“筑紫:つくし” の例文
“筑紫:つくし”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治11
長谷川時雨3
柳田国男3
太安万侶2
稗田阿礼2
“筑紫:つくし”を含む作品のジャンル比率
産業 > 林業 > 林業(児童)100.0%
歴史 > 伝記 > 日本16.7%
歴史 > 日本史 > 日本史4.7%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
ここにありて筑紫つくしやいづく白雲しらくも棚引たなびやまかたにしあるらし 〔巻四・五七四〕 大伴旅人
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「白蓮」は藤原氏の娘なり「王政ふたたびかへりて十八」の秋、ひむがしの都に生れ、今は遠く筑紫つくしはてにあり。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
なぜか、この魚見堂で眠るときは、いつも彼の運命は巌頭にあった。筑紫つくし落ちの前夜、また九州から再東上の日、そして今夜——
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もちろん、主君尊氏のお胸をそのままうけたまわって、筑紫つくしの御陣から差向けられて参った次第にござりまする」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時の後醍醐が、この九州菊池党へ、秘勅をくだして、早くから筑紫つくし無二のお味方とたのまれたのも、決して偶然なことではない。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しらぬひ筑紫つくし綿わたにつけていまだはねどあたたけく見ゆ 〔巻三・三三六〕 沙弥満誓
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そういう点で、いまは宮崎龍介みやざきりゅうすけ氏夫人であるもとの筑紫つくしの女王白蓮びゃくれん女史の燁子あきこさんは幸福だ。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「叔父上のおことばでは、たとえ一時は筑紫つくしへ逃げた尊氏でも、いまにきっと大軍で攻めのぼって来るぞ、と仰っしゃっておいででした」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
懐良王は、後醍醐ごだいご帝の皇子、延元えんげん三年、征西大将軍に任じ、筑紫つくし鎮撫ちんぶす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すなはち御腹をいはひたまはむとして、石を取らして、御裳みもの腰に纏かして、筑紫つくしの國に渡りましてぞ、その御子はれましつる。
タラシナカツ彦の天皇(仲哀天皇)、穴門あなと豐浦とよらの宮また筑紫つくし香椎かしいの宮においでになつて天下をお治めなさいました。
するとお子さまは、ちゃんと筑紫つくしへお凱旋がいせんになってからご無事にお生まれになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
帶中たらしなか日子ひこの天皇穴門あなと豐浦とよらの宮また筑紫つくし訶志比かしひの宮にましまして、天の下治らしめしき。
狭い物置小屋に、一本蝋燭の灯が、筑紫つくし不知火しらぬいとも燃えて、若侍の快談、爆笑……。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「まずは筑紫つくし(九州)までも、海上、物に困らぬだけのお支度は、ととのい終ってござりまする」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しらぬひ筑紫つくしのはてにわれ居れどをしへのおやたたへざらめやあふがざらめや
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
——するうちに、序戦、ここの正面へ当って来たのは、少弐頼尚しょうによりひさを主将とする筑紫つくし諸党の兵——つまり浜の手隊の先鋒せんぽうだった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近世の口碑こうひにおいては筑紫つくしの人旅に死し、その霊化して蝉となってツクシコイシと啼くと、也有やゆうの「百虫賦ひゃくちゅうふ」にはあるそうな。
そして天皇はもはやとくにおくなりになったとお言いふらしになり、そのお空骸なきがらをつれておかえりになるていにして、筑紫つくしをお立ちになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
その後文明九年には長尾景春ながおかげはるに招かれ、文明十二年には大内正弘おおうちまさひろに招かれて、周防すおう山口に下り、さらに筑紫つくしに旅をした。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
博多の探題邸は一城郭のおもむきをなしていた。いわば筑紫つくし九ヵ国の鎮台ちんだいだ。少弐、大友、島津をはじめ鎮西の諸豪はみなもう駒をつないでいる風だった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
第二十六代の天皇継体けいたいの時代には、筑紫つくし磐井いわいが反抗した。
備前から四国にわたり、おもに讃岐さぬきにいて、筑紫つくしまで行ったようだ。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
それで筑紫つくしの國をシラヒワケといい、とよの國をトヨヒワケといい、の國をタケヒムカヒトヨクジヒネワケといい、熊曾くまその國をタケヒワケといいます。
筑紫つくし不知火しらぬいは、闇黒やみにあって初めて光るのじゃっ!」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さうしてそれが都は勿論、遠い陸奧から筑紫つくしの果までも傳はつて、伏柴の加賀といへば日本に隱れのない才女、あつぱれの歌よみだと皆んなが褒めそやすに相違ございません。
能因法師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
征西ノ宮将軍(懐良かねなが親王)の旗幟きし筑紫つくしを圧している。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「天神様をごらんなさいな、菅原道真公を。天神様はあの通りのいいお方でしょう、それでさえ筑紫つくしへ流されたじゃありませんか、時平公しへいこう讒言ざんげんで……」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、なぜ跡取が、こうもあべこべに生れたものかと悔むささやきも聞えたが、その時、末席にあった筑紫つくしの客僧のなにがしが、ひとりつぶやくようにいったことには、
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫が筑紫つくしへ往って帰らぬので、二人の子供を連れて尋ねに往く。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
筑紫つくしの強豪一藩一藩はどれ一つなまやさしい族党ではない。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神つ代のことこほしみてしらぬひ筑紫つくしのくにに果てし君はも
