気色けしき)” の例文
旧字:氣色
私の甥は顔を火照ほてらせながら、どこまでもこう弁じつづけて、私などの申す事には、とんと耳を藉しそうな気色けしきさえもございません。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
常に積極的な信玄がなおうごく気色けしきを示さず、いつも消極的な献言をする山本道鬼が、口をひらくと、明快にこうすすめたのである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、椽側にちかく、ぴしやりとすねたゝおとがした。それから、ひとが立つて、おくへ這入つて行く気色けしきであつた。やがて話声はなしごえきこえた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ある日、商船の老人がそれを見て大いにおどろき、また喜んだ気色けしきで、しきりにそれを撫でまわしていたが、やがてその値いを訊いた。
人々は黙つて平八郎の気色けしきうかがつた。平八郎も黙つて人々の顔を見た。しばらくして瀬田が「まだ米店こめみせが残つてゐましたな」と云つた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
頭巾ずきんをかぶりこみ、いよいよ本物の物狂わしい気色けしきになって、この屋敷の裏門から、ふらふらと外へ出かけて行ってしまいました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
丁度土手伝いにダラ/\りに掛ると、雨はポツリ/\降って来て、少したつとハラ/\/\と烈しく降出しそうな気色けしきでございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
自分のためにあれほどの深傷ふかでを負わせられながら、しかも彼女自身何等なんらの償いを求めようとする気色けしきも無いような節子に対しては
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
風雲の急を知ったとみえて、残っていた三人の取り巻侍達も、口々に怒号しながら詰めよると、一斉に気色けしきばんで鯉口をくつろげました。
男たちはおのづからすさめられて、女のこぞりて金剛石ダイアモンド心牽こころひかさるる気色けしきなるを、あるひねたく、或は浅ましく、多少の興をさまさざるはあらざりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その間、襲撃者の方には動く気色けしきもなかった。ただ街路の先端に群がってる足音だけは聞こえていたが、進んできはしなかった。
沈々と更け行くてついた雪の街上を駈け抜ける人の跫音あしおと、金切り声で泣き叫ぶ声、戸外からは容易ならぬ気色けしきを伝えてくる。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
けたたましき跫音あしおとして鷲掴わしづかみに襟をつかむものあり。あなやと振返ればわが家の後見うしろみせる奈四郎といえる力たくましき叔父の、すさまじき気色けしきして
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(物思いに沈みて凝立すること暫くにして、忽然夢の覚めたるが如き気色けしきをなし、四辺あたりを見廻す。ようようにして我に返る。)
閑子は始めちょっと気色けしきばんで反対したが、しかし結局は承諾した。世間の縁談などというものがそんなものだという風に。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
基康 (気色けしきを損じる)この場合わしに対してあまり押しつけがましく出ることは、あなたがたの利益でないことはないか。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
圭子が気色けしきばんで言ふので、蓮見も、「ぢや、君の好いやうにするさ」と言つて口をつぐんだのだつたが、彼とても別に定見のありやうもなかつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
暫くなりと簾のなかへ入れていただけたら、只もうそれだけでよろしゅうございましたのに。若しこんな事で御気色けしき
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「誰も来やしないと言ったら、わたしの言うことを信じたらいいじゃないの」と彼女はやや気色けしきばんで言いました。
アパートの殺人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
老浮浪者の目にはちょっと狼狽ろうばい気色けしきが見えたが、すぐ平静な態度になって、二人の横をすり抜けて通ろうとした。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
抜きうちをわされたような咄嗟とっさおどろきであった。阿賀妻には茶飯事のこのことが安倍誠之助を気色けしきばましていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
今夜こそと思っていると、朝四つどき、黒船の甲板が急に気色けしきばみ、錨を巻く様子が見えたかと思うと、山のごとき七つの船体が江戸を指して走り始めた。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あの時手紙なんぞをお落しなさらなかったら、わたくしはきょうだってまだあなたに惚れているだろうと思うのです。(勝ち誇りたる気色けしきにて女を見る。)
最終の午後 (新字新仮名) / フェレンツ・モルナール(著)
てきのわたしにただ一人ひとりともをさせて、少しもうたが気色けしきせない。どこまでこころのひろい、りっぱな人だろう。」
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「たいそう気色けしきばんでおいでのようですけれど、なにか間違いでもございましたのですか」「心配するほどのことではない」隼人は汗を拭きながら答えた
薯粥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
青年はべつに気色けしきばむことはなかったが、機嫌のよい頬の色をしていた。そして彼は少しあらたまっていった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それが近づくのを待って、船頭が声をかけると、「人間の腕」という言葉に、ランチの人々は気色けしきばんで、船を近寄せ、ドカドカと伝馬船に乗移って来た。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
