禰宜ねぎ)” の例文
三郎らに次いでは、村社諏訪すわ分社の禰宜ねぎ松下千里の子息にあたる千春が荒町から通って来る。和助と同年の千春もすでに十五歳だ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
勿論、天狗の怒りにふれた人間として、禰宜ねぎは神殿に駈けこんで御灯みあかしを捧げ、半刻のまつりをしてから大勢して樹からそれを下ろした。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
猿田彦さるだひこが通り、美くしく化粧したお稚児が通り、馬に乗つた禰宜ねぎが通り、神馬しんめが通り、宮司の馬車が通り、勅使が通り、行列はしまひになつたが
住吉祭 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
然るに此神輿は、旧き獅子頭のみにていささかの彩りなく、古風に不器用なるものなり。家の如き形したる物に入れて、禰宜ねぎ一人して頭に頂きて行くなり。
獅子舞雑考 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
吾家わがやへ帰るべきを忘れたのをうらんだも好いが、相手の女が稲荷様の禰宜ねぎの女というので、杉村ならば帰ったろうにと云ったのは、冷視と蔑視べっしとを兼ねて
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
白木しらきの宮に禰宜ねぎの鳴らす柏手かしわでが、森閑しんかんと立つ杉のこずえに響いた時、見上げる空から、ぽつりと何やらひたいに落ちた。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春日かすが御社おやしろに仕えて居りますある禰宜ねぎの一人娘で、とって九つになりますのが、そののち十日と経たない中に、ある夜母の膝を枕にしてうとうとと致して居りますと
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
白寮権現はくりょうごんげんの神職を真先まっさきに、禰宜ねぎ村人むらびと一同。仕丁続いてづ——神職、年四十ばかり、色白く肥えて、鼻下びかひげあり。落ちたる鉄槌を奪うとひとしく、お沢の肩をつかむ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
村長や村会議員もそれに交って飯を握るのを手伝えば、禰宜ねぎもまた庭へ下りてそれを配って歩いた。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
臨時にこれをまつり、禰宜ねぎ神主かんぬし沙汰さたはない場合が多いが、これを無格社以上の社殿の中にいつくとすれば、すなわち神の名を大山祇命おおやまつみのみこと、もしくは木花開耶姫尊このはなさくやひめのみことといい
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
文献に照して見ても、禰宜ねぎは、祝部よりは遅れて出来た職名であるらしい。村の主長なる国造は、既に神事に与ること尠く、実務を祝部に任せる方に傾いてゐたらしい。
万葉びとの生活 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
須走村では禰宜ねぎの大和家に火の玉が落ち、それから村一統も焼払われたという噂なぞ聞えて来た。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
真淵は遠江とほたふみ浜松の新宮の禰宜ねぎ岡部定信の二男で、享保十八年三十七歳で京都に出て、荷田春満の門に入つた。足かけ四年で師の春満は死んだが、平田篤胤あつたね玉襷たまだすきの中で
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
としはじめ発会式ほっかいしきも、他家にくらぶれば華やかであった。しほの母はもと京都諏訪すわ神社の禰宜ねぎ飯田氏のじょで、典薬頭てんやくのかみ某の家に仕えているうちに、その嗣子とわたくししてしほを生んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わたくしは小笹おざさの茂った低い土手を廻って、漸く道を求め、古松の立っている鳥居の方へ出たが、その時冬の日は全く暮れきって、軒の傾いた禰宜ねぎの家の破障子やぶれしょうじに薄暗い火影ほかげがさし
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
道清みちきよめの儀といって、御食みけ幣帛みてぐらを奉り、禰宜ねぎ腰鼓ようこ羯鼓かっこ笏拍手さくほうしをうち、浄衣を着たかんなぎ二人が榊葉さかきはを持って神楽かぐらを奏し、太刀を胡籙やなぐいを負った神人かんどが四方にむかって弓のつるを鳴らす。
顎十郎捕物帳:23 猫眼の男 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いずれも腹巻や籠手こてすね当てをし、槍や長柄などをひっさげた、雄々しく物々しい連中であったが、しかしそれらは武士ではなく、禰宜ねぎ、修験者、陰陽師、屠児えとり、人相見、牙僧すあい圉人うまかい
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鹿島の町ではもとそこの神宮の禰宜ねぎをしたことのある人が死んで、今、葬式が出るところだとか言つて、細い通りに大勢人が羽織袴で集つて立つてゐるのをかれは目にした。かれはさびしい気がした。
船路 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
羽織はおり著た禰宜ねぎの指図や梅の垣 素覧そらん
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
宮近きあぜを焼く子や禰宜ねぎ叱る
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
禰宜ねぎ拍手かしはで寒祝詞かんのりと
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
勝重はかさを持って、禰宜ねぎの家の方から半蔵を迎えに来た。乾燥した草木をうるおす雨は、参籠後の半蔵をき返るようにさせた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
めいめいが一冊ずつのほんをかかえて、禰宜ねぎの荒木田様の学問所へ、国語や和歌のお稽古にゆくことが日課であった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝々の定まれる業なるべし、神主禰宜ねぎら十人ばかり皆おごそかに装束しょうぞく引きつくろいて祝詞のりとをささぐ。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
尾張熱田あつたの社から持って来て置いたもので、その人はもと熱田の禰宜ねぎであったのが、この部落の人と結婚したために、熱田にいられなくなってここへ来て住んだといって
