苛責かしゃく)” の例文
まあとおせんはたれでもしたように片手で頬を押えた。源六はそれを見て眉をしかめ、良心の苛責かしゃくを受ける者のように眼を伏せた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……で、つい人様の口に乗り、さるお方の世話になったのが、そもそもこんな苛責かしゃくと因果にしばられる間違いだったのでございました
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その苛責かしゃくが終わったのちに、道人は三人に筆と紙とをあたえて服罪の口供こうきょうを書かせ、更に大きい筆をってみずからその判決を書いた。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
善良な退屈なオイレル一家の人たちにたいして手きびしい振舞いをしたことを、彼は思い出しながらくすぐったいような苛責かしゃくを感じた。
わたくしはそのとき、きっとこのひとはこのおとこにかかってんだのであろうとおもいましたが、かくこんな苛責かしゃく光景ありさまるにつけても
こう解釈した時、御米は恐ろしい罪を犯した悪人とおのれ見傚みなさない訳に行かなかった。そうして思わざる徳義上の苛責かしゃくを人知れず受けた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今に見ろ、どんなに白々しい夫人でも、血で書いた青木淳の忿恨ふんこんの文字に接すると、屹度きっと良心の苛責かしゃくに打たれて、女らしい悲鳴を挙げる。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼女は今、地獄の苛責かしゃくに泣き叫ぶ一人の亡者であった。だが、亡者にしては、何とふてぶてしく張り切った肉塊であったろう。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
死所を踏み違った未練者と多くの人に嘲笑わらわれたあげく、かばねは野山に捨てられて鳥や獣の餌食となり、地獄へ堕ちても苛責かしゃくの罪
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
良心の苛責かしゃくになやまされるわけだが、何十分の一ぐらいの責任しかないのだから、あまりうらむな怒るなと了解りょうかいを求めている。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
康頼 侮辱ぶじょくされながら、しかも自殺できないほどの苛責かしゃくがありましょうか。それは実に一種言いようのないわるい状態です。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
こん度の自殺は、良心の苛責かしゃくの結果にきまっている。すべてが関聯しているじゃないか。すっかり辻褄つじつまがあうじゃないか?
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
磔柱はりつけばしらの罪人が引廻しのさまをさせて頂き、路傍みちばたながら隠場所かくればしょの、この山崩れの窪溜くぼたまりへ参りまして、お難有ありがた責折檻せめせっかん苛責かしゃくを頂いた儀でござります。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その石牢の上の方には窓があって、重い罪人ですからその窓から食物を入れますので苛責かしゃくをする時分にはその窓から出入をするようにしてある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
うえ苛責かしゃくとに疲れ果てて、もはや助けを呼ぶ力もなく、わずかに顔を挙げて夢心地に、灯をかざしている救いの手の、誰彼の顔を眺めるのでした。
裸体にされた幾組の男女が、かしこの岩石の上、こなたの熱泉のほとりに引据ひきすえられている。牛頭馬頭ごずめずに似た獄卒ごくそつが、かれ等に苛責かしゃくしもとを加えている。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
良心の苛責かしゃくなどというものも、要するところは、生の執着に過ぎぬかも知れない。こうも、彼は考えるのであった。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ロミオ ちがはぬが、狂人きちがひよりもつら境界きゃうがい……牢獄らうごく鎖込とぢこめられ、しょくたれ、むちうたれ、苛責かしゃくせられ……(下人の近づいたのを見て)や、機嫌きげんよう。
そのときその良心の苛責かしゃくさえ残らず打明けて逸作に代って担って貰うこともある。で、今の場合にも言った。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
或る言葉は言葉ではなくて一つの行為でもあり苛責かしゃくでもあった。美しいつねるような苛責だった。さらに彼女は男というものの肉体の不思議さを思いえがいた。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
藝術の世界で許されて居る「悪」を、一旦実行の方面に移すと、われわれはすぐに良心の苛責かしゃくを受ける。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そしてそのことにすこしも良心の苛責かしゃくを感じてはいません。実際のところ僕はもう宗教には冷淡です。
二人の子供はただ愛撫ばかりを受けた。コゼットは何をしても必ず不当な激しい苛責かしゃくを頭上に浴びた。
やがて阿母おっかさんが出て来た。沈着な阿母も、挨拶半に顔が劇しく痙攣けいれんして、涙と共に声を呑んだ。彼は人の子を殺した苛責かしゃくを劇しく身に受け、唯黙って辞儀ばかりした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
反省に反省を重ねて、その苛責かしゃくに悩むのがかれの癖である。彼はそれから詩を書く決心をした。かれの好みは幼年時より詩の方に向いていたのである。詩は書きたい。
太刀たちつかに手をかけて、やはり後ろに下がっていた次郎は、平六のこのことばに、一種の苛責かしゃくを感じながら、見ないようにして沙金の顔を横からそっとのぞいて見た。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
