血腥ちなまぐさ)” の例文
それは前に襲撃をうけた高坂隊の一組などとは比較にならないほど血腥ちなまぐさい突風を持っていた。いや狂気に近い怒りをすら帯びていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日も戦い明日も戦い、昨日も落城、一昨日おとといも討ち死に。血腥ちなまぐさい噂が天地をこめて人の心を狂わせるのが戦国時代の有様であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
れはドウしたのかと云うと、会津あいづで分捕りした着物だといっ威張いばって居る。実に血腥ちなまぐさい怖い人物で、一見ず手の着けようがない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
静子に久し振に逢へると云つたやうな楽しい平和な期待は、偶然な血腥ちなまぐさい出来事のために、滅茶苦茶になつてしまつたのである。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
血腥ちなまぐさい事件の豫感に、平次は一寸ちよつと憂欝いううつになりましたが、直ぐ氣を變へて、ぞんざいに顏を洗ふと、びんを撫で付け乍ら家へはひつて行きました。
「殺しの場」のやうな血腥ちなまぐさき場面が、しばしばその伴奏音楽として用ひられる独吟と、如何に不思議なる詩的調和を示せるかを聞け。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
弘一君は思ったよりも元気で、血腥ちなまぐさい事件は忘れてしまったかの様に、小説の腹案などを話して聞かせた。夕方例の赤井さんが訪ねて来た。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
周囲はほの暗く、憤怒に燃え立った黒吉のは、殺意を含んで、ギラギラと輝き、無恰好な体からは、陰惨な血腥ちなまぐさい吐息が、激しく乱れた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
笹村も、一度経験したことのある、お産の時のあの甘酸ッぱいような血腥ちなまぐさいような臭気においが、時々鼻をいて来るように思えてならなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして、二人が血腥ちなまぐさい手をアルコールで消毒し、においのついた着物を脱いで寝間着に着換え、これから寝床へ這入ろうとしている時であった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
先づ、今を去る十五六年前、欧洲大戦の幕がりた、そのすぐあとの、陸にも海にもまだ血腥ちなまぐさい印象の数々を残してる時代を思ひ出して下さい。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
スペイン人を極度に憤激せしめた血腥ちなまぐさい人身犠牲の風習も、右の如きアステーク族の恐怖政治より出たものと見られている。
鎖国:日本の悲劇 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そんな殺伐なことがまだ戦国時代の血腥ちなまぐさい風の脱け切らぬ江戸ッ子の嗜好しこうに投じて、遂には市川流の荒事あらごとという独特な芸術をすら生んだのだ。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
こうして、幾つかの因子ファクターを排列しているうちに、法水はっと血腥ちなまぐさいような矢叫やさけびを、自分の呼吸の中に感じたのであった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
血腥ちなまぐさい噂がそこら中に広がってる時である。女のような美術家が袋叩ふくろだたきにされて半死半生になったという噂も聞いている。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いかに武芸をひとわたりは心得たとて……この血腥ちなまぐさい世の中に……ただの女の一人身で……ただの少女おとめの一人身で……夜をもいとわず一人身で……
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
二人はお互に鋭い眼光で睨み合って、物もいわず油断なく構えて、今にも血腥ちなまぐさきことが起りそうに見えた。ああこの恐るべき闘争に勝つ者は誰ぞ。
しかるに仏教徒は肉食を忌むことの宣伝として、肉を喰った者はその血腥ちなまぐさい気が身体に残るから、神様に近づくことはできないといい出したのです。
夜深しに汗ばんで、蒸々むしむしして、咽喉のどの乾いた処へ、その匂い。血腥ちなまぐさいよりたまりかねて、縁側を開けて、私が一番に庭へ出ると、みんな跣足はだしで飛下りた。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さすがに松の内だけは血腥ちなまぐさい噂もないと思っていると、春の初めの斬初めでもあるまいが、またしてもここに甚右衛門井戸の女殺しとなったのである。
決して血腥ちなまぐさい偉大さとか、荒々しい美とかいう幻影として——つまり異常なものとして、われわれ異常な者たちの眼に映じているのではありませんよ。
月世界のうえにまたもや血腥ちなまぐさい事件がもちあがったのである。辻中佐はじめ、アシビキ号の乗組員たちは、底しれぬ戦慄せんりつふちへなげこまれた形であった。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
セエラは寝台の上で肩を夜具に包み、膝を抱えて、血腥ちなまぐさいフランス革命の話を始めました。アアミンガアドは眼を見張り、固唾をのんで耳を傾けました。
直ぐに己の目に附いた「パアシイ族の血腥ちなまぐさき争闘」という標題の記事は、かなり客観的に書いたものであった。
沈黙の塔 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
行きちがう人々は、ことごとく、血腥ちなまぐさい話を、声高にして、行った。駕が、山角を曲ると、草叢のところに、旅人が集まっていて、菅笠や、手拭頭が動いていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
