土堤どて)” の例文
又四郎は振返って土堤どてのほうを見た。それから立っていることにやや疲れ、河原の乾いているところを捜して、そこへ腰をおろした。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三人は勇気を出して裸になりました。そして土堤どての下のよしの中へ、おそるおそる盥をおろしてやりました。盥がばちやんといひました。
(新字旧仮名) / 新美南吉(著)
一六三八年アムステルダム板リンショテンの『航海記』一一二頁に、ゴア市の郊外マテヴァクワスなる土堤どてへ羊や牛の角を多く棄つる。
もつともと一面いちめん竹藪たけやぶだつたとかで、それをひらとき根丈ねだけかへさずに土堤どてなかうめいたから、存外ぞんぐわいしまつてゐますからねと
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
大船おおふな近くの土堤どての桜はもうすっかり青葉になっており、将来の日本ハリウード映画都市も今ではまだ野良犬の遊び場所のように見受けられた。
箱根熱海バス紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
野外で、また山面で、また墓場で、また土堤どてなどで、花が一時に咲きそろい、たくさんに群集して咲いている場合はまるで火事場のようである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
鷲尾もマントをひっかけると、裏口から田圃へ出ていって、人目の少ない土堤どてで一緒になりながら、それから麓道ふもとみちを龍田山の方へあるき出した。——
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
相手の一人がそう言って土堤どてを上った。もう一人は默ってそのあとにいた。次郎は二人を見送ったあとで、裸になって一人で着物をしぼりはじめた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ところが君、土堤どてが長いこと、長いこと! そして、珍らしいことには、馬鹿にいろんな人達に出遇ふといふんだ。
黄昏の堤 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
三人は橋のたもとから狭い土堤どて下の道を小走りに歩いていた。女は土地の料理店『柳亭やなぎてい』の女将おかみたまで、一緒についてきたのは料理番の佐吉爺さきちじいさんである。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
ほか家鴨達あひるたちは、こんな、あしすべりそうな土堤どてのぼって、牛蒡ごぼうしたすわって、この親家鴨おやあひるとおしゃべりするより、かわおよまわほうがよっぽど面白おもしろいのです。
別に疑ふ心持もなく、向島へ行くと、丁度花は眞つ盛り、晝前だといふのに、土堤どては、こぼれさうな人出です。
崖のうえの垣根から、書生や女たちの、不思議そうにのぞいている顔が見えたりした。土堤どて小径こみちから、子供たちの投げる小石が、草のなかに落ちたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
汽車のやうな郊外電車が、勢ひよくゴッゴッゴッゴッと走つて来て、すぐそばの土堤どての上を通るごとに、子供たちは躍り上つて、思はずくさむらから手を挙げました。
原つぱの子供会 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
プランスノアの道の曲がり角になってる土堤どての上で、彼は泥の中に馬からおり立って、料理場のテーブルと百姓の椅子いすとをロッソンムの農家から持ってこさせ
私は昨日土堤どての土に寢轉びながら何時間も空を見てゐた。日に照らされた雜木山の上には動かない巨きな雲があつた。それは底の方に藤紫色の陰翳いんえいを持つてゐた。
闇への書 (旧字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
私は、家の方角とは反対の、玉川上水の土堤どてのほうへ歩いていった。四月なかば、ひるごろの事である。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
克明に前進を続ける気力もせて、その土堤どてのそばへ車を停め、言葉もなく枯草の上に足を投げ出した。
そして底のへり小孔こあながあって、それに細い組紐くみひもを通してある白い小玉盃しょうぎょくはいを取出して自ら楽しげに一盃いっぱいあおいだ。そこは江戸川の西の土堤どてあがばなのところであった。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
同じ青と白とのしまの着物を着て、同じ仮面をつけた六、七十人の職工たちは、ただ一人背広を着ている工場主を取り巻くようにして長い土堤どての上を雪崩なだれていった。
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「なに、心配することはない。十月一日の暴風雨の時だつて、土堤どてが少しばかり、崩されただけなのだ。あんな大暴風雨が、二度も三度も続けて吹くものぢやない。」
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
空濠からぼりふではない、が、天守てんしゆむかつた大手おほてあとの、左右さいうつらなる石垣いしがきこそまだたかいが、きしあさく、段々だん/\うもれて、土堤どてけてみちつゝむまであしもりをなして生茂おひしげる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
両岸の人々は、土堤どての左右へ、我勝ちに走って、川面を、川岸を、注意していた。二町も、三町も、川の上、川の下へ、人々は、槍をもち、袴を押えて、走っていた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
その馬道は羊齒しだ土堤どての間を通り、ヒースの茂りを縁取ふちどつてゐる荒れ果てた幾つかの小さな牧場
土堤どての下草が繁っている。しめっぽい小雨の中へ、二三人男がとび下りて行って小便をした。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