時経てから、源氏が出た或酒宴で、柏木も席につらなっていたが、内心の苛責かしゃくから、源氏に対して緊張した態度をとっている。其がかえって源氏の心の底の怒りに触れて来る。
反省の文学源氏物語 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
良心の苛責かしゃくのために気ちがいじみた有様になって、まさにそのためにベッドを離れられないような忠実で誠実な人間が、使用人たちのあいだにはいないというのだろうか。
変身 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
彼の心臓は良心の苛責かしゃくといったようなもののためにちくりと刺されるような気もしたが、そんな感動はすぐ消えて、彼の心臓はまたもとのように規則正しく動悸を打っていた。
あたかもかの士官が兵士を指揮するがごとく、かの不慈悲にして残忍なる官吏は鉄鞭てつべんを揮い、これを苛責かしゃくし、これを強迫し、なんの容赦かこれあらん。なんの会釈かこれあらん。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
お金持のM氏は、誰に預けたかを、そのまま追求もせず、あきらめておられたようですが、ぼくは良心の苛責かしゃくに、えられず、あなたへの愛情へ、ある影を、ずっと落すようになりだしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
堅い口留をして、ふとそれ等の事をお鈴にもらしたお島は、それを又お鈴から聞いて、宛然さながら姦通かんつう手証てしょうでも押えたように騒ぎたてる、隠居の病的な苛責かしゃくからおゆうを庇護かばうことに骨がおれた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
満員電車のつり皮にすがって、押され突かれ、もまれ、踏まれるのは、多少でも亀裂ひびの入った肉体と、そのために薄弱になっている神経との所有者にとっては、ほとんど堪え難い苛責かしゃくである。
電車の混雑について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
また彼らはかれ綽名あだなして、独言悟浄どくげんごじょうと呼んだ。かれが常に、自己に不安を感じ、身を切刻む後悔にさいなまれ、心の中で反芻はんすうされるそのかなしい自己苛責かしゃくが、ついひとり言となってれるがゆえである。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
貴方あなたは一生涯しょうがいだれにも苛責かしゃくされたことはく、健康けんこうなることうしごとく、厳父げんぷ保護ほごもと生長せいちょうし、それで学問がくもんさせられ、それからしてわりのよいやく取付とりつき、二十年以上ねんいじょうあいだも、暖炉だんろいてあり
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼は、苛責かしゃくの毒煙にまかれながら、わが子を呪う——怒る——責める——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
Fの涙は、いつの場合でも私には火のむちであり、苛責かしゃくの暴風であった。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
何時いつかは……。私はお化けになれるものだろうか……。お化けは何も食べる必要がないし、下宿代にせめられる心配もない。肉親に対する感情。恩返しをしなければならないと云うつまらぬ苛責かしゃく
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しかしあの連中はどうです? ああした苛責かしゃくが一体何になるのです。
「どうです署長さん」なおも青谷は苛責かしゃくの手をゆるめなかった。
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
(兵卒らこの時ようや饑餓きがを回復し良心の苛責かしゃくえず。)
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それは地獄じごく苛責かしゃくよりも葉子にはえがたい事だ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
苛責かしゃく懊悩おうのうに、のべつ追い廻されているように、彼は、死に場所を探し歩いた。だが、死を考えているうちは、まだ死ねなかった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長い間考えることに苛責かしゃくの種となったので、パリーへ行ったら捜し出そうと、幾度みずから誓ったかわからなかった(第四巻反抗参照)。
でも家に帰って、まだ旅行から帰ったまゝに、放り出してあったトランクを開いたとき、信一郎は可なり良心の苛責かしゃくを感じた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あゝわしの受けた苛責かしゃくがどれほどのものだったか! わしはよい人間ではないかもしれない、だが、かほどの苛責がわしに相当しているだろうか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「その女は良人の良心を、地獄の苛責かしゃくに逢わせようと、良人の殺した女の嬰児あかんぼの、泣き声を不断に聞かせる筈だ」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
せめて、朝に晩に、この身体からだ折檻せっかんされて、拷問ごうもん苛責かしゃくくるしみを受けましたら、何ほどかの罪滅しになりましょうと、それも、はい、後の世の地獄は恐れませぬ。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
絶え間なき罪の苛責かしゃくに責められて、どうかしてその地獄を逃れたいと、あせりもがくのでございます。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
愛スル相手ト逢ッタアトデ嫌イナ相手ト行ウヿハ、堪エラレナイ苛責かしゃくデアルベキハズダガ、彼女ハ例外ナノデアル。彼女ガ僕ヲ拒ンデモ、彼女ノ肉体ハ拒ムヿヲ知ラナイ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)