落人おちうど)” の例文
阿久の三味線で何某が落人おちうどを語り、阿久は清心せいしんを語った。銘々の隠芸かくしげいも出て十一時まで大騒ぎに騒いだ。時は明治四十三年六月九日。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ひげむしやの鳥居とりゐさまがくちから、ふた初手しよてから可愛かわいさがとおそるやうな御詞おことばをうかゞふのも、れい澤木さわぎさまが落人おちうど梅川うめがはあそばして
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
やがて、合方あひかたもなしに、落人おちうどは、すぐ横町よこちやう有島家ありしまけはひつた。たゞでとほ關所せきしよではないけれど、下六同町内しもろくどうちやうないだから大目おほめく。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
討手でないのに、阿部が屋敷に入り込んで手出しをすることは厳禁であるが、落人おちうどは勝手に討ち取れというのが二つであった。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
先触れもなく、無論それらしいお供も連れない落人おちうどのようなこの度のお帰りが、思わしくないという蝦夷の土地柄とむぞうさに結びついた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と声をかけると、そら「平家の落人おちうどだ」と、家の中は急にさわがしくなってきた。忠度は馬から下りて、門の傍に歩み寄り
馬道の留守宅では、押かけ女房のおよつが、これも押かけ落人おちうどの日下部欽之丞を介抱して、世間を狭く暮して居りました。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
今尚ほきのふの如く覺ゆるに、わきを勤めし重景さへ同じ落人おちうどとなりて、都ならぬ高野の夜嵐に、昔の哀れを物語らんとは、怪しきまでしき縁なれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
人目をはばかる落人おちうどにとっては、これこそまたとない機会だ。うっかりしていると、すぐ夜のとばりが落ちかかるからな。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
露西亜ロシア人、または名も知らない島々から漂着したり帰化したりした異邦人の末とは違ひ、その血統はむかしの武士の落人おちうどからつたはつたもの、貧苦こそすれ
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
熱しきった太陽は爛々と燃え、最後の残照を西の空一面に放ったまま、落人おちうどのごとく夜の世界の彼方へ沈んでゆく。
六甲山上の夏 (新字新仮名) / 九条武子(著)
木茅きかやに心を置く落人おちうどのつもりでいるのか、それとも道草を食う仔馬こうまの了見でいるのか、居候から居候へと転々して行く道でありながら、こし方も、行く末も
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに対抗する城方しろがたの方は、最初は七八千も籠っていたけれども、日に/\降人や落人おちうどが頻出して、しまいには三四千にも充たない、微々たるものになった。
例の“落人おちうど”で花道にあらわれた勘平は実に水々しく若やいだもので、その当時綺麗きれいざかりの福助のお軽と立ちならんで、ちっとも不釣合いにみえないのみか
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
操浄瑠璃の「新薄雪」は文耕堂が時代世話にこしらえ、道行の枕に「旅立に日の吉凶よしあしをえらばぬは、落人おちうどの常なれや」というのが小出雲こいずもの名文句として知られている。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
物騒千万な世の中で、落人おちうどとなったが最後、誰に殺されても文句がないのであるし、また所在匪賊ひぞくのような連中がいて、戦争があるとすぐ落人狩をやり出すのである。
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
此時貴族きぞく落人おちうどなどの此秋山にかくれしならんか。里俗りぞくつたへに平氏といへるもよしあるにたり。
落人おちうどの借衣すずしく似合いけり。この柄は、このごろ流行はやりと借衣言い。その袖を放せと借衣あわてけり。借衣すれば、人みな借衣に見ゆるかな。味わうと、あわれな狂句です。
おしゃれ童子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そんなだつたら、いつ女房かないの里に落付く事だ。一体女房かないの里といふものは、落人おちうどの隠れ場所にとつて恰好なものだ。ベルンストロフ伯夫人は人も知つてるやうに米国生れの女である。
もし四、五羽も同時に鳴いたならば恐らくは落人おちうどを驚かすであらう。(九月四日)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
三十一人わずか三人に減じられて、落人おちうどのごとく胴の間にさらされているのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
煙草の安い、競馬の大賭博がある、そして悪事を働いても逃場の多い上海シャンハイに違いない。弟は予々かねがね上海行を夢想していたが、こんな風にして落人おちうどとなってゆこうとは思いも寄らなかったろう。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
姫や、侍婢、近侍と共に出奔した、野麦峠を越えて、信州島々谷にかかったころは、一族主従離れ離れになり、秀綱卿が波多はたへ出ようとするところを、村の人々に落人おちうどと見られて取り囲まれ
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
落人おちうど盤纏ろようにとて、危急の折に心づけたる、彼媼の心根こそやさしけれ。三人ひとしくさし伸ぶる手を待たで、われは財布の底を掴みて振ひしに、焚火に近き匾石ひらいしの上に、こがねしろかね散り布けり。
落人おちうど両人の者は夜分ひそかにその艀船はしけに乗り移り、神奈川以東の海岸からのぼる積りに用意した所が、その時には横浜から江戸に来る街道一町か二町目ごとに今の巡査じゅんさ交番所見たようなものがずっとたって居て
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
