真闇まっくら)” の例文
旧字:眞闇
道がへし折られたように曲って、その先きは、真闇まっくらな窪地に、急な勾配こうばいを取って下っていた。彼らはその突角とっかくまで行ってまた立停った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私はやっと落着いて、胸の動悸をしずめて真闇まっくらになったトンネルを手捜てさぐりで歩き出した。どこへ行くかわからないまま……。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ちょうどかつぎ上げられた樽御輿たるみこしが、担がれたままで自由になっているように、真闇まっくらな人波のうごめく中で提灯のみが宙に浮いているようです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夜、銀座などを歩いていると、賑やかに明るい店の直ぐ傍から、いきなり真闇まっくらなこわい横丁が見えることがあるでしょう。
ようか月の晩 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
と思うと、怒れる神のひたいの如く最早真闇まっくらに真黒になって居る。妻児さいじの顔は土色になった。草木も人も息をひそめたかの様に、一切の物音は絶えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私達は申継もうしつぎをし、並んで暗号室を出て行った。通路を出ると、真闇まっくらであった。私は目を慣らすために、出口の崖によりかかり、しばらく待っていた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
又は、ああ、自分は、いつ鼹鼠もぐらになったのであろうか。真闇まっくらな、生暖かい地の底を、どこまでもどこまでも掘って行かなければならないのだ……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
この間だっけ、今だから云うんだがね、真闇まっくらな処でね、あッと云う声が聞えるから、吃驚びっくりして見ると、何だったの。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おらく知らないが、の宝物というのは実に立派なものだ。真闇まっくらな処でもぴかぴか光って……。何だかう……。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しぶといという観念だけがあらゆる注意の焦点になって来た。彼はよそを真闇まっくらにして置いて、出来るだけ強烈な憎悪の光をこの四字の上に投げ懸けた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
是等の事実を見ても、井伊大老は真実間違いもない徳川家の譜代、豪勇無二の忠臣ではあるが、開鎖の議論にいたっては、真闇まっくらな攘実家とうよりほかに評論はない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
人々はどんなことをするのかと片唾かたずんだが、その時首相から二けん程隔って立った松島氏が左の手を上げると、その途端に夫人の手で電燈が消されて真闇まっくらになり
外務大臣の死 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
小雨が降っていたくらいだから真闇まっくらな晩だったが、庭へはいろうとする石段の上に、二つの人影がなにか争っているのを認めた。それはふざけ半分のものらしかった。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
其のは雪がチラ/\降出し真闇まっくらですから、ほかに余り大勢の合客あいきゃくはありません様子でありますゆえ、濱田へ上って見ますと、衝立ついたてを立て、彼方あちらにも此方こちらにもお客が居ります。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
流すはつたなしこれはどうでも言文一途いっとの事だと思立ては矢もたてもなく文明の風改良の熱一度に寄せ来るどさくさ紛れお先真闇まっくら三宝荒神さんぽうこうじんさまと春のや先生を頼みたてまつ欠硯かけすずりおぼろの月のしずく
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
車が方向をかえるたびに、そういう建物が真闇まっくらい空にぐるぐる廻転するように見えた。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
(中略)宋の時程頤ていい朱熹しゅきおのが学を建てしより、近来伊藤源佐いとうげんさ荻生惣右衛門おぎゅうそうえもんなどとふやから、みなおのれの学を学とし、是非を争ひてやまず。世の儒者みな真闇まっくらになりてわからず。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
次の八畳の間のあいふすま故意わざと一枚開けてあるが、豆洋燈まめランプの火はその入口いりくちまでもとどかず、中は真闇まっくら。自分の寝ている六畳の間すらすすけた天井の影暗くおおい、靄霧もやでもかかったように思われた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
いよいよ起きてその窓に歩み寄ると、室内たちまち真闇まっくら咫尺しせきを弁ぜず。
笹村は齲歯むしばが痛み出して、その晩おそくまで眠られなかった。笹村は逆上のぼせた頭脳あたままそうとして、男衆に戸を開けさせて外へ出た。外は雨がしぶしぶ降って、空は真闇まっくらであった。風も出ていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
真闇まっくらの中に降り来り、海に消え マストに積る
本土の港を指して (新字新仮名) / 今野大力(著)
半球の真昼、半球の真闇まっくら
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
もし妻に怪我けがでもあったのではなかったか——彼れはの消えて真闇まっくらな小屋の中を手さぐりで妻を尋ねた。眼をさまして起きかえった妻の気配がした。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
表の方は人が雑沓ざっとうしているけれども裏の方は誰もいない。表の方は昼のような明るさであったが、裏の方は真闇まっくら
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
