“遼陽”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
りょうよう83.3%
れうやう11.1%
りようよう5.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
清三は新聞や雑誌で、得た知識で、第一軍第二軍が近いうちに連絡して遼陽(りょうよう)のクロパトキン将軍の本営に迫る話をして聞かした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その田は良平爺(りようへいじい)さんの小作田で、爺さんには良作といふ息子があつたのですが、「日露戦争」の遼陽(れうやう)の戦ひで死んでしまひ、今年は、よそには田植がすんだ今時分、まだ半分も残つてゐたのでした。
先生と生徒 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
また北(きた)の方(ほう)遼陽(りようよう)の北(きた)には石(いし)で大(おほ)きな室(しつ)をつくつた古墳(こふん)があつて、その石室(せきしつ)に繪(え)を描(か)いたのがありましたが、今(いま)は旅順(りよじゆん)の博物館(はくぶつかん)に持(も)つて來(き)てありますから、容易(ようい)に見(み)ることが出來(でき)ます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)