落人おちうどへば、をどつた番組ばんぐみなにうしたたぐひかもれぬ。……むらさきはうは、草束くさたばねの島田しまだともえるが、ふつさりした男髷をとこまげつてたから。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さればといって事態はすでに落人おちうどの境遇にあり、捲土重来を期する気魄も乏しいとなれば、現在の平家としては愚痴をこぼすだけが落ちである。
門番で米擣こめつきをしていた爺いが己をぶって、お袋が系図だとか何だとかいうようなものを風炉敷ふろしきに包んだのを持って、逃げ出した。落人おちうどというのだな。
里芋の芽と不動の目 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
見すぼらしい落人おちうどの姿をしていたのを、車に乗せるときに内府どのが御覧になって、此の三人はいずれも一国一城の主、分けても治部少輔は天下の政務を執りし者
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし、落ち行くところは必ずや紀州竜神——竜神は昔から落人おちうどの落ち行くによい所であります。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
せめて燒跡やけあとなりとも弔はんと、西八條の方に辿り行けば、夜半よはにや立ちし、早や落人おちうどの影だに見えず、昨日きのふまでも美麗に建てつらねし大門だいもん高臺かうだい、一夜の煙と立ちのぼりて、燒野原やけのはら
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
世を忍ぶ落人おちうどが大勢つながってゆくのは利益でない。もう一つには、この眇目の男が今夜の行動を考えると、彼はほとんど何もかも見透して、普通の人間とは思われないのである。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いや、拙者なぞもこの時節がらいつどのような御咎おとがめこうむる事やら落人おちうど同様風の音にも耳をそばだてています。それやこれやでその後はついぞお尋ねもせなんだがこの間はまたとんだ御災難。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この地つづきに、云うがごとく、考えたような肥沃なところへめぐりあえるであろうというはかないのぞみも、つきつめて行けば、消えてとびそうな願いでしかない。これは落人おちうどの姿であった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
此方こなたは鷹狩、もみじ山だが、いずれいくさに負けた国の、上﨟じょうろう、貴女、貴夫人たちの落人おちうどだろう。絶世の美女だ。しゃつ掴出つかみいだいて奉れ、とある。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
九州の地へ落ちた平家は、すでに神に見離され君にも捨てられたるもの、帝都を逃げて今や波の上に漂う落人おちうどなり。
此アリサマニテ野ニ伏シ山ニ隠レテハ疑ヒ無キ落人おちうどト見知ラヌ人ハ有マジ、本道ヲ露見シテ通ルベシト言ヘバ、此義尤可然トテ其ヨリ境(堺)ノ町ヘ出デ、紀伊ノ道ニカヽリ
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かれらは伊勢物語に見る武蔵野の落人おちうどのように、そこらの高い草むらをかき分けて身を忍ばせていると、やがて武者一騎が馬の腹にとどくほどの枯れすすきをざわめかして駈けて来た。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「きまってますよ、平家の落人おちうどにきまってますよ、白川郷っていうんでしょう」
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
末望みなき落人おちうどゆゑの此つれなさと我を恨み給はんことのうたてさよ。あはれ故内府在天の靈も照覽あれ、血を吐くばかりの瀧口が胸の思ひ、聊か二十餘年の御恩に酬ゆるの寸志にて候ぞや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
鎮西八郎為朝が落人おちうどになったところをからめ取った手柄がもとで右衛門尉に任ぜられ、それがために源氏一門から憎まれ平家方にこびへつらっていた。
と御維新以来このかた江戸児えどッこの親分の、慶喜様が行っていた処だ。第一かく申すめの公も、江戸城を明渡しの、落人おちうどめた時分、二年越居た事がありますぜ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なるほど、水の流れ、山のたたずまい、さも落人おちうどみそうな地相である。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
胆吹山いぶきやまというところは昔から落人おちうどの本場なんだから——そこをひとつ、念のために用心をして置いて下さいよ、一時にそううしおの押寄せるようにここまで押寄せて来るはずはなかろうけれども
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
道行みちゆきの二人連れ、さしずめ清元か常磐津の出語りで『落人おちうどの為かや今は冬枯れて』とか云いそうな場面です。誰の考えも同じことで、この榛の木を目当てに『辿り辿りて来たりけり』という次第。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
むかしから、落人おちうど七騎しちき相場さうばきまつたが、これは大國たいこく討手うつてである。五十萬石ごじふまんごくたゝかふに、きりもちひとつはなさけない。が、討死うちじに覺悟かくごもせずに、血氣けつきまかせて馳向はせむかつた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
西海の波の上に漂う落人おちうどとなって早や三年になりますが、その間、微力ながらまだ生き長らえ、諸国の通行を妨げておりますのは、何としても口惜しいこと、此のたび、義経、地の果
それにあなた、あの人たちは平家の落人おちうどの流れだというではありませんか
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
落人おちうどそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさへ、我名わがなを呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、其の都度つど、ハツと隠れ忍んで、微笑ほほえみ/\通ると思へ。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「平家の落人おちうどの流れだから、どうしたというのだ」
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)