松明たいまつ)” の例文
宗厳は、心残りでならなかったが、家臣三名に松明たいまつを持たせて、ここから奈良まで二里足らずの道を、送って行くようにいいつけた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは累々るいるいたる人間の骸骨で、規則正しく順々に積み上げてあった。年を経て全く枯れたる骨は、松明たいまつの火に映じて白く光っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
須世理姫は広間へ帰つて来ると、壁に差した松明たいまつへ火をともした。火の光は赤々と、菅畳の上に寝ころんだ素戔嗚の姿を照らし出した。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こちら側の経蔵もやはり同じことであったのでございましょう、松明たいまつを振りかざした四五人の雑兵ぞうひょうが一散にせ寄って参りました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
あえぎ/\車のきわまで辿たどり着くと、雑色ぞうしき舎人とねりたちが手に/\かざす松明たいまつの火のゆらめく中で定国や菅根やその他の人々が力を添え
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その声をことごとく裏書きして、三ツ、四ツ、五ツ、六ツと、順序ただしく一列縦隊に、松明たいまつらしい火の光が、密林の闇にともされた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ちらちらちらちら雪の降る中へ、松明たいまつがぱっと燃えながら二本——誰も言うことでございますが、ほかにいたし方もありませんや。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お山をかける朝の出立は早い、大抵午前三時か三時半、遅くも四時には銘々が松明たいまつを持って出掛ける、昔の絵によく描いてある通りです。
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
大勢おおぜいの人が松明たいまつをふりかざし、かね太鼓たいこを打ち鳴らし、「おーい……おーい……」と呼びながら、川の土手どてから、こちらへやって来ます。
ひでり狐 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
門内には水を張った手桶ておけが、幾十となく並べてあり、また夜戦に備えるためだろう、ところどころに松明たいまつを組んで立ててあるのが見えた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこで二人は、わざと火縄をかくし、松明たいまつもつけず、闇にまぎれて、最初の怪しい音と明りの場所をめざして進んで行きました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「その松明たいまつを貸してくれ、ディック。」と彼は言い、それから、煙草に火を十分つけてしまうと、「ああ、それでいいよ。」と言い足した。
私がビックリして飛び起きながら窓を開くと、ドッと吹込む吹雪と共に、松明たいまつの光りが二つ三つチラチラと渦巻いて見えた。
眼を開く (新字新仮名) / 夢野久作(著)
星黒き夜、壁上へきじょうを歩む哨兵しょうへいすきを見て、のがれ出ずる囚人の、さかしまに落す松明たいまつの影より闇に消ゆるときも塔上の鐘を鳴らす。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つけた時代のことが書いてありますが、日本でも、松明たいまつ、結び灯台から燭台、行灯あんどん、ランプと変って行った形は面白いですね
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
七月の碑という高い記念碑がそびえているばかりです。頂上には自由の神様が引きちぎった鎖と松明たいまつを持って立っています。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
八時いつつすぎになって港の左側の堰堤の上に松明たいまつの火が燃えだした。其処には権兵衛が最初の祈願の時の武者姿で、祭壇を前にしてぬかずいていた。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
『今昔物語』に鹿の命に代わろうとしたひじりが、猟人かりうど松明たいまつの光で見合わせたという類の遭遇で、ほとんど凡人の発心ほっしんを催すような目であった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし、間もなく、渦巻く彼らの団塊は、細長く山の側面に川波のように流れていった。と行手の裾に、兵士たちの松明たいまつが点々と輝き出した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
一人さがし出したものには金三十両ずつやると触れ出したところ、港の漁夫らが集まって来て、松明たいまつをつけるやら、綱をおろすやらして探した。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
田圃向うの黒い村をあざやかにしきって、東の空は月の出の様に明るい。何千何万の電燈でんとう瓦斯がす松明たいまつが、彼夜の中の昼をして居るのであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
命をうけた播磨国の住人、福井ふくいしょう下司げし次郎大夫友方、楯を割るとこれに火をつけ松明たいまつとして付近の住家に火を放った。
「しかたないさ。炎は松明たいまつを燃やし去ってゆく。人は現在と過去とに共に存在することはできないからね、クリストフ。」
中山の国分寺こくぶじの三門に、松明たいまつの火影が乱れて、大勢の人がみ入って来る。先に立ったのは、白柄しらつか薙刀なぎなた手挾たはさんだ、山椒大夫の息子三郎である。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
竜灯りゅうとう拍子木ひょうしぎ松明たいまつ潮穴しおあな等、いずれもむかしは神力の霊妙作用によって起こりしように考えられたが、今日も同様の信仰を持っているものが多い。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
鉢巻をしめて頭上に松明たいまつをさしこみ、これに火をともして荒れ模様の夜の海を半刻はんときあまりも泳いできたのである。
