宿とま)” の例文
ある時家族じゅうで北国のさびしい田舎いなかのほうに避暑に出かけた事があったが、ある晩がらんと客のいた大きな旅籠屋はたごや宿とまった時
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
他処へ往って宿とまるようなことがあると、私が怪我をしやしないか、不意に病気になりはしないかと思って、眠られなかったと云います。
薬指の曲り (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ポン引というのはお客を釣ることで、ポッと出の田舎の人を釣るのだが、七兵衛さんは、かどに立って夕方になると、宿とまり客をひくのだ。
私は木曾に一晩宿とまったとき、夜ふけて一度この鳥のこえを聴いたことがあるので、その時にはもう仏法僧鳥とめてしまっていた。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それが却っていけないのです。林さんは旅行に出掛けたと見せて、実はパーク旅館のその男の隣室に宿とまっていたのです。それで娘を
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「こんなに荒れると、本当に自動車はお危のうございますわ。一層こんな晩は、彼方あちらでお宿とまりになるとおよろしいのでございますが。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
またかや此頃このごろをりふしのお宿とまり、水曜會すゐようくわいのお人達ひとたちや、倶樂部ぐらぶのお仲間なかまにいたづらな御方おかたおほければれにかれておのづと身持みもちわるたま
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼はいつも子供の宿とまったときに限ってするように、また今日も五号の部屋の前をったり来たりし始めた。次には小さな声で歌を唄った。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
最初慶三はたとえ毎晩遊びに行っても決して家は明けないつもりで居たのであるが、その第一夜に彼は何のわけもなく宿とまり込んでしまった。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と申すのは、昨夜はこちらには宿とまりませんでしたし、それに今朝は私は、あの人が灌木の中を忍び歩いているのを見止めたのでございます。
「なにその蔦屋にね、欽吾さんと兄さんが宿とまってるんですって。だから、どんなとこかと思って、小野さんに伺って見たんです」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昨日に限つて、原町の家に宿とまらずにゐた自分が悔いられた。母にお金を貰つて、好い気になつて、呑気のんき放埒はうらつにすごした昨夜の自分が悔いられた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
日露戦争の際、私は東京日々とうきょうにちにち新聞社から通信員として戦地へ派遣された。三十七年の九月、遼陽りょうようより北一はん大紙房だいしぼうといふ村に宿とまつて、滞留約半月はんつき
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
一〇 この男ある奥山に入り、きのこを採るとて小屋を宿とまりてありしに、深夜に遠きところにてきゃーという女の叫び声聞え胸をとどろかしたることあり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さては何の怪むところ有らん。節は初夏のだ寒き、この寥々りようりようたる山中にきた宿とまれる客なれば、保養鬱散の為ならずして、湯治の目的なるを思ふべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それでとうとう一晩拘留こうりゅうさせられたのよ。痛快じゃないこと、ところが泣きっ面に蜂というのは爺さんが警察に宿とまっている晩に、無電小僧に入られたのよ。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「いずれにしても御苦労な話だが、御苦労ついでに、その拙者のお宿もとというやつをひとつ心配してくれないか、わしは今晩ドコへ行って宿とまったらいいか」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
五月朔日ごぐわつついたちことなり其夜そのよ飯坂いひざか宿とまる。温泉をんせんあればいり宿やどをかるに、土座どざむしろいて、あやしき貧家ひんかなり。ともしびもなければ、ゐろりの火影ほかげ寢所しんじよまうけて云々うん/\
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さう思つたら私、悲しくつて悲しくつて——。(間)そこへ四五日前から杉山が宿とまり込みでゆするのよ。あゝ言へば、かう言ふし、どんな事をしても出て行かないの。
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
○秋山に夜具を持たる家は此おきなの家とほかに一軒あるのみ。それもかのいらにておりたるにいらのくずを入れ、布子ぬのこのすこし大なるにて宿とまきやくのためにするのみ也とぞ。
ここにおいて将軍大いに憤慨し「こんな不親切極まる旅館へは宿とまらんでもよい。を見付けよう」
翌日は逢ってっていさめてどうしても京都にかえらせるようにすると言って、芳子はその恋人のもとうた。その男は停車場前のつるやという旅館はたごや宿とまっているのである。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
楊州でお目にかかった兵隊さん達はもうすっかりお友達になってしまい、その夜は楊州に宿とまって明朝蘇州にゆくのだというと、どうでも部隊にとまれとまれと熱心にすすめた。
中支遊記 (新字新仮名) / 上村松園(著)
宿とまりゐたまへし事もありしなれど、見るから怖らしさに、かくまで深切なる方様とは知らざりしをかりそめの、媒妁役といふのみに、我をかくまでいたはりたまふお志の嬉しさよ。
葛のうら葉 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
僕の宿とまっているのは芸者屋の隣りだとは通知してある上に、取り残して来た原稿料の一部を僕がたびたび取り寄せるので、何か無駄づかいをしていると感づいたらしい——もっとも
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
