すべ)” の例文
「いつの間にか君の方が正直な人間になつてしまつたな。俺は、君の悪影響を蒙つて他人の言葉をうたぐるといふすべを知つてしまつた!」
夏ちかきころ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
今まで幾十百人のもとゞりを切られた方々も、さすがは青江備前守びぜんのかみ樣と言はれるだらうと、——今ではそれより外に汚名を救ふすべはないのだ
彼の望むところは、お馴染の魔窟であり、悪習慣である。友は友を呼び、類は類をもって集まるのであるから、ほどこすべがないのである。
塔のまわりは群集のかき、階段の下には警官隊が見張っていた。翼でもない限り、如何いかな怪物とても、この重囲を逃れるすべはない筈だ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
朝夕に燈明と、水と、小豆あずきと、洗米あらいごめを供えてまわるのが私の役目とされていた。だから今でも私は燧石ひうちいしから火を得るすべは心得ている。
撃たれても傷つけられても、いかに無念の涙を呑んでみても、ただ全速をもって逃げる以外には何らのすべとてもなかったのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
漁夫の部落々々むらむらをたずね、たずね——はい、こんなに皆さまを待たしたのでございます、それよりほかにどうするすべがございましたか
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「内惑星軌道半径⁉」このあまりに突飛とっぴな一言に眩惑されて、真斎は咄嗟とっさに答えるすべを失ってしまった。法水は厳粛な調子で続けた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
即ち堕落は常に孤独なものであり、他の人々に見すてられ、父母にまで見すてられ、ただ自らに頼る以外にすべのない宿命を帯びている。
続堕落論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
娘は村を追ひ出されてもく先もありませぬ、又乞食するすべも知らずただ声を限りに泣き叫びながら広い/\野原の方へ参りました。
金銀の衣裳 (新字旧仮名) / 夢野久作(著)
嚇されて、二人も争うすべがなかった。かれらは権田原心中の浮き名を流す機会を失って、おめおめと庄太に追い立てられて行った。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人はこの下に膝を屈して「無」の中にぢつと生活するしかすべがない。それは限りのない「無」である。果てしのない「無」である。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
迷の羈絆きづな目に見えねば、勇士の刃も切らんにすべなく、あはれや、鬼もひしがんず六波羅一のがうもの何時いつにか戀のやつことなりすましぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
誰一人としてその意味がわからなかった。いたずらにまごまごして彼女の背中をさすってやったりするほかになすすべも知らなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
人間に向つて云ひ現はすすべを知らない畜生の悲しみと云ふやうなものを、自分だけは読み取ることが出来る気がしてゐたのであつたが
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
、どうするすべもございません。いっそ死のうか。いっそ、和子をり返して、身を隠そうか。……時には、鬼になりそうな気もして来て
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その手で行くよりすべはあるまいが、いったん味を占めてみると忘れられないらしい。事実、こんな面白い商売はないと思っている。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さしも遣る方無くかなしめりし貫一は、その悲をたちどころに抜くべきすべを今覚れり。看々みるみる涙のほほかわけるあたりに、あやしあがれる気有きありて青く耀かがやきぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
僅か五隻のペリー艦隊の前にすべを知らなかったわれらが、日本海の海戦でトラファルガー以来の勝利を得たのに心を躍らすのである。
私はあらゆる本をあさって人を殺すすべを考えはじめました。私はあなたが高等学校時代に私に教えてくれた凡ての本を又よみ返しました。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
俗に言う触らぬ神にたたりなしの趣意に従い、一通りの会釈挨拶を奇麗にして、思う所の真面目しんめんぼくをば胸の中におさめ置くより外にせんすべもなし。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
たけより高い茅萱ちがやくぐって、肩で掻分かきわけ、つむりけつつ、見えない人に、物言いけるすべもないので、高坂は御経おきょうを取って押戴おしいただ
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云いながら力に任せて孝助の膝をつねるから、孝助は身にちっとも覚えなき事なれど、証拠があれば云い解くすべもなく、口惜涙くやしなみだを流し
それかと言って器用に身をかわすだけのすべもなく、信じないながらにわざと信じているようなふうをして、苦悩の泥濘でいねいに足を取られていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
海老を正木美術学校長の似顔にいたかうかは知らない、海老と正木氏と——強い者の前では、孰方どつちもよく腰を屈めるすべを知つてゐる。
