椽側えんがわ)” の例文
かえって口きゝ玉うにも物柔かく、御手水おちょうず温湯ぬるゆ椽側えんがわもって参り、楊枝ようじの房少しむしりて塩一小皿ひとこざらと共に塗盆ぬりぼんいだ僅計わずかばかりの事をさえ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ふすまをあけて、椽側えんがわへ出ると、向う二階の障子しょうじに身をたして、那美さんが立っている。あごえりのなかへうずめて、横顔だけしか見えぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その郵便局の下の方まで私共が来ますと、郵便局はなかなか立派な家で、その椽側えんがわに立って下を通る人を眺めて居るチベットの紳士が一人居たです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
大体朝鮮ではお寺でも民家でも宮殿でも、温突オンドル部屋以外の床や椽側えんがわの板の張り方は皆一様で構造的で非常に美しい。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
何として仕返しをしてやらう——雪子は針道具をそこへ置いたまゝ、青葉の映る椽側えんがわへ離れて行つて、そこの柱へもたれてまじ/\と弟を見詰めてゐてやつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
外の椽側えんがわに置いた手燭てしょくが暗い庭をななめに照らしているその木犀もくせいの樹のそば洗晒あらいざらしの浴衣ゆかたを着た一人の老婆が立っていたのだ、顔色は真蒼まっさおで頬はけ、眼は窪み
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
そして何度も蒼白い唾を椽側えんがわへ出て、地面の上に吐きつけた。そして執念深そうにかれはつぶやいた。
しゃりこうべ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
一時あるときなどは椽側えんがわに何だか解らぬが動物の足跡が付いているが、それなんぞしらべて丁度ちょうど障子の一小間ひとこまの間を出入ではいりするほどな動物だろうという事だけは推測出来たが、たれしも
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
拠無よんどころなく夕方から徒歩で大坂おおさかまで出掛でかける途中、西にしみやあまさきあいだで非常に草臥くたびれ、辻堂つじどう椽側えんがわに腰をかけて休息していると、脇の細道の方から戛々かつかつと音をさせて何か来る者がある
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
私の部屋へやへ茶や菓子を持つて來ても、大抵お時は椽側えんがわひざをついて、障子を細目に明けて、持つて來た物を部屋の中へ入れると、直ぐ御辞儀をして、逃げるやうに行つて了ふのです。
反古 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
皆座敷に立ったまま何か話している、私の家内のほかにそこの主人とそこの妻君さいくんの四人であった。部屋の左手は襖右手は障子だがあけはなしてあって椽側えんがわがあり、その外は暗い庭である。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
薄暗いから何となく物凄いのだ、そのそばの細い椽側えんがわを行くと、茶席になるのだが、その矢張やっぱり薄暗い椽側えんがわの横に、奇妙にも、仏壇が一つある、その左手のところは、南向みなみむきに庭を眺めて
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
「どうせ藤尾さんのようには参りません——あらそんな椽側えんがわへ煙草の灰を捨てるのは御廃およしなさいよ。——これをして上げるから」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もう二十年若くばただおけぬ品物めと腰は曲っても色に忍び足、そろ/\と伺いより椽側えんがわに片手つきてそっと横顔拝めば、おどろいたりお辰、花漬売に百倍の奇麗をなして
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
両親からの命令を聴いて、椽側えんがわひざまずいた直助は異様に笑つた。両親のうしろから見てゐたかの女は身のうちがふるへた。直助の心にも悪魔があるのか。今の眼の光りは只事ただごとではない。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ある晩私は背戸せどすえ風呂から上って、椽側えんがわを通って、わきの茶の間に居ると、台所を片着かたづけた女中が一寸ちょいとうちまでってくれと云って、挨拶をして出て行く、と入違いれちがいに家内は湯殿に行ったが
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中野君は富裕ふゆうな名門に生れて、暖かい家庭に育ったほか、浮世の雨風は、炬燵こたつへあたって、椽側えんがわ硝子戸越ガラスどごしながめたばかりである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、浅く日のしている高い椽側えんがわに身をもたせて話しているのはお浪で、此家ここはお浪のうちなのである。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
襖を閉め切ると、座敷を歩み過し椽側えんがわのところまで来て硝子障子ガラスしょうじを明け放した。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
