厨子ずし)” の例文
正面には一種の大きい厨子ずしのようなものが取り付けられて、その下には白く黄いろい石のようなものが五つ六つ積みかさねてあった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
元は岡野今の風月ふうげつの前のところへ来ると、古道具屋の夜店が並んでいます。ひょいと見ると、小さな厨子ずし這入はいっている不動様が出ている。
まず厨子ずしの本尊仏をかつぎだし、燭台経机きょうづくえの類をはじめ、唐織からおりとばり螺鈿らでんの卓、えいの香炉、経櫃きょうびつなど、ゆか一所ひととこに運び集める。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その室内に神棚があって、その棚の上に厨子ずしがあり、その中に五十銭銀貨大の霊鏡をかけ、その前に相馬焼の湯飲みと真鍮しんちゅう製の灯明台がある。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
別にじいしいがみ厨子ずし甕)と呼ぶ骨壺こつつぼを作る。これには無釉のもの釉掛くすりがけしたもの両方ある。多く線彫せんぼりや彫刻を施し、形の堂々たるものである。
現在の日本民窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
軸の前の小机には、お燈明とうみょうやら蝋燭ろうそく台やら、お花立やらお供物もりものの具や、日朝上人にっちょうさまのお厨子ずしやら、種々さまざまな仏器が飾ってある。
老僧はしずかに厨子ずしとびらをひらいた。立ちあらわれた救世観音は、くすんだ黄金色の肉体をもった神々こうごうしい野人であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そのじめじめした暗さの中に何かお寺の内陣に似た奥深さがあり、厨子ずしに入れられた古い仏像の円光のようにくすんだ底光りを放つものがある。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
明智のうしろに、仏像などをおさめる厨子ずしの形をした、黒ぬりの大きな戸棚のようなものが、おいてありました。
青銅の魔人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
葬儀が営まれ行く間に久し振りに眺めた本尊の厨子ずし脇段わきだんに幾つか並べられている実家の代々の位牌いはいいて
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その祭壇の神々こうごうしさ! 遥かの奥の厨子ずしの内には十字架に掛かった基督キリストの像と嬰児おさなごを抱いたマリアの像がゆる香煙けむりまといながら幻影まぼろしのように立っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一切のからが今はかなぐり捨てられた。護摩ごまの儀式も廃されて、白膠木ぬるでの皮の燃える香気もしない。本殿の奥の厨子ずしの中に長いこと光った大日如来だいにちにょらいの仏像もない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
翌日になって、農夫がこのことをきき、もしやと思って厨子ずしの戸を開けて見ると、果して地蔵様が盃をかぶって、足は泥だらけになって立っておられたといいます。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たけは四寸二分で目方も余程あるから、慾の深い奴はつぶしにしても余程のねうちだから盗むかも知れない、厨子ずしごと貸すにより胴巻どうまきに入れて置くか、身体に脊負せおうておきな
すこし広き所に入りてみれば壁おちかかり障子はやぶれ畳はきれ雨もるばかりなれども、机に千文ちふみ八百やおふみうづたかくのせて人丸ひとまろ御像みぞうなどもあやしき厨子ずしに入りてあり
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
奥の方に祭壇があって、金銀の厨子ずしの中に、猫の像が金目銀目を光らしており、いろんな不思議な器物が並んでいました。そしてその前に、病人らしい男が寝ていました。
金の目銀の目 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
(知花区長も尚泰しょうたい侯が薨御になった時、この不思議な厨子ずしを見られたとのことであります)。
ユタの歴史的研究 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
国宝の玉蟲の厨子ずしの画に、修業者が修道しゅうどうのために、進んで自分の肉身を餓虎がこに捧げんとする様が画いてあるが、母性愛というものは、子の幸福のために肉身を捧げることを
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
薄暗く飾り付けられたる金箔きんぱく厚き厨子ずしがあって、その厨子の中にはいつでも真鍮しんちゅうの灯明皿がぶら下って、その灯明皿には昼でもぼんやりしたがついていた事を記憶している。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして正面の鉄扉が弾かれたようにパッと開くと、まるで開帳された厨子ずしの中の仏さまのように、覆面の首領が突っ立っていた。その手にはコルトらしいピストルを握って……。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なれども思い切って御本尊様を厨子ずしの中から抱え卸して、この方丈に持って参りまして、眼鏡をかけてよくよくあらためて見ますと、一面の塵埃ちりほこりでチョット解りにくうは御座いますが
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それからカルカッタの在留日本人からして銀の仏を調ととのえてくれろといって百ルピー寄附してくれたから、私は百十五ルピーけて銀の仏像三台と其仏それを蔵める厨子ずし一個をこしらえた。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それはこの下界における仏たちの所業をえがいたものでした。一つ一つの厨子ずしの中には仏像が立っていましたが、色どりゆたかな幕や垂れ下がった旗のためにほとんどかくれていました。