窓の高さは畳から一尺に足りないから、足をかけると厚い壁の上に乗る事ができる。女が危のうございますと云った。外をのぞいたら真闇まっくらに静かであった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余は舌鼓したつづみうって、門をたゝいて、しいて開けてもらって内に入った。内は真闇まっくらである。車夫に提灯ちょうちんを持て来させて、妻や姉妹に木曾殿きそどのとばせをの墓を紹介しょうかいした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
真闇まっくらの一室がにわかにぱっと薄明るくなってあたか朧月夜おぼろづきよのよう、さてはいよいよ来たりと身構えして眼をみはひまもなく、しつの隅からたちまの貴婦人の姿が迷うが如くに現われた。
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と半治は懐中から手拭を出してかぶせる、其のうち床を出して其の上へごろりっと海禪坊主横になりました。半治は納戸へ這入ってぴったり襖をて切りますと真闇まっくらになりました。
その夜けて後、俄然がぜんとして暴風起り、須臾しゅゆのまに大方の提灯を吹き飛ばし、残らずきえて真闇まっくらになり申し候。闇夜やみよのなかに、唯一ツすさまじき音聞え候は、大木の吹折られたるに候よし。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
余り静かなので、つい居ることを忘れて、お鍋が洋燈ランプの油を注がずに置いても、それを吩咐いいつけて注がせるでもなく、油が無ければ無いで、真闇まっくら坐舗ざしき悄然しょんぼりとして、始終何事をか考えている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
気をつけねばあぶないと思う。現代の文明はこのあぶないで鼻をかれるくらい充満している。おさき真闇まっくら盲動もうどうする汽車はあぶない標本の一つである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼れの真闇まっくらな頭の中の一段高い所ともおぼしいあたりに五十銭銀貨がまんまるく光って如何どうしても離れなかった。彼れは鍬を動かしながら眉をしかめてそれを払い落そうと試みた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ところで此愛子の若いことがまたおびただしい。強そうな事を言うて居て、まさかの時は腰がぬけます。真闇まっくら逆上ぎゃくじょうします。鮮人騒ぎは如何でした? 私共の村でもやはり騒ぎました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
途中は長い廊下、真闇まっくらなかで何やら摺違すれちがつたやうな物の気息けはいがする、これと同時に何とは無しにあとへ引戻されるやうな心地がした。けれども、別に意にもめず、用をすまして寝床へ帰つた。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
庭は真闇まっくらでげすからちっとも分りませんが、海面に向ってある裏木戸のところで、コツリガチャリという音がするので、伊之吉は恟りいたし伸した首をちゞめ、また舟の中に小さくなっている
何だってお前様まえさん、滅茶苦茶に真闇まっくらだあ、どうも人間わざじゃねえぜ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真闇まっくらで、人の影なんぞはちっとも見えなかった」
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分が六つめの梯子まで来た時は、手がだるくなって、足がふるえ出して、妙な息が出て来た。下を見ると初さんの姿はとくの昔に消えている。見れば見るほど真闇まっくらだ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何うかして彼奴あいつを殺してりたいと思えばボツリ/\と雨が降って来て真闇まっくらになり、又気が附いてあゝ悪い事をした、斯様こんな事はふッつりと思うまいと思えば煩悩の雲がすうッと切れますると
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それから三日目の晩に、祖父おじいさんは用があって又隣村まで行ったが、夜が更けても帰って来ないので、家中うちじゅうの者も心配して、松明たいまつけて迎いに出た。その晩は真闇まっくらで、寒い山風が吹きおろしていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
真闇まっくらな晩です。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
電灯の消えた今、その顔だけが真闇まっくらなうちにもとの通り残っているような気がしてならなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
又「あゝまだ月が出ねえで、真闇まっくらになったのう」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すると真闇まっくらな道のはたで、たちまちこけこっこうという鶏の声がした。女は身を空様そらざまに、両手に握った手綱たづなをうんとひかえた。馬は前足のひづめを堅い岩の上に発矢はっしきざみ込んだ。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だから君のように呑気のんきな事を云ったって駄目だめだよと橋本から叱られた。なるほど駄目である。しかも余の駄目は汽車にとどまらない。地理道程みちのりに至っても悉皆しっかい真闇まっくらであった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余はこの暗い町内に、便所がどこにいくつあるか不審に思ったが、つい聞きもせず、女の前を行き過ぎて通ろうとすると、そっちは行きどまりでございますと注意された。道理で真闇まっくらであった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ストーブをドンドンいて先生を火攻ひぜめにしたり、教場を真闇まっくらにして先生がいきなり這入って来ても何処も分らないような事をしたり、そういう所を経過して始めて此校ここへ這入ったものであります。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)