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いや、御身おみたち、(村人と禰宜ねぎにいう)このおんなを案内に引立ひったてて、臨場裁断と申すのじゃ。怪しい品々しなじなかっぽじってられい。証拠の上に、根から詮議せんぎをせねばならぬ。さ、婦、立てい。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうやらそれは禰宜ねぎらしい。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
羽織袴はおりはかまの役人衆の後ろには大太鼓が続き、禰宜ねぎの松下千里も烏帽子えぼし直垂ひたたれの礼装で馬にまたがりながらその行列の中にあった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
禰宜ねぎの荒木田家へ、武蔵は山田の旅籠はたごから問いあわせてみた。——宍戸梅軒ししどばいけんという者が逗留しているか否かを。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
匡衡は何様した因縁だったか、三輪の山のあたりの稲荷いなり禰宜ねぎの女に通うようになった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
八月には神祇官から宮主一人卜部うらべ三人が差遣さしつかわせられ、それが二人ずつ両国に入って行くが、その一人を稲実卜部、一人を禰宜ねぎ卜部と号するとあって、職掌は明示せられていない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
(わななきながら八方はっぽう礼拝らいはいす。禰宜ねぎ仕丁しちょう、同じくそむけるかたを礼拝す。)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬籠荒町の禰宜ねぎ、松下千里は有志の者としてであるが、越後方面への出発の日には朝早く来て半蔵の家の門をたたいた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「お師匠さま、お師匠さま。あちらで、禰宜ねぎ様が呼んでいらっしゃいますよ。何か、お頼みがあるんですって」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右左に飛廻って、松明たいまつの火に、鬼も、人も、神巫みこも、禰宜ねぎも、美女も、裸も、虎の皮も、くれないはかまも、燃えたり、消えたり、その、ひゅうら、ひゅ、ひゅうら、ひゅ、諏訪の海、水底みなそこ照らす小玉石
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここにはくたぶれて来た旅人や参詣者さんけいしゃなぞを親切にもてなす家族が住む。当主の禰宜ねぎで十七、八代にもなるような古い家族の住むところでもある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
先頃も龍王りょうおうの滝を見て来ましたとか、蛍石まで行って参りましたとか、話していたが、禰宜ねぎは、彼の言葉どおりに信じて、その行先をうたがってみた事もなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羽にともれたように灯影が映る時、八十年やそとしにも近かろう、しわびたおきなの、彫刻また絵画の面より、頬のやや円いのが、萎々なえなえとした禰宜ねぎいでたちで、蚊脛かずねを絞り、鹿革の古ぼけた大きな燧打袋ひうちぶくろを腰に提げ
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
荒町にある村社諏訪すわ分社の禰宜ねぎ松下千里はもとより、この祭りを盛んにすることにかけては神坂みさか村小学校の訓導小倉啓助が大いに力瘤ちからこぶを入れている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
禰宜ねぎ山辺守人やまのべもりとは、時鳥ほととぎす仏法僧ぶっぽうそう啼音なきねばかりを友として、お宮の脇の小さい社家に住んでいたが、甚助の姿が見えると、かたこと木履ぼくりの足音をさせて出て来た。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この馬籠からも出発するという荒町の禰宜ねぎ、松下千里のうわさが出ていて、いずれその出発の日には一同峠の上まで見送ろうとの相談なぞが始まっていた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
禰宜ねぎ(神職)の振る鈴の、かすかな燎火にわび、そして拍手かしわでのひびきなど、遠くの兵たちにもあわくわかった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど、北関きたせき裏崖うらがけへ、誰も知らぬ銀の小鳩が下りた頃。その、蝉丸のようにせた老禰宜ねぎが、社家しゃけの一隅に、わびしい晩飯のぜんをすえて、はしをとっていると
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御嶽山のふもとにあたる傾斜の地勢にり、王滝川に臨み、里宮の神職と行者の宿とを兼ねたような禰宜ねぎの古い家が、この半蔵らを待っていた。川には橋もない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「やいっ。——蹴ったな、蹴りおったな。神宮の禰宜ねぎどのから、鎌倉殿へ御覧に入れようがため、おれどもが預かって、道中これまで護って来た大切な、おん犬をば」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ようやくそれらの混雑も沈まって行ったころには、かねて馬籠から戦地の方へ送り出した荒町の禰宜ねぎ松下千里も、遠く奥州路から無事に帰って来るとの知らせがある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すぐ禰宜ねぎ山辺守人やまのべもりとが来た。家を立つ時と同じように、仏間に坐って、母と守人の前に手をついた。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ここの家は神葬祭だネ。禰宜ねぎ様を頼まんけりゃ成るまい」と森彦はお倉の方を見て言った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よそながら、常に新九郎の様子へ眼をつけていた老禰宜ねぎの左典、今日も、通りがかりに自斎と彼との試合を見ていたので、聞くごとに頷いて、さて、静かにこう言った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半蔵は勝重かつしげを連れて、留守中のことを案じながら王滝おうたきから急いで来た。御嶽山麓おんたけさんろく禰宜ねぎの家から彼がもらい受けて来た里宮参籠さんろう記念のお札、それから神饌しんせんの白米なぞは父吉左衛門をよろこばせた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)