ことごと)” の例文
ましてその教義の中にあらわれる諸仏諸菩薩諸天の類は、人間の形態を仮りてこそ居れ、ことごとく或る抽象観念の具現に外ならなかった。
本邦肖像彫刻技法の推移 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
むしり破られることは言う迄もない。大抵の場合、衣類をことごとく毮り取られてついに立って歩けなくなった方が負と判定されるようである。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
学者である以上、その態度は誠に立派なもので、ことごとく書を信ぜば書無きにかずといった孟子の雄々おおしさを髣髴ほうふつさせるのであります。
新案探偵法 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
右のような例によって見ても、神仏の混淆していたものがことごとく区別され、神様は神様、仏様は仏様と筋を立て大変厳格になりました。
かように、契沖阿闍梨の研究によって、「いろは」は四十七文字がすべてことごとく違った音を代表していたということが解って来ました。
古代国語の音韻に就いて (新字新仮名) / 橋本進吉(著)
講談に於ける「怪談」の戦慄、人情本からあぢははれべき「」の肉感的衝動の如き、ことごとく此れを黙阿弥劇のうちに求むる事が出来る。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
こッてり塗り附けたお白粉の下に、「男」と云う秘密がことごとく隠されて、眼つきも口つきも女のように動き、女のように笑おうとする。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もっと交通が発達して全日本が新開的遊園地と化けてしまう日が来たら、神様も幽霊も昆虫も草木も、皆ことごとく昇天するかも知れない。
何故なにゆえとは知らず、ことごとく身はえて、手に持つ燭を取り落せるかと驚ろきて我に帰る。乙女はわが前に立てる人の心を読む由もあらず。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
又お前の信仰の虚偽をあばかれようとすると「主よ主よというものことごとく天国に入るにあらず、吾が天にまします神の旨にるもののみなり」
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一斉に絶えずかすかゆらいで、国が洪水に滅ぶる時、呼吸いきのあるはことごとく死して、かかる者のみただよう風情、ただソヨとの風もないのである。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『鶯邨画譜』の方に枝垂しだざくらの画があつてその木の枝をわずかに二、三本画いたばかりで枝全体にはことごとく小さな薄赤いつぼみが附いて居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
最も高価なる木乃伊の製法の如し。先ず左側の肋骨ろっこつの下を深く切断し、其傷口より内臓をことごとく引き出だし、ただ心臓と腎臓とを残す。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ここばかりでなく、恐らくは、やぐらの上でも、武者溜むしゃだまりでも、支塁のここかしこでも、一瞬ことごとく同じ思いにとらわれたのではなかろうか。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
◯英の天然詩人ウォルズオス、彼は少時より天然を熱愛せしといえども、しかもはじめより天然を以てことごとく足れりとした人ではなかった。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
それ以前はことごとく「職釣」で、漁夫が生活のために釣りに出るか、子供か川や海に近い人が、ちよつと真似する程度のものであつた。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
それは下着から上衣うわぎやネクタイに至るまで、ことごとくガラス繊維で織られたものであるが、かなり柔軟性があつて、着心地は悪くない。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
超えて三年、貞盛秀郷ひでさと等に討たれて、東国の乱ことごとく平らいだ……これは日本歴史に詳しく載って居ることで、今更申すまでもありません
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
人は分業的に協力して社会生活に寄与するものです。平塚さんのような註文が正当なら人はことごとく万能を完備しなければなりません。
平塚さんと私の論争 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
けれども人々の心配も何もあったものでなく、遂に天子様はもとより、大臣、公卿達も皆ことごとく新しい都である福原へ移転してしまった。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
三浦は随兵ことごとく討死し、只一人になって、山道に休んでいるところへ、二宮杢之介もくのすけ馳付けると、三浦偽って「味方で候ぞ」という。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かくては社会総体の人がことごとく破産するにも至る訳だから、依然として職業を大事にせねば成らぬとの警告の文書が沢山発せられた。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
やがて掘り取られる運命を持っているのかと思うと可哀想になって人には気の毒であるが、目に付いたものはことごとく解放してやった。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「貴殿ほどの人に伝えらるれば古中条流も本望でござる。道場へおいでなされい。土産代りに流儀の秘伝ことごとく御伝授つかまつろう、いざ」
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
