突ツ立ツた老爺おやぢ
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
女は少しも驚いた様な顔を見せなかったが、心のうちには不安と夫れを打消す心とが相次で起ったろうと想像された。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
厳格清澄なかの女の母性の中核の外囲に、におうように、にじむように、傷むように、規矩男のおもかげはかの女のうちに居た。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その青年時代を犯罪的な不節制のうちに送り、老年に至って肉体の衰弱と精神の悔恨をその報いとして得たものは
藤吉と彦兵衛は意味ありげに顔を見合ってしばらく上框に立っていたが無言のうちに手早く用意を調ととのえると、藤吉がさきに立って表の格子戸に手を掛けた。
こうした雰囲気のうちに在っては、どんな結構な御馳走でも、おいしく頂かれるものではない。しかし私はともかくはしを取って、供された七種粥ななくさがゆを食べた。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)