芭蕉ばしょう)” の例文
十兵衛の部屋、又十郎の部屋、右門の部屋——こう一棟の下にいる兄弟たちの窓は、芭蕉ばしょうの中庭を隔てて、三方から向い合っている。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
芭蕉ばしょうはこのイデヤに対する思慕を指して「そぞろなる思い」と言った。彼はそれによって旅情を追い、奥の細道三千里の旅を歩いた。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
高谷君は彼のあとについて堤から十町ほども行くと、広い麻畑が眼の前にひろがって、芭蕉ばしょうに似た大きい葉が西南の風になびいていた。
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
多くは花瓶で、模様は人物とか鳥とか花とか船とか象とか芭蕉ばしょうとか、色々のものを一パイに浮彫し、これに様々な色を差してある。
現在の日本民窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
後年芭蕉ばしょうあらた俳諧はいかいを興せしもさびは「庵を並べん」などより悟入ごにゅうし季の結び方は「冬の山里」などより悟入したるに非ざるかと被思おもわれ候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
硝子戸ガラスどうちから外を見渡すと、霜除しもよけをした芭蕉ばしょうだの、赤いった梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こういうすしが、いつごろからあったものかわからないが、芭蕉ばしょうの『猿蓑さるみの』に、どうもこれではないかと思われるものが顔を出している。
かぶらずし (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
芭蕉ばしょうが「たとえば哥仙かせんは三十六歩なり、一歩もあとに帰る心なく、行くにしたがい、心の改まるはただ先へ行く心なればなり。」
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
が、日は無心に木犀もくせいにおいをかしている。芭蕉ばしょう梧桐あおぎりも、ひっそりとして葉を動かさない。とびの声さえ以前の通り朗かである。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
東北地方を目標としての最も古い文学である芭蕉ばしょうの『奥の細道』にいたしましても、僅かに二百四十年ばかり、徳川中期のことであります。
今この手紙を書く時も、うちのあの六畳の部屋へや芭蕉ばしょうの陰の机に頬杖ほおづえつきてこの手紙を読む人の面影がすぐそこに見え候(中略)
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
どうせ太閤などには、風流の虚無などわかりっこないのだから、飄然ひょうぜんと立ち去って芭蕉ばしょうなどのように旅の生活でもしたら、どんなものだろう。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
新茶屋に、馬籠の宿の一番西のはずれのところに、その路傍みちばた芭蕉ばしょう句塚くづかの建てられたころは、なんと言っても徳川のはまだ平和であった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これは芭蕉ばしょうの句であったろうか——はっきり判らないがこんなことを云いながら、復一の腕は伸びて、秀江の肩にかかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
廊下へ出て、へり蘇鉄そてつ芭蕉ばしょうの植わった泉水の緋鯉ひごいなどを眺めていると、褞袍姿どてらすがたのその男が、莨をふかしながら、側へ寄って来て話しかけた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それよりもさらに珍らしいのは、その鬼ヶ城の穴のすぐ隣に、もう一つ穴があって、是には芭蕉ばしょうの糸の太い綱が下げてある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ですからこの心眼を開けばこそ、私どもは、形のない形が見えるのです。心耳をすませばこそ、声なき声が聞こえるのです。俳聖芭蕉ばしょうのいわゆる
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
このバショウの名は芭蕉ばしょうから来たものだけれど、元来がんらい芭蕉はバナナ類の名だから、右のように日本のバショウの名として用いることは反則である。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
周知のごとく芭蕉ばしょうの「奥の細道」の冒頭であるが、これは大和古寺巡礼の際における私の御詠歌として選んだのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
やっとこさと乗込んでから顔を出すと、跡から追駈けて来た二葉亭はさくの外に立って、例のさびのある太い声で、「芭蕉ばしょうさまのお連れで危ない処だった」
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
したたる芭蕉ばしょうの葉かげに、若い男女が二人、相擁あいようしあって、愛をささやいているのです。それだけをみて、ぼくはくるりと引っ返し、競争を廃棄はいきしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
なぜなら散文は一句が独立した効果をあらわすことはなく、必ず前後の文章コンテクストに複雑な関係を残しているから。私は今、芭蕉ばしょうの句に就てこれを説明しよう。
大きな棕梠しゅろ竹や、芭蕉ばしょうや、カンナの植木鉢と、いろいろな贅沢ぜいたくな恰好の長椅子をあしらった、金ピカずくめの部屋の中では、体格の立派な殿宮視学さんと
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
芭蕉ばしょうという人、よほど常識的なところばかりを生命とする人らしい。彼の書、彼の句がそれを説明している。
河豚は毒魚か (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
がさ/\、がさ/\と、近いが行燈あんどうの灯は届かぬ座敷の入口、板廊下の隅に、芭蕉ばしょうの葉を引摺ひきずるやうな音がすると、蝙蝠こうもりのぞ風情ふぜいに、人の肩がのそりと出て
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
芭蕉ばしょう芙蓉ふようはぎ野菊のぎく撫子なでしこかえでの枝。雨に打たれる種々いろいろな植物は、それぞれその枝や茎の強弱に従ってあるものは地に伏し或ものはかえって高くり返ります。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
