天鵝絨びろうど)” の例文
御存じの通り、よっかかりが高いのですから、その銀杏返いちょうがえしは、髪も低い……一寸ちょっと雛箱へ、空色天鵝絨びろうどの蓋をした形に、此方こっちから見えなくなる。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてその黒天鵝絨びろうどのマントを、パッと真紅な裏を見せながら脱ぎ捨てると、小屋の天井の両端から、一本ずつ垂らされた綱に、手をかけた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
広い肩、円いうなじ、丈夫な手、ふつくりして日に焼けた頬、天鵝絨びろうどのやうに柔い目、きつと結んだ、薄くない唇、それに背後うしろで六遍巻いてある、濃い、黒い髪。
暗碧なる夜は大地を覆ひ來たり、高低さまざまなる木は天鵝絨びろうどの如き色に見ゆ。一葉ごとに夜氣を吐けり。
若し大きい声をしたら、この天鵝絨びろうどのやうな青い夜の空の下で、石の如き沈黙を守つて、そつと傍観してゐる何物かの邪魔をすることにならうかと憚るのである。
センツアマニ (新字旧仮名) / マクシム・ゴーリキー(著)
外記は天鵝絨びろうどに緋縮緬のふちを付けた三つ蒲団の上に坐っていた。うしろにねのけられた緞子どんすよぎは同じく緋縮緬の裏を見せて、燃えるような真っ紅な口を大きくあいていた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
中にまじりたる少女おとめらが黒天鵝絨びろうど胸当ミイデル晴れがましゅう、小皿こざら伏せたるようなるふちせまきかさ艸花くさばなさしたるもおかしと、たずさえし目がねいそがわしくかなたこなたを見めぐらすほどに
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
俗な、見苦しい、古風な座敷で、椅子や長椅子には緋の天鵝絨びろうどが張ってある。その天鵝絨は物を中に詰めてふくらませてあって、その上には目を傷めるような強い色の糸で十文字が縫ってある。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
かのしき越歴機えれきの夢は天鵝絨びろうどくゆりにまじり
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
生きた天鵝絨びろうど
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
さまで重荷ではないそうで、唐草模様の天鵝絨びろうど革鞄かばんに信玄袋を引搦ひきからめて、こいつを片手。片手に蝙蝠傘こうもりがさきながら
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此澤はアルバノ山下に始まりて、北ヱルレトリより南テルラチナに至る。馬夫のしばし歩を留めし時、われは仰いで青空の漸く紅に染まりゆきて、山々の色の青天鵝絨びろうどの如くなるを視き。
式部官が突く金総きんぶさついたる杖、「パルケット」の板に触れてとうとうと鳴りひびけば、天鵝絨びろうどばりの扉一時に音もなくさとあきて、広間のまなかに一条ひとすじの道おのずから開け、こよい六百人と聞えし客
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
はやし立てられたジンタが済むと、旋風のような、観客の拍手に迎えられて、ぴったりと身についた桃色の肉襦袢を着、黒天鵝絨びろうどの飾りマントを羽織った黒吉と、同じ扮装こしらえの葉子とが、手を取りあって
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
天鵝絨びろうど深くひきかつぎ、今日けふも涙す。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
膝をいたので、乳母があわて確乎しっかりくと、すぐ天鵝絨びろうど括枕くくりまくら鳩尾みぞおちおさえて、その上へ胸を伏せたですよ。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われは樂を聽きて悶を遣らんがために往きぬ。聽衆は堂の内外に押し掛け居たり。前なる椅榻こしかけには貴婦人肩を連ねたり。色絹、天鵝絨びろうどもて飾れる觀棚さじきの彫欄の背後うしろには、外國の王者並び坐せり。
正面まともなる新橋しんばし天鵝絨びろうどそらの深みに
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
柔肌やわはだに食い入るばかり、金金具かなぐで留めた天鵝絨びろうど腕守うでまもり、内証で神月の頭字かしらじ一字、神というのが彫ってある。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天鵝絨びろうどあかきふくらみうちかつぎ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
天鵝絨びろうど括枕くくりまくらを横へ取って、足をのばしてすそにかさねた、黄縞きじまの郡内に、桃色の絹の肩当てした掻巻かいまきを引き寄せる、手がすべって、ひやりとかろくかかった裏の羽二重が燃ゆるよう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
絹帷きぬとばりあか天鵝絨びろうど
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
見れば島田まげの娘の、紫地の雨合羽あまがっぱに、黒天鵝絨びろうどの襟を深く、拝んで俯向うつむいたえりしろさ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
例の大船で一艘いっぱい積出す男は、火のない瀬戸の欠火鉢をわきに、こわれた脇息きょうそく天鵝絨びろうど引剥ひきはがしたような小机によっかかって、あの入船帳にひじをついて、それでも莞爾々々にこにこしている……
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……はだいきれと、よっかかりの天鵝絨びろうどで、長くは暑さにたまりますまい。やがて、魚を仰向けにしたような、ぶくりとした下腹の上で涼ませながら、汽車の動揺に調子を取って口笛です。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
掻巻はいつも神月と添寝した五所車ごしょぐるまを染めた長襦袢ながじゅばんったのに、紅絹もみの裏を附けて、藤色縮緬ちりめん裾廻すそまわし、綿も新しいのをふッかりと入れて、天鵝絨びろうどの襟を掛けて、黄八丈の蒲団ふとんを二枚。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
團右衞門方だんゑもんかた飼猫かひねこをすが一ぴき、これははじめからたのであるが、元二げんじ邸内ていない奉公ほうこうをしてから以來いらい何處どこからたか、むく/\とふとつた黒毛くろげつや天鵝絨びろうどのやうなめすひと
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
さきに——七里半りはんたうげさうとしてりた一見いつけん知己ちきた、椅子いすあひだむかうへへだてて、かれおなかは一隅ひとすみに、薄青うすあを天鵝絨びろうど凭掛よりかゝりまくらにして、隧道トンネル以前いぜんから、よるそこしづんだやうに
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
黒表紙にはあやがあって、つやがあって、真黒な胡蝶ちょうちょう天鵝絨びろうどの羽のように美しく……一枚開くと、きらきらと字が光って、細流せせらぎのように動いて、何がなしに、言いようのない強いかおりぷんとして
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二等と云う縹色はなだいろの濁った天鵝絨びろうど仕立、ずっと奥深い長い部屋で、何とやら陰気での、人も沢山たんとは見えませいで、この方、乗りましたみぎりには、早や新聞を顔に乗せて、長々と寝た人も見えました。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
掻巻がかかると、もすそが揺れた。お夏は柔かに曲げていた足を伸ばして、片手を白く、天鵝絨びろうどの襟を引き寄せて、かろく寝返りざまに、やや仰向あおむけになったが——目が覚めてそうしたものではなかった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
指でこしらえたような、小さな玩弄おもちゃの緑の天鵝絨びろうど蟇口がまぐちを引出して、パチンとあけて、幼児おさなごが袂の中をのぞくように、あどけなく、嬉しそうに、ぱっちりした目を細めて見ながら、一片ひとひらの、銀の小粒を
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浅黄の天鵝絨びろうどに似た西洋花の大輪おおりんがあったが、それではなしに——筋一ツ、元来の薬ぎらいが、快いにつけて飲忘れた、一度ぶり残った呑かけの——水薬すいやくの瓶に、ばさばさと当るのを、じっみつめて立つと
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)