ようやく夕べ宿とまった坊様と知れてやや安堵すれば、僧また豕箱隠れの事由を語り、双方大笑いで機嫌は直れど損じた脚は愈えず。亭主気の毒さの余りかの僧を家に請じて鄭重にもてなす。
獅子溪 とけたと思われるです。その溪の間を三里ばかり進むとまたセンゲー・ルンという村に着いた。その村に宿とまらないでナクセーという村まで行って泊りましたがその日は十里以上歩いたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
仲間の家を宿とまり歩き自分の家へは帰ってござらぬ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は木曾きそに一晩宿とまつたとき、夜ふけて一度この鳥のこゑを聴いたことがあるので、その時にはもう仏法僧鳥とめてしまつてゐた。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼処に、林子爵が持つてゐた別荘を、此春譲つて貰つたのだが、此夏美奈子が避暑に行つただけで、わしはまだ二三度しか宿とまつてゐないのだ。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
そしてその晩は腹が痛んでどうしても東京に帰れないから、いやでも横浜に宿とまってくれといい出した。しかし古藤はがんとしてきかなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「そのような名前のお方はおられませんな。第一昨夜は新規のお客で、若い御婦人などはお宿とまりになりませんでしたよ。」
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
那処あすこに遠くほん小楊枝こようじほどの棒が見えませう、あれが旗なので、浅黄あさぎに赤い柳条しまの模様まで昭然はつきり見えて、さうして旗竿はたさをさきとび宿とまつてゐるが手に取るやう
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
女房や店の小僧どもの手前もあれば慶三は来る度々たんびもう今夜ぎり、明日からは決して宿とまらずに帰ろうと堅く心に誓いながら、宵に一杯やって二階の六畳にしけこむと
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
第一、多勢の客の出入に、茶の給仕さえ鞠子はあやしい、と早瀬は四辺あたりみまわしたが——後で知れた——留守中は、実家さとかかえ車夫が夜宿とまりに来て、昼はその女房が来ていたので。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山嵐は「おい君どこに宿とまってるか、山城屋か、うん、今に行って相談する」と云い残して白墨はくぼくを持って教場へ出て行った。主任の癖に向うから来て相談するなんて不見識な男だ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あたしたちが牢屋ろうやはらとよぶ、以前もとの伝馬町大牢のあった後の町から、夕方になると、蝙蝠こうもりにおくられて、日和下駄ひよりげたをならして弁当箱をさげて、宿とまり番に通って来てくれたのだった。
将軍と吾輩は駐在所へ行って、巡査に依頼してようやく、一井いちいという旅館へ宿とまることとなった。いかさま、おまわりさんでも頼まなければ、どの家でも泊めてくれなかったかも知れぬ。
時宜じぎによればすぐにも使者ししゃをやって、よく聞きただしてみてもいいから、今夜一ばんは不自由でもあろうが役場に宿とまってくれとのことであった。教員室には、教員が出たりはいったりしていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
蓋平がいへい宿とまった晩には細雨こさめが寂しく降っていた。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼処に、林子爵ししゃくが持っていた別荘を、此春譲って貰ったのだが、此夏美奈子みなこが避暑に行っただけで、わしはまだ二三度しか宿とまっていないのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
北の方に湖の尽きているその彼方かなたは瑞西の首都 Zürichチュリヒ であって、ゆうべまでそこの旅舎に宿とまっていたのであった。
リギ山上の一夜 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ギル探偵夫妻は珍らしい東洋の客を歓迎して、二日や三日なら遠慮なく宿とまるがいゝとしきりに勧めた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それがわからんと主張するならまず三日ばかり主人のうちへ宿とまりに来て見るがいい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丁度その月も晦日近く、慶三は増々ますますこの事のみに心を費しながら、夜も十時頃今夜は宿とまり込むつもりで妾宅の格子戸を明けようとすると、家の中で何やらしきりに高声に云いののしる男の声が聞える。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ここはいいわ。きょうはここで宿とまりましょう」
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「五月の十日に、東京を出て、もう一月ばかり、当もなく宿とまり歩いてゐるのですが、何処へ行つても落着かないのです。」
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
倔強くつきやうの若者が二人ばかり宿とまつてゐたが、恐れてしまつて何の役にも立たなかつた時の話である。伝右衛門は祖父の名で未だ存命中であつた。熊次郎は父の名である。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「そうだ。グヰンはこの土地で何事か大事な事をたくらんでいるに違いない。」と彼は思った。彼女は何処へゆくか知らぬが、服装みなりから考えても今夜はこの土地に宿とまる事は明かである。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
出て来ればきっと取引先へ宿とまって、用の済むまではいつまででもそこに滞在している。しかもその数は一人や二人ではない。したがって谷村君の奥座敷は一種の宿屋みたような組織にできている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)