玄機が李のしょうになって、いくばくもなく李と別れ、咸宜観に入って女道士になった顛末てんまつは、ことごとく李の口から温の耳に入っていたのである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
朝鮮人ことごとくが今までのような固陋ころうな思想からぬけ出て、東亜の新事態を確認し、そしてひとえに大和魂の洗礼を受けることなんだ。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
どんな悪霊でも、最後にはみな浄化し、美化し、善化する。従ってどんな悪霊でもことごとく神の子であり、神界の統治下にあるのである。
そして此処ここには、もちろんいかなる例外をも許容しない。いやしくも芸術品である以上には、ことごとく皆美の価値によって批判される。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しまはふだんから若旦那たちにはことごとく好感を寄せ、若旦那たちのすることすこと、みな彼女には魅力でないものはありませんでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かれ汝はその族のありのことごとて來て、この島より氣多けたさきまで、みなみ伏し度れ。ここに吾その上を蹈みて走りつつ讀み度らむ。
ことごとあばれ出して、雲を呼び雨を降らす——さればこそ竜神の社は、竜神村八所のしずめの神で、そこにこも修験者しゅげんじゃに人間以上の力があり
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ことごとくが名なき人々の作である。慾なきこの心が如何に器の美をきよめているであろう。ほとんど凡ての職工は学もなき人々であった。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
横浜の建物は最初の震動でほとんどことごとく倒壊した。同時に無数の火の手が上がった。だから大火になったのは東京よりも早かったらしい。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
帰陣の後楯無しを着給い、善射の家臣武藤五郎七郎、小山田十郎、三枝式部、三人をして射させたところ、その矢ことごとく刎ね返ったと云う。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もう一度彼女は捨吉の方を振返って見て、若かった日のことをことごとく葬ろうとするような最後の一べつを投げ与えたように思わせた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日本の者も同じく閉鎖花を生じその全株皆ことごとく閉鎖花の者が多く正花を開く者は割合にすくない。秋に種子から生じ春栄え夏は枯死に就く。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
……彼はかうして幼年時代の追想にふけりつづけた。しかもそれらはことごとく、今日まで殆んど跡方もなく忘却し尽して居たことばかりであつた。
民草のすべてが仏陀の教えにめざめ、国内ことごとく平穏に、云わばわが国そのものが浄土の荘厳を現出するよう御二方は祈念された。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ことごとく水田地帯で、陸羽国境の山巒さんらん地方から山襞やまひだ辿たどって流れ出して来た荒雄川が、南方の丘陵に沿うて耕地をうるおし去っている。
荒雄川のほとり (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
始めは只一つの店屋が二階を持つて居つただけであるが、其後段々殖えて来て、発行所の前に並んでゐる四五軒の店屋はことごとく二階を作つた。
発行所の庭木 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
十人の証人が居てことごとく子爵に不利益な証言をした所で事件は業務上過失致死罪の罰、即ち三年以下の禁錮又は千円以下の罰金ですむ筈です。
彼は誰を殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
そこには古い絵具のげかけた壁画があって、つるかめ雉子きじのようなものをいてあったがそれもことごとく一方の眼がつぶれていた。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
このとき、金博士は、ようやく卓上の料理をことごとく胃のに送り終った。博士は、ナップキンで、ねちゃねちゃする両手と口とをぬぐいながら
それにこちらの方は、その両側の横町や裏通りがことごとく、芸者家や待合の巣になっていることをも考慮に加えなければならない。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
二人はそこを出ると、これはと目ざす旅館をことごとく廻り歩いた。その日は朝から小雨が降っていたが、十時頃から本降りになった。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
十余年ぜんことごとく伐採したため禿げた大野おおのになってしまって、一夕立ゆうだちしても相当に渓川がいかるのでして、既に当寺の仏殿は最初の洪水の時
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その又種々雑多の因縁は必しも僕等自身さへことごとく意識するとは定まつてゐない。古人はとうにこの事実を Karma の一語に説明した。
行儀作法も知らず言葉遣いは下等人物同様で一挙一動がことごとく感情まかせという動物性の人間もすくなくない。実に野蛮界の有様ありさまを現出しているね。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
虎ヶ窟の壁に文字もんじの跡が有るというのは、すこぶる興味を惹く問題であった。一座ことごとく耳を傾けると、塚田巡査は首をひねりながら
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
拙者いまだ観音経は読み申さず候えども、法華経第二十五の巻普門品ふもんぼんと申す篇に、ことごとく観音力と申す事尊大に陳べてこれ有り候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)