“帶(たい)” の例文
新字:帯
賣(うり)に參らんと今(いま)質(しち)より受出して來たる衣服(いふく)并(ならび)に省愼(たしなみ)の大小を帶(たい)し立派なる出立(いでたち)に支度なして居たる處へ同じ長家に居る彼張子(かのはりこ)の釣鐘(つりがね)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
遠(とほ)くから南(みなみ)へ廻(まは)らうとして居(ゐ)る日(ひ)は思(おも)ひの外(ほか)に暖(あたゝ)かい光(ひかり)で一帶(たい)に霜(しも)を溶(と)かしたので、何處(どこ)でも水(みづ)を打(う)つたやうな濕(うるほ)ひを持(も)つて居(ゐ)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
今日(こんにち)、ひのき、すぎ等(など)の林(はやし)をこの帶(たい)の中(なか)に見(み)るのは、人(ひと)が移(うつ)し植(う)ゑたもので、もと/\ひのき、すぎ等(など)は温帶林(おんたいりん)に生育(せいいく)してゐたものです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
何(いづ)れの社界にも魔毒あり。流星怪しく西に飛ばぬ世の来らば、浅間の岳の火烟全く絶ゆる世ともならば、社界の魔毒全く其帶(たい)を絶つ事もあるべしや。
のツホウホー、人魂(ひとだま)が息吹(いぶき)をするとかいふ聲(こゑ)に、藍暗(らんあん)、紫色(ししよく)を帶(たい)して、のりすれ、のりほせのないのは木菟(みゝづく)で。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
甲板(かんぱん)へ出(で)て見(み)ると、弦月丸(げんげつまる)は昨夜(ゆふべ)の間(あひだ)にカプリ島(とう)の沖(おき)を※(す)ぎ、今(いま)はリコシアの岬(みさき)を斜(なゝめ)に見(み)て進航(しんかう)して居(を)る、季節(せつ)は五月(ぐわつ)の中旬(なかば)、暑(あつ)からず寒(さむ)からぬ時※(じこう)、加(くは)ふるに此邊(このへん)一帶(たい)の風光(ふうくわう)は宛然(えんぜん)たる畫中(ぐわちゆう)の景(けい)で
垂直的(すいちよくてき)の森林帶(しんりんたい)でいひますとこの帶(たい)の下部界(かぶかい)が、暖帶林(だんたいりん)の上部界(じようぶかい)にあたり、この帶(たい)の上部界(じようぶかい)は臺灣(たいわん)では中央(ちゆうおう)で一萬尺(いちまんじやく)の高山(こうざん)に達(たつ)してゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
凡(すべ)てから濕(しめ)つた布(ぬの)を火(ひ)に翳(かざ)したやうに凝(こ)つた水蒸氣(すゐじようき)が見渡(みわた)す限(かぎ)り白(しろ)くほか/\と立(た)ち騰(のぼ)つて低(ひく)く一帶(たい)に地(ち)を掩(おほ)ふことがあつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
母親お貞は斯(かく)と見るより夫(それ)切(きれ)よ夫(それ)押(おさへ)よと云(いふ)に太七は慄(ふる)へ居て役に立ざれば母親は衝(つ)と進みより通(とほ)り違(ちがひ)に太七が帶(たい)したる脇差を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
七八人(しちはちにん)群(むらがり)飮(の)むに、各(おの/\)妻(つま)を帶(たい)して並(なら)び坐(ざ)して睦(むつま)じきこと限(かぎり)なし。更(かう)闌(た)けて皆(みな)分(わか)れ散(ち)る時(とき)、令史(れいし)が妻(つま)も馬(うま)に乘(の)る。婢(こしもと)は又(また)其(その)甕(かめ)に乘(の)りけるが心着(こゝろづ)いて叫(さけ)んで曰(いは)く、甕(かめ)の中(なか)に人(ひと)あり。と。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
しかし九州(きゆうしゆう)にはこの帶(たい)にはひる土地(とち)がなく、四國(しこく)の六千五百尺(ろくせんごひやくしやく)以上(いじよう)の高山(こうざん)(石槌山(いしづちやま)、劍山(つるぎやま))に、僅(わづか)にこの帶(たい)の下部界(かぶかい)を見(み)ることが出來(でき)ます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
待(また)ず夫々(それ/″\)へ奉公すべし兩刀(りやうたう)を帶(たい)する者は皆々天子(てんし)の家來なるぞ必ず忠臣二君に仕へずとの言葉(ことば)を用ゆるな浪人(らうにん)を致して居て越前の行末(ゆくすゑ)かと後指(うしろゆび)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さういふ村落(むら)を包(つゝ)んで其處(そこ)にも雜木林(ざふきばやし)が一帶(たい)に赭(あか)くなつて居(ゐ)る。他(た)に先立(さきだ)つて際(きは)どく燃(も)えるやうになつた白膠木(ぬるで)の葉(は)が黒(くろ)い土(つち)と遠(とほ)く相(あひ)映(えい)じて居(ゐ)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)