胡坐あぐら)” の例文
おやぢは愈々佛頂面をして、いひ捨てたまゝ仕事臺の前に戻つて、どつかりと胡坐あぐらを組んだ。それつきり、仕事にかゝつてしまつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
おまけに一人の親仁おやじなぞは、媽々衆かかしゅう行水ぎょうずいの間、引渡ひきわたされたものと見えて、小児こどもを一人胡坐あぐらの上へ抱いて、雁首がんくび俯向うつむけにくわ煙管ぎせる
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「俺といえどもそうなんだよ」ややあってこのようにいうものがあったが、それは燭台に遠く離れて胡坐あぐらをかいている武士であった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
此時このとき座敷の隅を曲って右隣の方に、座蒲団ざぶとんが二つ程あいていた、その先の分の座蒲団の上へ、さっきの踊記者が来て胡坐あぐらをかいた。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と! 瞬間、ニヤニヤして聞いていた源三郎、胡坐あぐらのまま、つと上半身をひねったかと思うと、その手に、ばあっ! 青い光が走って
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と菊池君は吃る樣に答へて、變な笑ひを浮べ乍ら、ヂロヂロ一座を見𢌞したが、私とは斜に一番遠い、末席の空席に悠然ゆつたり胡坐あぐらをかく。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それでも着いた時は、とこの上に胡坐あぐらをかいて、「みんなが心配するから、まあ我慢してこうじっとしている。なにもう起きてもいのさ」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
与えられたたての上に、彼はしずかに坐った。楯は陣中の敷物であり、座を取る場合は武者坐りであった。いわゆる胡坐あぐらを組むのである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
矢田はけむに巻かれて何とも言えず、おとなしく二階へ上り、帽子もとらずとこうしろ胡坐あぐらをかいて不審そうに座敷中を見廻していた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ほとんど立続たてつづけに口小言くちこごとをいいながら、胡坐あぐらうえにかけたふる浅黄あさぎのきれをはずすと、火口箱ほぐちばこせて、てつ長煙管ながきせるをぐつとくわえた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
しばらくしてあをけむり滿ちたいへうちにはしんらぬランプがるされて、いたには一どうぞろつと胡坐あぐらいてまるかたちづくられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そういって鳴海は、私に向きあって胡坐あぐらをかいたが、すぐ立上って、部屋の隅から灰皿を見付けてきて、元の座にすわり直した。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その鳥屋でもそうであったが、芥川は鏡花が抱き胡坐あぐらをしているのに眼をつけて、「抱き胡坐をする江戸ッ児なんてあるもんじゃないな」
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、上り湯を思い切りよく浴びる。藤三は湯釜ゆがまの上に胡坐あぐらいては居ない。彼は流し場に出て来て、せかせかと忙がしそうに働く。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
学士は楽しそうに両手や身体を動かして、胡坐あぐらにやったり、坐り直したりしながら、高瀬の方を見た。そして話の調子を変えて
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は久し振りに自分の胡坐あぐらのなかに、小柄な笠原の身体を抱えこんでやった——彼女は眼をつぶり、そのまゝになっていた……。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
この男は片足が悪いから、かしこまろうとしてもうまい具合には跪まれないから、胡坐あぐらと跪まるのを折衷したような非常に窮屈な坐り方です。
といつて、どかりとその上へ胡坐あぐらを組みました。私も老人と向きあつたその一つに坐りました。それを見た老人は急に不機嫌な顔になつて
中宮寺の春 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
わたしたちは明け放した障子の敷居のところに胡坐あぐらをかいて、いろいろな世間話をしましたが、突然紳士は真面目まじめな顔をして
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
これにて「あつゝう」といひて体を反らし、突込みし傷口の刀を手拭を持ちたる左手にて押へ、どうと下に居り、下手に向ひて胡坐あぐらをかく。
案内をされて入って行くと、何時かの部屋に、正面に阿部がまっ赤な顔をして胡坐あぐらをかき、両側にいつかの女と仲居とが居た。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
町中まちなかでしたから忽ち人立ひとだちがして、勘六の仲間も駈けつけて来ました。勘六は腰が抜けたと言って往来の真中へ胡坐あぐらをかいたまゝ動きません。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と云いながら、ぐるりっと胡坐あぐらを掻きましたが、此のおさまりはう相成りましょうか、次回までお預かりにいたしましょう。
あぶらぎつたセピア色の皮膚、大きいギラギラする眼、どつしりと胡坐あぐらをかいた鼻、への字に結んだ唇、それはまさに繪に描いた怪物の相好です。