キリストもシャカも老子ろうし孔子こうし空海くうかい日蓮にちれん道元どうげん親鸞しんらんもガンジイも歩いた。ダヴィンチも杜甫とほ芭蕉ばしょうも歩いた。科学者たちや医者たちも皆よく歩いています。
歩くこと (新字新仮名) / 三好十郎(著)
そうして私の言ったうちでは比較的「牡丹ぼたん」「芭蕉ばしょう」などがその感じに近いところがあると言いました。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし芭蕉ばしょうの木のかげにも、黒い岩のうしろにも、大砲が、するどい眼を光らしているのである。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
さてそれより塩竈しおがま神社にもうでて、もうこのつぼいしぶみ前を過ぎ、芭蕉ばしょうつじにつき、青葉の名城は日暮れたれば明日の見物となすべきつもりにて、知る人のもとに行きける。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
芭蕉ばしょう、フェニックスが生えている。町を通り抜けると、まただらだら坂となる。高くなるにつれて、風景はいよいよ鮮明に立体化して来る。湾内に小島がいくつか見える。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
裕佐は思わずこう嘆息をもらして破れ芭蕉ばしょうの乱れている三坪ばかりの庭の方を向いた。
彼はなぜかはずかしそうに、芭蕉ばしょうをうえるのだといった。その理由はわからないがこの男の前で、いつもあらたに木を植えるときには、なぜか口ごもった遠慮えんりょがちな言い方をしていた。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
芭蕉ばしょうの奥の細道の有名な句を引くまでもなく、これは誰にも一再ならず迫ってくる実感であろう。人生について我々が抱く感情は、我々が旅において持つ感情と相通ずるものがある。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
それは月並のつく芋山水いもさんすいを描いたものでなく、いろいろの文字を寄せ書してある様子が異っているから、また少し枕の向きをかえて見直すと、一目でわかる旅姿の芭蕉ばしょうの像を描いて
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
芭蕉ばしょう其角きかく嵐雪らんせつなどの俳諧師はいかいし、また絵師では狩野家かのうけ常信つねのぶ探信守政たんしんもりまさ友信とものぶ。浮世絵の菱川吉兵衛ひしがわきちべえ鳥井清信とりいきよのぶ浄瑠璃じょうるりにも土佐椽とさのじょう江戸半太夫えどはんだゆうなど高名な人たちもたくさん出ている。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
英吉利旦那イギリスマスターのすばらしい自用車、あんぺらを着た乞食こじきども、外国人に舌を出す土人の子、路傍に円座して芭蕉ばしょうの葉に盛ったさいごん米とドライカレーを手づかみで食べている舗装工夫の一団
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
白堊はくあの小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナくずめいて、緑色の植物が家々の間からえ出ている。ある家の裏には芭蕉ばしょうの葉が垂れている。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
山は静かにして性をやしない、水は動いて情を慰む、静動二の間にして、住家を得る者あり、私は芭蕉ばしょう洒落堂しゃれどうの記と云う文章の中に、このようにいい言葉があると与一に聞いた事がある。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
家へも来るが、両国広小路——電車道路となったが——の、両国橋にむかって右側に、「芭蕉ばしょう」という大きな薬種屋があって、芭蕉の葉が一葉大きく青く彫刻した看板が棟にあげてある店だった。
芥川は芭蕉ばしょうの門人で長江と同じ病気をわずらっていた森川許六もりかわきょりくの例を引き
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
歌人も多いが西行くらい人気のあるのは特別で、俳人芭蕉ばしょうなどと同じく、歌のよしあしなどは第二であって、人間の親しめるというような、文学以前、歌以前のものが人に感じられるからである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
右の方で目立つのは芭蕉ばしょうでした。わずかの間にすくすくと伸び、巻葉が解けてひろがる時はみずみずしくて、心地ここちのよいものです。花が咲いて蓮華れんげのような花弁が落ちますと、拾ってさかずきにして遊びました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
芭蕉ばしょう好み、そんな景色だ。
隠亡堀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その晩宗助は裏から大きな芭蕉ばしょうの葉を二枚って来て、それを座敷の縁に敷いて、その上に御米と並んですずみながら、小六の事を話した。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それはまた木蔦きづたのからみついたコッテエジ風の西洋館と——殊に硝子ガラス窓の前に植えた棕櫚しゅろ芭蕉ばしょう幾株いくかぶかと調和しているのに違いなかった。
悠々荘 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
芭蕉ばしょう広重ひろしげの世界にも手を出す手がかりをもっていない。そういう別の世界の存在はしかし人間の事実である。理屈ではない。
科学者とあたま (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
先ず日本で言えば、芭蕉ばしょうや、人麿ひとまろや、西行さいぎょうやが、そうであった。彼等は人生の求道者であり、生涯を通じてのロマンチックな旅行家だった。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
各部将は、それぞれの位置に、陣小屋を構え、椰子やしの葉をいて屋根とし、芭蕉ばしょうを敷いてしとねとし、毎日の炎天をしのいでいた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それも東大の文学部に入り、国文学を専攻、卒業論文には「芭蕉ばしょうの研究」というのを書いたのだから、少し念が入っている。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)