全体私は骨格からだは少し大きいが、本当は柔術も何も知らない、生れてから人をうったこともない男だけれども、その権幕はドウも撃ちそうなつかみ掛りそうな気色けしき
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
が、「一見して気象にれ込んだ、共に人生を語るに足ると信じたのだ、」と深く思込んだ気色けしきだった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
蔵人少将はどうすればよいかも自身でわからぬほど失恋の苦に悩んで、自殺もしかねまじい気色けしきに見えた。求婚者だった人の中では目標を二女に移すのもあった。
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それから先は、魔物が住んでいるという森の中へ、けわしい坂になっています。けれど王子はほの白い道を頼りに、恐れる気色けしきもなく、ずんずん進んで行きました。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
異物ことものは喰はで、仏の御撤下物おろしをのみ喰ふが、いと貴き事かな」と云ふ気色けしきを見て、「どか異物ことものべざらん、それが候はねばこそ取り申し侍れ」と云へば、菓物くだもの
濫僧考補遺 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
母は大へん機嫌きげんがよかったが、それでも浮かぬげな気色けしきはありありと見えた。私に腰を下ろさせ、休ませ、お茶をくれて、しばらく家を片づける事の話もしなかった。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
しかし、紅琴には、露ほども動揺した気色けしきがなく、じっと石壁に映る、入り日の反射をみつめていたが、やがてフローラを促して、岩城いわしろで、裏山に上って行った。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
竹助は心がうなる者ゆゑ用心にさしたる山刀をひつさげ、よらばきらんとがまへけるに、此ものはさる気色けしきもなく、竹助が石の上におきたる焼飯やきめしゆびさしくれよとふさまなり。
座興とするに俊雄も少々の応答うけこたえが出来夜深くならぬ間と心むずつけども同伴の男が容易に立つ気色けしきなければ大吉が三十年来これを商標とみがいたる額のびんのごとくひかるを
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
なお帰らねば廃嫡はいちゃくせんなど、種々の難題を持ち出せしかど、財産のために我が抱負ほうふ理想をぐべきにあらずとて、彼はうべな気色けしきだになければ、さしもの両親もあぐみ果てて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
よって、予はまず当人の様子をうかがうに、年齢いまだ長ぜざるにもかかわらず、他国人に対し少しも恐れはばかる気色けしき見えず、その状あたかも他人を軽視するがごとし。
「問わず語りに聞きましたところ……」鳰鳥は少しく気色けしきばんで、傷のお方に云うのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、役人どもは、すでに懸命の十手さばきにかたく口を結んで、こたえる気色けしきもいとまもない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
負けたためしは一度もない。古今東西天下無敵、ワッハッハ。すると家康が俄に気色けしきばみ、居ずまひを正して一膝のりだした。之は不思議、いさゝかお言葉が過ぎてござる。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「判決文です。」エルリングはこう云って、目を大きく睜って、落ち着いた気色けしきで己を見た。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
傲然ごうぜんとして鼻の先にあしらうごとき綱雄の仕打ちには、幾たびか心を傷つけられながらも、人慣れたる身はさりげなく打ち笑えど、綱雄はさらに取り合う気色けしきもなく、光代
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
すこし無躾ぶしつけなくらいにまじまじと風態ふうていを見すえるとその男はべつにたじろぐ気色けしきもなくよい月でござりますなとさわやかなこえで挨拶あいさつして、いや、御風流なことでござります
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
雨は降りはせん、いや、少し位降っても今日は是非取っとかにゃいかん、すぐ出てくれ、とせき立てたが、返事もせず、悠然と左手で長髯をしごき、立ち上る気色けしきもなかった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
親王はこれを聴いて烈火の如く怒り、剣のつかに手を掛けて驀然ばくぜん判事席に駆け寄り、あわや判事に打ちかからんず気色けしきに見えた。判事総長は泰然自若、皇太子に向って励声れいせい一番した。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
同国人に遺言に頼む気色けしきも無かつた。制規の時間を置いて翌てう暗い内に水葬に附した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
とは云うものの心持はいまだ事実でない。事実から出た心持で無ければウカとは信をき難い。依て今までのお勢の挙動そぶり憶出おもいいだして熟思審察して見るに、さらにそんな気色けしきは見えない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一 おのれいまだ一度ひとたびも小説家といふ看板かけた事はなけれど思へば二十年来くだらぬもの書きて売りしより、税務署にては文筆所得の税を取立て、毎年の弁疏べんそも遂に聴入るる気色けしきなし。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
大阪の福島に坊主行義の世帯して北に見渡す野山の気色けしきに自ら足れりとしける。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)