わが血を追ふ人々 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
田の原の宿を出たのは朝の四時、強力ごうりきともして行く松明たいまつの火で、偃松はいまつの中を登って行く。霧が濛々もうもうとして襲って来る。風が出て来た、なかなかにはげしい。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
私達が上ってしまうと、勢子達は犬を連れ、各々銃を肩に、松明たいまつの用意をして、何処どこか林の奥に消えて了った。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ある記事には、闇黒あんこく松明たいまつの火を振り振り、導者らが、原始的な民謡を歌ひはじめることなどが書いてある。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
かがりき、松明たいまつを造り、「青砥藤綱あおとふじつな」ほどの騒ぎをするのを、平次はいい加減に眺めて、庵寺へ引返します。
一手は道筋の里々にて松明たいまつを出さしめ、後続する軍の便宜を与うべし、更に一手は長浜の町家に至り米一升、大豆一升宛を出さしめ、米はかゆに煮て兵糧となし
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
丘の起伏には炎々えんえんたる松明たいまつが空を焦がして、馬が、人が、小さく、列をなして影絵のように避難して行く。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
鵜匠の振立てる松明たいまつの火の粉が岸の柳に散りかかる、という意味らしく思われる。何となく爽な趣である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
おまえはたくさんの建てものに松明たいまつを投げこんでおいて、その建てものが燃えてしまった時に、その焼け跡に坐って、それがなくなったと言って歎いているわけだ。
そして其所そこ松明たいまつへ火をつけさせて、若者を励しながら、森の中へ入つて行きました。けれども森の中には、狸らしいものは愚か、鼠のぴきも見えませんでした。
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
一群ひとむれ剽盗おひはぎが馬車を取り巻いた。中にも大胆な奴等が馬の鼻の先で松明たいまつを振ると、外の奴等は拳銃の口を己達に向けた。己達の連れてゐた家隷けらいは皆逃げてしまつた。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
燈火ともしびは下等の蜜蝋みつろうで作られた一里一寸の松明たいまつの小さいのだからあたりどころか、燈火を中心として半径が二尺ほどへだたッたところには一切闇が行きわたッているが
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
わたしたちがはいると、城のなかは急にどよめきました。松明たいまつをかかげた家来どもが各方面から出て来まして、その松明の火はあちらこちらに高く低く揺れています。
前駆の者が馬上で掲げて行く松明たいまつの明りがほのかにしか光らないで源氏の車は行った。高窓はもう戸がおろしてあった。その隙間すきまからほたる以上にかすかなの光が見えた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
やがて集って来た人足どもに青砥は下知して、まず河原に火をかせ、それから人足ひとりひとりに松明たいまつを持たせ冷たい水にはいらせて銭十一文の捜査をはじめさせた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
日ごろ小胆なるコン吉は、一たまりもなく逆上して、一さい夢中に松明たいまつを振り上げ、こいつを物の化めがけて投げつけると、松明はちょうどその足もとまでころがってゆき
ラフカディオ・ハーンの義侠的ぎきょうてきペン、または『インド生活の組織(一)』の著者のそれが、われわれみずからの感情の松明たいまつをもって東洋のやみを明るくすることはまれである。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
すると不意に——岸の上に、ざわめきや、高笑いや、松明たいまつや、手太鼓てだいこがあらわれるの。……それは、バッカスの巫女みこれをなして、歌ったり叫んだりして走ってくるのよ。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
焚火に燃ゆる枯枝を松明たいまつと振り照らし、とある大木の下の草の上に天幕てんとを張り出したが、松明は雨で消える、鉄釘は草の中へ落ちて見えなくなる、その困却は一通りでなかったが
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
しからば松明たいまつはこゝにおかんとて、ともしたるまゝたなをつりとめてつなをくゝしたるのまたにさしはさみて、別の松明たいまつに火をうつして立かへりぬ。これぞ夫婦ふうふが一世のわかれなりける。
武田博士は、岩からとび下りて、松明たいまつをかざし、一同の先頭に立って、山を下った。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
「木曽義仲、あれが牛に松明たいまつつけて敵陣に放したでしょう。あの牛、特攻隊があれですね。それを思うと、私はほんとに特攻隊の若者が可哀そうですよ。何にも知らずに死んで行く——」
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
何ともうしても先生御存生中は、真先に松明たいまつを振りつつ御進みありて、御同様を警戒し指導し、少しく遠ざかりたる時は高所にありて差招きくれ候ことゆえ、自然に先生に依頼するの念のみ強く
師を失いたる吾々 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
関寺せきでら番内ばんない、坂本の小虎、音羽の石千代、膳所ぜぜ十六とおろく、鍵はずしの長丸、手ふいごのかぜ之助、穴掘の団八、繩辷なわすべりの猿松、窓くぐりのかる太夫、格子こぼち鉄伝てつでん、猫真似のやみ右衛門、穏松明たいまつの千吉
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そしてアラゴンの古き自由はこのときを最後として剥奪され、市民党の七十九人は生きながら市場で焼き殺された。この火刑は朝の八時に始まり、松明たいまつに照らされながら夜の九時まで続いた。