恰度ちょうど私が湯殿から、椽側えんがわを通って茶の間へ入った頃で、足に草履ぞうりをはいていたから足音がしない、農夫ひゃくしょう婆さんだから力があるので、水の入っている手桶を、ざぶりとも言わせないで、そのままげて
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名刺こそ飛んだ厄運やくうんに際会したものだと思うもなく、主人はこの野郎と吾輩のえりがみをつかんでえいとばかりに椽側えんがわたたきつけた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのお弁当を二つも貰って食べ抹茶も一服よばれたのち、しばらくの休憩をとるため、座敷に張りめぐらした紅白だんだらの幔幕まんまくを向うへね潜って出る。そこは庭に沿った椽側えんがわであった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その翌日吾輩は例のごとく椽側えんがわに出て心持善く昼寝ひるねをしていたら、主人が例になく書斎から出て来て吾輩のうしろで何かしきりにやっている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
椽側えんがわを曲って母の影が障子しょうじのうちに消えたとき、小野さんは内玄関ないげんかんの方から、茶の間の横を通って、次の六畳を、廊下へ廻らず抜けて来る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しいて捨てれば畳建具ぐらいなものだと考えながら、雨戸だけをあけて、座敷の椽側えんがわへ腰をかけて庭をながめていた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
振袖姿ふりそですがたのすらりとした女が、音もせず、向う二階の椽側えんがわ寂然じゃくねんとして歩行あるいて行く。余は覚えず鉛筆を落して、鼻から吸いかけた息をぴたりと留めた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
椽側えんがわから拝見すると、向うは茂った森で、ここに往む先生は野中の一軒家に、無名の猫を友にして日月じつげつを送る江湖こうこ処士しょしであるかのごとき感がある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
多少苦々にがにがしい気色けしきに、煙管きせるでとんと膝頭ひざがしらたたいたおとっさんは、視線さえ椽側えんがわの方へ移した。最前植ええた仏見笑ぶっけんしょうあざやかくれないを春と夏のさかいに今ぞと誇っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
台所のわきにりっぱな生垣いけがきがあって、庭の方にはかえって仕切りもなんにもない。ただ大きなはぎが人の背より高く延びて、座敷の椽側えんがわを少し隠しているばかりである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道也先生は正面のとこの片隅に寄せてあった、洋灯ランプを取って、椽側えんがわへ出て、手ずから掃除そうじを始めた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
存じませんで済むかと箒を椽側えんがわほうり出したら、小使は恐る恐る箒を担いで帰って行った。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何遍でもやるさいいか。——ハイカラ野郎のペテン師の、イカサマ師の……」と云いかけていると、椽側えんがわをどたばた云わして、二人ばかり、よろよろしながらけ出して来た。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隣り座敷の小手こて竹刀しないは双方ともおとなしくなって、向うの椽側えんがわでは、六十余りのふとったじいさんが、丸いを柱にもたして、胡坐あぐらのまま、毛抜きであごひげを一本一本に抜いている。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あの声がほととぎすか」と羽団扇をててこれも椽側えんがわい出す。見上げる軒端のきばを斜めに黒い雨が顔にあたる。脚気を気にする男は、指を立ててひつじさるかたをさして「あちらだ」と云う。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうやって、煦々くくたる春日しゅんじつ背中せなかをあぶって、椽側えんがわに花の影と共に寝ころんでいるのが、天下の至楽しらくである。考えれば外道げどうちる。動くと危ない。出来るならば鼻から呼吸いきもしたくない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
六畳の座敷は南向みなみむきで、拭き込んだ椽側えんがわはじ神代杉じんだいすぎ手拭懸てぬぐいかけが置いてある。軒下のきしたから丸い手水桶ちょうずおけを鉄のくさりで釣るしたのは洒落しゃれているが、その下に一叢ひとむら木賊とくさをあしらった所が一段のおもむきを添える。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下女は障子をあけて、椽側えんがわ人指ひとさしゆびをりつけながら
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かさをとって下さい。わたしのへや椽側えんがわにある」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)