空は水平線の上に、幾筋かの土堤どてのような雲を並べ、そのあたりに、色が戯れるかのごとく変化していった。彼女はしばらく黙祷をらしていたが、やがて、波間に沈んだ声を投げた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
土堤どての下の方で水の抜けるはげしい音が聞え、眼に見えて水面が下りはじめた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
一条の小川が品川堀の下を横にくぐって、彼の家の下の谷を其南側に添うて東へ大田圃の方へと流れて居る。最初は女竹めだけの藪の中を流れ、それから稀によしを交えたかやの茂る土堤どての中を流れる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
川がありまして、土堤どてが二三ヶ所、処々ところどころ崩れているんだそうで御座ございます。
夜釣の怪 (新字新仮名) / 池田輝方(著)
水面に絶壁から這いさがる藤蔓が垂れて流水はそこに渦を巻いていた。枯草の生い茂った河原洲、土堤どての彼方に国境の遠山が水晶のように光って見える。平一郎は河原の草の中に寝転がった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
土堤どての枯草、こごりつき白くきびしく、両側もろがは立枯並木たちがれなみき、いよいよに白くさびしく、雪空の薄墨色にこまごまと梢明こずゑあかり、下空したぞら小枝さえのほそ枝立ちつづき、見れども飽かず、入り交り網目して透く。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
もうこう差し迫っては泣いてもえても追いつかない。そこで正々堂々と衆目環視の中に競漕水路を漕ぐのである。土堤どての上では野次が寄ってたかった。敵味方の漕力を測ったり比較したりする。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
槙の木のうしろから熊笹の土堤どてにある犬の路をぽかりと北へぬけるとそこはいちめん栗の木のはえた墓地で、栗の花に、葉に、いがに埋まり、渋に染まつた石塔のうへにはよく笄蛭かうがいびるがはつてゐた。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
土堤どての遠くから律儀な若者の歩みを運ばせて来る足音。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
土堤どてのくび根までだぶりだぶりと浸して流れる大河
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
土堤どてへ登ると、向うはいちめんの刈田で、ところどころに松林や、森があり、おみやがそれを指さしながら、「あれが三囲稲荷みめぐりいなり」だとか
この日彼らは両国から汽車に乗ってこうだいの下まで行って降りた。それから美くしい広い河に沿って土堤どての上をのそのそ歩いた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少年 あの子といつしよに、凧をあげたり、土堤どてのつくしをとつたりしようと思つて来たんだけどつまんないなあ。
三吉は橋のたもとまでいって、すぐあと戻りした。流れのはやさと一緒になって坂をのぼり、熊本城の石垣をめぐって、田甫たんぼに沿うた土堤どてうえの道路にでる。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
宿の裏門を出て土堤どてへ上り、右に折れると松原のはずれに一際ひときわ大きい黒松が、潮風に吹き曲げられた梢を垂れて、土堤下の藁屋根に幾歳の落葉を積んでいる。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
右と同じ日の午後四時ごろ、ジャン・ヴァルジャンは練兵場の最も寂しい土堤どての陰に一人ですわっていた。
道が人気の絶えた薄暗い木立際こだちぎわへ入ったり、線路ぞいの高い土堤どての上へ出たりした。底にはレールがきらきらと光って、虫が芝生に途断とぎれ途断れに啼立なきたっていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「なに、心配することはない。十月一日の暴風雨あらしの時だって、土堤どてが少しばかり、崩されただけなのだ。あんな大暴風雨が、二度も三度も続けて吹くものじゃない。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
山、池、野原、川岸、土堤どて、寺、宮の境内、産地々々の幻をこの一室にめて物凄ものすごくも感じらるる。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土堤どての草むらが窓さきにふれかゝるほどはびこつてゐる奥の北向きの部屋に籠つたり、丘の下に借りてある舟大工の離れへ行つたりして何かこつこつと飽かずに営んでゐた。
鶴がゐた家 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
祇園橋を渡って、磯浜の方へ——右手は低い土堤どてであった。その土堤続きの柵の中に、大砲と、弾薬とがあった。高木と、和田とは、その土堤に沿うて、歩いていた。和田が
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
そして土堤どてれ伏しました。けれど大将の吉はまだ一人線路に残つてゐました。
文化村を襲つた子ども (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
道ばたのあの土堤どてや松はもうない。つまり、あったとさえ想像出来ぬように無いのです。ですから私はやっぱり市内に家をさがしましょう。十二月中旬に。ああ私には〔約十五字抹消〕
「さア、そいつを持つて柳原の土堤どてまで來い。地獄の旅へ、何處が先に踏出すか」
私は、やはり以前の、井の頭公園の玉川上水の土堤どての上に寝そべっていたのである。見ると、少年佐伯は、大学の制服、制帽で、ぴかぴか光る靴をはき、ちゃんと私の枕元に立っている。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)