そこへ精米所の主人がやって来て、炉縁ろばた胡坐あぐらをかくと、そこにごろりと寝転んでいたお爺さんはじきに奥へ引込んで行った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼はかう云つてひよろ長い体の居ずまひを直し、裕佐が縁近く持ち出して胡坐あぐらをかいて見てゐた一枚の絵を煙管でさした。
胡坐あぐらを掻きながら、一息煙を吸うと得も云われない気持だった。つい先刻死を決した自分が、まるで別人のように思われた。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
もう一突きで、カッとなるか涙をぽろっと滴すかの悲惨な界の気持にまで追い込められた硬直の表情で、鼈四郎はチャブ台の前に胡坐あぐらをかいた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
松山と半ちゃんはとこの方を背にして胡坐あぐらをかいていた。広栄はその前へ往って崩れるように腰をおろして足を投げだした。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その階下の八畳の座敷に、中村氏の部下の刑事が胡坐あぐらをかいていて、その前に六十歳程の小柄な老婆がかしこまっていた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕は薄縁うすべりの上に胡坐あぐらいて、麦藁むぎわら帽子を脱いで、ハンケチを出して額の汗をきながら、舟の中の人の顔を見渡した。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
何れも砂の上に胡坐あぐらをかいてゐるので、遠くからは岩のやうに見えたのである。しかも、見物は悉く男と子供である。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
剣に秀で、胆に秀でた達人でなくば、このうごめく人の中で、しかも胡坐あぐらを掻いたまま、眠りの快を貪るなぞという放れ業は出来ないに違いないのです。
彼はぴたりと本棚に向って板の間に胡坐あぐらを組み、もう戸をあけて、塵だらけの古雑誌を引出しては分類しだした。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
すつかり片付いた時、平七は今敷いたばかりの中の間の畳の上に胡坐あぐらをかいて、「あゝ、これであつさりした。かうしてさへ置けば何時でも差支ない。」
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
布袋ほてい和尚そのままの風采でいつもニコニコ、当時浅草馬道、俗に富士横町の中ほど、格子造りの平家住まい、奥の細工場に鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡をかけて大胡坐あぐら
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「いつものとおり胡坐あぐらをかきますよ。たたき大工の息子ですから、几帳面きちょうめんに長く坐っていると立てなくなりますよ」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
祖父は泉水の隅の灯籠とうろうに灯を入れてくるとふたたび自分独りの黒く塗った膳の前に胡坐あぐらをかいて独酌どくしゃくを続けた。
地球儀 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
若い黒人が甲板に胡坐あぐらをかいて、真鍮のコップみたいなものを二つ並べて伏せては、大声に呶鳴っているのだ。
長火鉢の前に胡坐あぐらをかいて、晩飯のすんだあとまでとろりとした顔つきでいつまでもそこを離れようとしない。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
軽い竹製の卓子テーブルを持っていて、岸や川の中でその上に胡坐あぐらをかき、我々は彼等がこの卓子の上にいたり、それを背負って水中を歩いていたりするのを見た。
伊庭は、机から外国煙草を出して一服つけながら、胡坐あぐらを組んだ。河内山と云つた、いやしい胡坐の組みかたで
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
何よりもはっきりと目に見えるのは男の姿で、その男がずっと以前に女にして見せた同じい微笑と、同じい胡坐あぐらをかいていることと、同じい声音とであった。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
降りるやいなや、いづれも言ひ合したやうに、愛機を眺めながらその周囲をぐるりと一周し、機首へ戻つてくると、愛機の前へドッカと胡坐あぐらを組んでしまつた。
真珠 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
そこへ茣蓙ござなんぞ敷きまして、その上に敷物しきものを置き、胡坐あぐらなんぞかないで正しく坐っているのがしきです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
店の炉のまわりに胡坐あぐらをかいていた若い者が奥へはいって麻緒を持って来ると、半七はかまちに腰をおろした。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
陽気なピロちゃんだけは、例によって、床の上へ胡坐あぐらをかいてのん気な顔で西洋雑誌の揷絵さしえを眺めている。
彼らは、蒙古人のするとおりの真似をする。胡坐あぐらをかく、手づかみで食い、片手で馬をさばく。しかし、智能の程度は小学生をでぬ。とマア、こういったもんです。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
茶の間では川村が胡坐あぐらをかいて、酔いのためにたるんだ舌を動かしてお幸に内密の相談をしはじめた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
そう言って、私は、仰けになっていた身体を跳ね起きて、女の方に向いて、蒲団の上に胡坐あぐらをかいた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)