窮策としては、インドの色の地に桃色のしまがはいりこむというようなすべもあるが、いかにもまずい。何かもっといい方法がありそうである。
映画『人類の歴史』 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
(7) その後(一八一六年に)彼はいった——「死ぬすべを悟らぬ人間は気の毒だ。私は十五歳ですでにそれを悟っていた。」
夢の中のようになすすべを知らないのである、はげしく自分をお思いになる方に対しては、なぜこうまでもと感激はしているが、良人おっとと思い
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その罪の恐ろしさは、なかなかあがなうべきすべのあるべきにあらず、今もなお亡き父上や兄上に向かいて、心にびぬ日とてはなし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
奥方様の花のようなお顔が、醜い般若はんにゃ形相ぎょうそうとなって物の云いよう立ち居振舞い羅刹らせつのように荒々しくなりお側へ寄りつくすべもないとは……
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いかなる事にてもあれただ何か起こることを望むだけで、考えをまとめることもできず、決心を固めるすべも知らずに、彼はただ待っていた。
そして出来ることなら母親に内証で、こちらの胸をそっと向うに通ずるすべもないものかと、いろいろに心を砕いたが、好い方法も考えつかぬ。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
とにかく私は、勇気を奮って書いて見よう。ただ小説家でない私は、脚色や趣向によって、読者を興がらせるすべを知らない。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
また処女に特有な嬌羞はにかみというものをあたりさわりなく軟らげ崩して、安気な心持で彼と向い合うようにさせるすべをまったく知らなかったから。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼こそこの不思議な事件の持つ秘密を僕等よりもはるかに詳しく知っているのであろうが、失踪したとすると、聞くすべもないのが残念だった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
未来を覗くすべを、——それは恐ろしい「未来」への冒涜であろうけれど——どうしたはずみかで、身につけてしまったのだ。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
キヌ子に殴られ、ぎゃっという奇妙な悲鳴を挙げても、田島は、しかし、そのキヌ子の怪力を逆に利用するすべを発見した。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
「どんな忘れられぬ言葉が、あの可哀想な人を死に追いやったのか、この謎を解くすべをあなたはご存知じゃありません?」
と言って、のがれるすべはない。死んだ金魚をうらんでもはじまらないし……と、しばし真っ蒼で瞑目めいもくしていた柳生対馬守
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こんな日の続いて行く中で、座敷牢にいる人が火いじりのあぶなさを考えると、炬燵こたつ一つ入れてやって凍えたからだをあたためさせるすべもないとしたら。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あまりに執拗しつような愛情というものは女の愛情をついに封じこめてしまうものであった。つまり、どういうすべも施しようもなくなってしまうのである。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
全く自力を施すすべはどこにもなかった。いくら危険を感じていても、滑るに任せ止まるに任せる外はなかったのだった。
路上 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
山田ははや為すすべを知らない深傷いたでを身に蒙った。而も、「伊藤が居る間は……」という言葉は、その傷をして殆んど致命的のものたらしめていた。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
私たちが生れてから物心がつき、人から教えられて箸を持つすべ、着物を着る術、学校通い、読み方、書き方、算術——みな「智」の方に属します。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
我戲れに彼に告げて空飛ぶすべをしれりといひ、彼はまた事を好みて智乏しき者なりければこのわざを示さん事を我に求め
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
うるすべなど知らざる上にみやこは知らず在方ざいかたでは身の賣買うりかひ法度はつとにて誰にたのまん樣もなく當惑たうわくなして居たりしが十兵衞はたひざ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
吃驚仰天して、真蒼になつた彼は、なすべきすべも知らなかつた。そこで彼はすんでのことに十字を切らうとした……。
青年期への新入者は性慾を抑制するすべを知らない。手綱たづなをかけられぬ性慾はほしいままに荒れまわる。鶴見は最初から性慾道をそんな風に経験したのである。
「心安い多くの婦人から奪われた大事の物の紛失はいやすにすべなきを見てやむをえず、勝者の愍憐びんれんを乞いに来ました」
でも祈るよりほかにすべはありませんね。もっとよくなったら手紙をかきます。今はかなしみに打ちかたれています。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)