一しきりモリモリモリと音を立ててりかえって来たと思う間もなく、底深い、血腥ちなまぐさい溜息と一所に、自然自然とピシャンコになって行くのを見ると品夫は
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
恰度野村の前にある赤インキの大きな汚染しみが、新らしい机だけに、胸が苛々する程血腥ちなまぐさい厭な色に見える。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あんなにごたつき、血腥ちなまぐさくても、その時代には未だ人物は人物を見出すよろこびをもち得ていたのでした。ケプラーは巨大であり、あの時代は巨大な渾沌でした。
バオレルは一八二二年六月の血腥ちなまぐさい騒動の時、若いラールマンの葬式のおりに顔を出したことがあった。
また喧嘩ならば、こちらにも何かの傷がある訳である。しかも昨夜小石川に血腥ちなまぐさい喧嘩があったという報告はなく、血腥い事件といえばこの殺人事件ばかりである。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
甚三郎が提灯を突きつけて見ると、つい土台石の下にのめっている一つの血腥ちなまぐさい死骸があります。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
太平洋のまん中に亡霊の如く漂っている三本帆檣マストの船、その中には全く人の姿無く、しかも船内は到るところ生々しい鮮血にまみれていると……無気味な、血腥ちなまぐさい話なのである。
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
思ってもみたまえ、フランスの少年らは、敗北の影たちこめた喪中の家に生まれ、意気沮喪そそうした思想に養われ、血腥ちなまぐさい宿命的なそしておそらく無益な復讐ふくしゅうのために育てられたのだ。
血腥ちなまぐさいことにならなければよいがと云う気持ちと一緒に、隆吉が思いきりよく、新しい嫁を選んでくれればいいと云った様々な思いが、千穂子の頭の中をあぶるようにぜているのだ。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
嚴罰げんばつおそるゝならば、その血腥ちなまぐさから兇暴きょうばうけんなげうち、いかれる領主りゃうしゅ宣言ことばけ。
何事か血腥ちなまぐさい騒動が持ち上りそうな雰囲気に腰を浮かせた訳では有りません。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
島原しまばら切支丹きりしたん退治たいじがあって、血腥ちなまぐさうわさが伝わったのは昨年のことである。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
ちと具合ぐあひわるいので、三にん其所そこつてると、それとつた男子達をとこたちは、きこえよがしに高話たかばなしである。何處どこやつだか、んな大穴おほあな穿けやアがつた。今度こんど見附次第みつけしだい叩殺たゝきころしてやるといふ血腥ちなまぐさ鼻息はないき
療治れうぢ報酬はうしう藥箱くすりばこ進物しんもつといふのは、すこへんだが、本道ほんだうのほかに外療げれう巧者かうしや玄竹げんちくは、わかもの怪我けが十針とはりほどもつて、いとからんだ血腥ちなまぐさいものを、自分じぶんくちるといふやうな苦勞くらうまでして
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ああ年代の歴史に書かれたる血腥ちなまぐさき画図や。サルマシヤは罪なきに亡滅したり。しかして泣く者とてはあらず。ほこを揮うてこれを救う義侠ぎきょうの友もなく、不運を憐れみ菩提ぼだいを弔う慈悲ある敵もあらず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
もちろん血腥ちなまぐさからぬ世となりて長刀疵などは見たくても見られぬにつけ、名句も自然その力を失い行くは是非なしとして、毛皮や刀創を多く見る社会にはそれについて同一の物を期せずして聯想する
墺国オーストリヤ皇太子フェルジナンド大公夫妻がボスニヤ、サライエヴォの遭難以来、地球上のありとあらゆる国は、ことごとく戦禍の巷に捲き込まれ、世を挙げて、まったく血腥ちなまぐさき戦場と化し去っている時に
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
血腥ちなまぐさい復讐のむくいを受けることになった。今はあの
静子に久し振にえるとったような楽しい平和な期待は、偶然な血腥ちなまぐさい出来事のために、滅茶苦茶めちゃくちゃになってしまったのである。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あとになって考えて見れば、おかしい様なことですけれど、その時の私達は、その血腥ちなまぐさい光景をまざまざと目の前に描いていた訳なのです。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
血腥ちなまぐさい事件の予感に、平次はちょっと憂鬱ゆううつになりましたが、すぐ気を変えて、ぞんざいに顔を洗うと、びんで付けながら家へ入って行きました。
先刻さっきから血腥ちなまぐさい風が、黒犬を発狂に近いたかぶりにさせたのかもしれない。こだまが声をよび、声が谺をよび、陰々と、その吠えたけびは、止まなかった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六樹園ははじめこの流行に苦笑していたが、あまり度を外した血腥ちなまぐさい趣向立てに、婦女童子に害あり、人心を誤るものという意見で非常に憤慨していた。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いかに次回が血腥ちなまぐさく、いかに素晴らしい大修羅場が次々に行われ演ぜられるか? いよいよ物語は佳境に入った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いくつかの血腥ちなまぐさい記録を持っていたからであり、また一つには、そこを弾左谿だんざだにと呼ぶ地名の出所でもあった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)