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼女は筑紫つくしの千代の松原近き寺院の娘に生れたが、父は近衛公の血をひいていて、父兄ともに愛国の士であったゆえ、彼女も幼時から女らしいことを好まず、危い使いなどをしたりした。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
槍なども筑紫つくしの菊池千本槍が使用の始めともいわれるが、宋朝水滸伝そうちょうすいこでんには槍の達人がさかんにみえるし、日本の“後三年絵巻”にも早や槍らしき武器はつかわれていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
建武の頃、おもひのほかの事によりて、筑紫つくしにくだりけるが、ほどなく帰りのぼりけるに、都に残しおきける女の、さま変へて、ひとにはべりけるよし聞きて、みてつかはしける。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菅公の名は、こんな遠い地方でも、知らない者はなかった。今から十三年前、筑紫つくしの配所で死んで以来、なぜなのか、神格化されて、崇めねば、むしろ恐ろしいもののように、鳴りとどろいている。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一度もうでたらんほどのものは、五十里、百里、三百里、筑紫つくしの海のはてからでも、思いさえ浮んだら、つか此処ここに来て、虚空こくう花降はなふる景色を見よう。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一年ひととせや、筑紫つくし崗田をかだの宮。
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
一年ひととせや、筑紫つくし崗田をかだの宮。
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
何にもせよ暦の春が立返ると、西は筑紫つくしの海の果から、東は南部・津軽の山の蔭に及ぶまで、多くの農民の行事がほとんどわずかの変化もなしに、一時一様に行わるるは今なおきのうのごとくであって
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
三十三歳の豊麗な、筑紫つくしの女王白蓮は、『踏絵』一巻でもろもろの人を魅了しつくしてしまって、銅御殿あかがねごてんの女王火の国の白蓮と、その才華美貌をたたえる声は、高まるばかりであった。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
筑紫つくし不知火しらぬいといえば、なにびとも知らざるなく妖怪中の巨魁きょかいであるが、先年、熊本高等学校の教員は海中の虫ならんと思い、海水をくんで試験を施してみたれども原因不明であった。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
いまから一千八百年いつせんはつぴやくねんばかりむかし筑紫つくしいま九州きゆうしゆう)に扶桑木ふそうぼくつて、なかまれ大木たいぼくがありました。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
くだって、元寇げんこうの変に、相模太郎時宗さがみたろうときむねをして、一剣護国の難にあたらせ、民ことごとくの憤怒が、筑紫つくし大捷たいしょうとなった時の如きは、それの最も歴然たるものだ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
筑紫つくし館に、宿を取った。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それより程なく、予が実に忘るる能わざる明治二十八年十二月二十一日は来りぬ、和田中央気象台技師、筑紫つくし警部、平岡巡査らは倔強くっきょうの剛力を引率し、一行十二人注意周到なる準備をして、登山し来られたり
この家三とせばかり前までは、村主すぐりの何某という人のにぎわしくて住侍すみはべるが、筑紫つくし商物あきもの積みてくだりし、その船行方ゆくえなくなりてのちは、家に残る人も散々ちりぢりになりぬるより
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いや、現に一時は秀才の名が高かった菅原雅平すがわらまさひらとか仰有る方も、この御姫様に恋をなすって、しかもその恋がかなわなかった御恨みから、にわかに世を御捨てになって、ただ今では筑紫つくしの果に流浪して御出でになるとやら
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「いや心得申した。きのうも筑紫つくしから少弐、大友、菊池、松浦などの党が上洛いたし、それらの武士の参内さんだいに、あわただしく暮れたばかり……。あすはおへんをともなって、親しゅう闕下けっかに拝謁の儀をとげさせましょう」
高さは五尺ばかり、周りに垣をして大切にしてありますが、これは昔菅公かんこう筑紫つくしに流された時、度会春彦わたらいのはるひこという人が送って行って、帰りに播州ばんしゅうの袖の浦という所で、拾って来たさざれ石でありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
十二代じゆうにだい景行天皇けいこうてんのうが、筑紫つくし高田たかだ行宮あんぐう行幸ぎようこうされたときには、なが九千七百尺きゆうせんしちひやくしやくのその丸太まるたが、はしになつてかゝつてゐました。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
大鏡で概略は覗へるが、世の中は先づ以て平和で、藤原氏繁盛の時、公卿は栄華に誇つて、武士はやうやく実力がありながら官位低く、屈して伸び得ず、藤原氏以外の者はたまたま菅公が暫時栄進された事はあつても遂に左遷を免れないで筑紫つくしこうぜられた。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
そのうちに、おばばがその情人おとこの子をはらんだて。が、これはなんでもない。ただ、驚いたのは、その子を生むと、まもなく、おばばのかたが、わからなくなって、しもうた事じゃ。人に聞けば、疫病えやみで死んだの、筑紫つくしへ下ったのと言いおるわ。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この戦国の世のさまでは、とうてい正直まっとうに暮していたら鼻の下の建立が覚束おぼつかないと、早くもそこへ目を付けて、詐欺いかさまのネタになるような、掘り出し物はあるまいかと、産れ故郷の筑紫つくしを出て海道筋を押し上ぼりそこからちょっと横へ
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三日に揚げずに来るのに毎次いつでも下宿の不味いものでもあるまいと、何処かへ食べに行かないかと誘うと、鳥は浜町はまちょう筑紫つくしでなけりゃア喰えんの、天麩羅は横山町よこやまちょう丸新まるしんでなけりゃア駄目だのと、ツイ近所で間に合わすという事が出来なかった。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼等は実に、大永四年以来、五十七年の長き間を、怨敵おんてき毛利家と戦いつづけ、父子二代三代にかけて、尼子の再興を念願し、こうして織田軍の西下を機に、信長公におすがりして、味方となって一功をも挙げて来た者なのに——今、それを打ち捨てて尼子勝久も山中鹿之介をも、見殺しに遊ばされては、この秀吉ごとき一将の立場はともあれ、信長公ともある御名おんなの名折れ、やがて中国筑紫つくしの果てまで、ご征伐を遂げられた後々まで、そしりのたねとなろうに……。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)