彼女は香をあげて坐り、合掌しながら厨子ずしの中の仏像を見あげた。それは天平時代の作だといわれる五寸あまりの金銅の釈迦像しゃかぞうで、この家にふるくから伝わり代だい主婦の持仏になっている。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それはいたって小さな部屋で、聖像を安置した大きな厨子ずしがあり、反対の壁ぎわには、絹の小ぎれをはぎ合わせて作った綿入れ蒲団ふとんのかかっている、大形なさっぱりした寝台が据えてある。
支那シナのものでも、例えば厨子ずしの扉へあるいは飾箱のふた嵌込はめこまれたりあるいは鏡の裏へあるいは胸飾りとして、あるいは各種の器具へ嵌込まれたものが多いのであります、その絵としての価値も
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「板橋の東景庵とうけいあんの薬師如来像が盗まれた。これは運慶作の御丈おんたけ四尺五寸という大した仏像だ。厨子ずしは金銀をちりばめ、仏体には、ぎょくがはめ込んである。十一年前の春盗まれて、未だに行方が知れない」
兄が東京勤めになって、家族が一緒に住み始めた頃、母は、「いろいろ見せて戴いたよ」といわれました。床の間には定紋のぬいのある袋に入れた琴や、金砂子きんすなご蒔絵まきえ厨子ずしなども置いてありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
僕の神聖な厨子ずしの中には
本尊仏を秘めた厨子ずしの扉のようにまぶたをふかくふさいでいるのである。大きな息をついて、やがてその瞼をくわっと開けると
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
従来の型の如く観音は置き物にするように製作こしらえましたが、厨子ずしなどは六角形塗り箔で、六方へ瓔珞ようらくを下げて、押し出しはなかなか立派であった。
ところがそういう私にとって、念持仏厨子ずしの右側に立つ天平の聖観音像が、何となく親しみふかくみえてきたのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
土焼どやきかまど七厘しちりん炮烙ほうろく、または厨子ずしなどにもしっかりした形のものを作ります。仙台の人たちはこの窯の雑器をもっと重く見るべきでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
これは観世音のお厨子ずしでござります。図書どのは唯今のお文を、此のお厨子に添えて肌身につけておられました。以来私は、及ばずながら図書殿の志を
下の伯母さんに三円お金のかりがございまして、そのお金の抵当かたに、身に取りまして大事な観音様をお厨子ずしぐるみに取られ、母は眼病でございまして、其の観音様を信じ
部屋の中は皎々こうこうと輝いた。今まで見えなかった様々の物が——壁画や聖像やがん厨子ずしが、松明の光で見渡された。それはいずれも言うもはばかり多い怪しき物のみであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それをかたに伊賀屋から幾らか借り出そうとして、仏事の晩にそれを厨子ずしに納めて持ち込んだのですが、ほかに大勢の人がいたので云い出すおりがなくって一旦は帰ったのです。
半七捕物帳:25 狐と僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
板宮いたみやかまたは厨子ずしのような物でもいい、とにかく御同殿の物のない一座ぎりのところで、本殿の後ろの社外に空地あきちもあろうから、そんな玉垣たまがきの内にでも安置してもらいたい。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その塔の正面の中央に厨子ずし形のような物を拵えて、その厨子ずし形の中へ今の
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
几帳、棚、厨子ずしなど程よく配置されてある中で式部は机に向って書きものをしている。老侍女は縁で髪をきかけている。隣の庵室には上手を向いて老いさらばった老僧が眼をつむって端座している。
或る秋の紫式部 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「本堂の奥のお厨子ずしの中から三寸二分の黄金仏、大日如来」
その紙には一脚の厨子ずしの絵が、極彩色ごくさいしきで描いてあった。
落葉の隣り (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
仰ぐと、この藪寺やぶでらのいぶせき厨子ずしに昼の燈明が白々ゆらいで見える。そして壇の正面に右大臣織田信長の俗名をしるした紙位牌いはいが置かれてあった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
他の県には全く見当りませんが、日本一の立派な屋根で、建物にどんなに重みや力を与えているでしょう。またこの石で厨子ずしだとか像だとかを刻みます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
厨子ずしは、木瓜ぼけ厨子、正念しょうねん厨子、丸厨子(これは聖天様を入れる)、角厨子、春日かすが厨子、鳳輦ほうれん形、宮殿くうでん形等。
粗末な板張りの座敷ではあるけれども、枕上まくらがみのところに仮りのとこが設けてあって、八幡大菩薩はちまんだいぼさつじくかゝっている。床脇とこわきに据えた持佛じぶつ厨子ずしには不動明王が安置してある。
本尊の秘仏を厨子ずしに納めて、何人にも直接に拝むことを許さない例は幾らもある。おまえ方のうちに浅草観世音の御本体を見た者があるか、それでも諸人は渇仰かつごう参拝するではないか。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのアラ神を囲んでいる厨子ずしが、宝石や貴金属や彫刻によって——アラビア風の彫刻によって——精巧に作られちりばめられてあり、厨子の前方燈明のに——その燈明の皿も脚も
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と云いながら手探てさぐりにて取出したのは黒塗くろぬりの小さい厨子ずしで、お虎の前へ置き。
本殿の奥の厨子ずしの中には、大日如来だいにちにょらいの仏像でも安置してあると見えて、参籠者はかわるがわる行ってその前にひざまずいたり、珠数をつまぐる音をさせたりした。御簾みすのかげでは心経しんぎょうも読まれた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)