かれ)” の例文
それから硯友社けんいうしやの傾向に私が同化することが出来なかつたことを説く条に、『その癖、かれは渠等と共通な感傷性を脱し切れなかつた』
エンジンの響 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
韻文にはかぬから小説を書いて見ようと思ふと云ふのがかれの癖で、或時其書かうとして居る小説の結構を竹山に話した事があつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その信仰や極めて確乎かっこたるものにてありしなり。海野は熱し詰めてこぶしを握りつ。容易たやすくはものも得いはで唯、唯、かれにらまへ詰めぬ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
も勤め此家の番頭ばんとうよばれたるちう八と云者何時いつの程にかお熊と人知ひとしらぬ中となりけるが母のお常は是を知ると雖も其身も密夫みつぷあるゆゑかれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この原野全體が濕地ヤチであるのだから、その全體を乾燥させる爲めの大排水工事をしない以上は、かれが動かす鍬さきから、不毛の濕りが
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
かれはよろめいたが、また座に直り、しばらくして、今度は十分に警戒しながら、先刻の問いを繰返した。今度は棒がりて来なかった。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一八〇あはれかの女召して問はせ給へ。助、武士らに向ひて、県の真女子まなごが家はいづくなるぞ。一八一かれを押してとらへ来れといふ。
日本の現時の教育家や宗教家がこれらの科学的知識を欠くためかれらの手に成る救済事業が往々無用の徒労に終るを遺憾とし
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
而して彼は此冒頭を結びて曰く「文章は事業なるが故にあがむべし、吾人が頼襄を論ずる、即ちかれの事業を論ずるなり」と。
人生に相渉るとは何の謂ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
兼好が人に代って鹽谷えんやの妻に送るのふみに比するも、人の感情を動かすの深き決してかれに劣らざる可し、是も亦他に非ず其の文のたゞちことばを写せばなり
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
舟歌畢りしとき、主婦は我に對ひて、君は歌ひ給はずやと問ひぬ。われ、さらば即興の詩一つ試みばやと答へぬ。四邊あたりにはかれは即興詩人なりと耳語さゝやく聲す。
「今日は。ああさうか。君は日本人か。君はドクトルSを知つてゐるか。かれは戦争まへに僕の友達ぢやつた」
接吻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
これは小千谷の下た町といふ所の酒楼しゆろう酌採しやくとり哥妓げいしやどもなり、岩居がんきよ朋友はういうはかりてひそかこゝまねきおきてきやうさせんためとぞ。かれは狐にあらずして岩居がんきよばかされたるなり。
阿部侯が宴を設けて群臣を召しても、独り蘭軒はおもむくことを要せなかつた。わたくしはこれを読んでビスマルクの事を憶ひ起す。かれは一切の燕席に列せざることを得た。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
読者若しかれが楠河州を詠じたるの詩を読まば如何に勤王の精神が渠の青年なる脳中に沸々ふつ/\たるかを見ん。渠をして此処こゝに至らしめたるものは何ぞや。嗚呼是れ時勢なるのみ。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
もってかむくいん。弾丸硝薬これ膳羞ぜんしゅう。客なお属饜しょくえんせずんば、よし宝刀をもってかれが頭に加えん
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
思ひあたることが無いでもない、人に迫るやうなかれの筆の真面目しんめんもくは斯うした悲哀あはれが伴ふからであらう、斯ういふ記者もたその為に薬籠やくろうに親しむ一人であると書いてあつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
帝曰く、かれみずから焚死ふんしすと。孝孺曰く、成王もし存せずんば、何ぞ成王の子を立てたまわざるやと。帝曰く、国は長君ちょうくんる。孝孺曰く、何ぞ成王の弟を立てたまわざるや。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その子諸父に謀りていわく、われ聞く、里中葛秀才、天性よく記すと、かれ、昨わが家をよぎり、かつてこの籍を閲す、あるいはよく記憶せん、なんぞ情をもって叩かざるや、と。
彼は暴風の如く来り暴風の如く去った、予は独りかれの為に一夜の弔宴を張ってやる。渠も又予の為に役立ってくれた一人である。平安あれ沢田の魂の上に平安あれ。(三、四)
かれのいふ所によると、これでももとは「大政たいまさ」ともいはれた名たたる棟梁のせがれである。
もつれ糸 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
且つ今人の作詩、亦た未だ嘗て出処なきはあらざるも、かれ自ら知らざるのみ、若し之が箋注を為さば、亦た字字出処あらん、但だ其の悪詩なるを妨げざるのみ。(老学庵筆記、巻七)
ナニ己は婦人などに眼はくれぬ、かれは魔である化物であるなんかと力んでいらッしゃる方もありますが、その遊ばすことをそっと伺って見ますると矢ッ張り人情と申すものは変りません
村の紳縉王子良しんしんおうしりょうという者の世話になったことを思いだして、自分は今こんなに栄達しているが、かれはまだ官途につまずいていて昇進しないから、一つ引きたててやらなくてはならないと思って
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かれには、妻も子もなかつた
(旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
挺刀一呼ていたういっこかれが魂を奪ふ
しからざりし以前より、かれはこの僂麻質の持病に悩みて、仮初かりそめなるくるまの上下にも、小幾、重子など、肩貸し、腰を抱きなどせしなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今朝出社した時、此二人が何か密々ひそひそ話合つて居て、自分が入ると急に止めた。——それが少なからずかれの心を悩ませて居たのだ。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かれがまだ故郷にゐた時、姉や友達につれられて、山へしひを拾ひに行つたことが度々あるが、その椎の實の味を思ひ出す樣な味がする。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
ここに播磨の国印南郡いなみのこほり七七荒井あらゐの里に、彦六といふ男あり。かれは袖とちかき従弟いとこちなみあれば、先づこれをとぶらうて、しばらく足を休めける。
かれはここに来て軍医をもとめた。けれど軍医どころの騒ぎではなかった。一兵卒が死のうが生きようがそんなことを問う場合ではなかった。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
くみまゐりし者は當時は拙者弟子なれども元は師匠ししやう天道てんだうが弟子にてかれは師匠が未だ佐渡さど淨覺院じやうがくゐんの持主たりし時門前にて有しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
女偊じょう氏は一見きわめて平凡な仙人せんにんで、むしろ迂愚うぐとさえ見えた。悟浄が来ても別にかれを使うでもなく、教えるでもなかった。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
恰も我が力なく能なく弁なく気なきを罵るに似たり。かれは斯の如く我に徹透す、而して我は地上の一微物、渠に悟達することのはなはだ難きは如何ぞや。
一夕観 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
一家の葛藤を処理するためのいささかの金ですらが筆のかせぎでは手取早てっとりばやく調達しがたいのを染々しみじみと感じたかれは、「文学ではとても駄目だ。金儲かねもうけ、金儲け!」
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
我等は凝息ぎやうそくして行くほどに、一英人の導者と共に歸り來るに逢ひぬ。かれ、汝等の間に英人ありやと問ふに、われ、無しと答ふれば、一聲畜生マレデツトオと叫びて過ぎぬ。
これは小千谷の下た町といふ所の酒楼しゆろう酌採しやくとり哥妓げいしやどもなり、岩居がんきよ朋友はういうはかりてひそかこゝまねきおきてきやうさせんためとぞ。かれは狐にあらずして岩居がんきよばかされたるなり。
華麗の辞、美妙の文、幾百巻を遺して天地間に止るも、人生にあひわたらずんば是も亦空の空なるのみ。文章は事業なるが故に崇むべし、吾人が頼襄らいのぼるを論ずる即ちかれの事業を論ずる也。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
予は自らひどくさげすんでいる、二五八九・四・二八の清水三十六は愚かな貪欲家である。人々はかれの面に唾をかけて通るがよい。今は午前二時だ。麦酒を呑んで寝る。明日は又良き日があるだろう。
小親きて、泣く泣く小六の枕頭まくらもとにその恐しきこと語りし時、かれ剛愎ごうふくなる、ただひややかに笑いしが、われわれはいかに悲しかりしぞ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つい今迄その感情の満足をはからなかつた男だけに、言ふ許りなき不安が、『男は死ぬまで孤独ひとりぼつちだ!』といふかれ悲哀かなしみと共に、胸の中に乱れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
買ひて歸りがけすぐ笠原粂之進かさはらくめのしんかたへ行き夜前やぜんの火付は原町の煙草屋喜八と云ふ者なり今朝こんてう私し煙草をかひ候時かれが布子のしまたれば心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
いつもの通り、案内なしであがつて行き、氷峰の二階の室のふすまを明けると、かれとお鈴とがびツくりして、ひらき直つた。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
今の細君が大きい桃割ももわれに結って、このすぐ下の家に娘で居た時、かれはそのかすかな琴の髣髴ほうふつをだに得たいと思ってよくこの八幡の高台に登った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
遠方から見ると小さなあわかれの口から出ているにすぎないようなときでも、実は彼がかすかな声でつぶやいているのである。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かれは「油地獄」の主人公の如く癡愚無明なりしものなるか。余は、しかく信ずること能はず。彼の文、彼の識、世間の道法を弁ぜざるものとは認め難し。
心機妙変を論ず (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
優美よりは快活、柔順よりは才発、家事よりは社交、手芸よりは学術というが女に対するかれの註文であった。
我はへつらはんことを欲せず。又藝術は我等の批評もて輕重すべきものにあらず。されど我は夫人に告げんとす。夫人よ、かれの即興詩をいかなる者とか思ひ給ふ。
人々を見てあやしげにまもりたるに、真女子もまろやも此の人を二七五そがひに見ぬふりなるを、翁、かれ二人をよくまもりて、あやし、此の邪神あしきかみ、など人をまどはす。
江河こうが潔清けつせいなれば女に佳麗かれい多しと謝肇淛しやてうせつがいひしもことはりなりとおもひつゝ旅宿りよしゆくかへり、云々しか/″\の事にて美人びじんたりと岩居がんきよに語りければ、岩居いふやう、かれは人の知る美女なり