せん)” の例文
せんの時だつてさうだつたものね。しかし私達にして見りや、こんな時に稼いどかなけりや、冥利が悪いと言ふもんだよ。それで——。
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
澤は、自分と同じような恵まれない境遇にる養子に対して、素直な同情はせんから持っていたが、恋らしい心持は最近までなかった。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
せんよりも、もっと立派なプリンセスになるのよ。十五万倍も立派になるのよ。——明日のおひるから、私セエラさんに会いに行くのよ。
内々清心庵あまでらにいらっしゃることを突留めて、知ったものがあって、せんにもう旦那様に申しあげて、あら立ててはお家の瑕瑾かきんというので
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お君、お前はよっぽど流しに縁があるんだ。新内と縁が切れたら今度は太棹ふとざおときたぜ。しかし心配するな。そのうちせんの師匠に泣きを
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこは危険きけんな場所とは思われなかった。それにせんからわたしは、この中がいったいどんな様子になっているのだろうと思っていた。
「構やしないわ。すぐにおかしな関係があるように取るのが、あの人のいつもの癖なんだから。せんにも同じようなことがあったのよ。」
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
みね「云ったっていゝよ、四間間口の表店を張っている荒物屋の旦那だから、妾狂いが当前だなんぞと云って、せんのことを忘れたかい」
するとちょうど満五年半ばかり御同棲なすった訳ですね。せんの奥様がチブスでお亡くなりになったのは、大正八年の四月だったはずですから
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「まあお前はなぜそんな遠慮深くしているの、せんにはまるで兄弟のようにしていたじゃないか。やっぱり昔のように迅ちゃんとお言いよ」
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
まだ一緒にいる時分よくせんのうち、お前が前の亭主と別れて帰った時の話しをして、四年前一緒になる時にも仲に立った人間が
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
が、その一面においては、どういうものか、せんを越されたというような気もした。自分ではまだ遁亡とんぼうしようとも何とも思っていなかった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
せんを越されました上に泣かないので一向入りもなく連中這う/\の体で戻って参り、石を此処へ引っぽかした儘姿をかくしてしまいました。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もっとも、せんはこの男じゃなくて、別なのだったよ。僕はその男と話していたんだ。あれはどなたでしたかね、あなたの前にみえたのは?
せんには女の御児さんばかりでしたが、今度は又、男の御児さんばかし……でも、叔母さんはこんなにお出来なさるからう御座んすわ」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御承知の通り一ヶ月ほど前にせんの住所から二三町離れたばかりの今の家へ移つたのだが、高遠な冥想に全霊を傾けてゐるから気がつかない。
西東 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「将棋は、せんを争ふものである」と云ふことを悟つて上手じやうずになつた人がゐるが、先手先手と指すことは常に大切なことである。
将棋 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「むむ、鋳掛屋の一件か。おれもその話は聞いたが、なんと云っても伊豆屋の縄張り内だから、せんを越されるのは当りめえだ」
半七捕物帳:45 三つの声 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
犬の寝場所は、もとのところは、家でもたちつまっておいたてられたと見えて、せんとはちがった場末ばすえの、きたない空地あきちにうつっていました。
やどなし犬 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
爪のあかほどせんを制せられても、取り返しをつけようと意思を働かせない人は、教育の力ではひるがえす事の出来ぬ宿命論者である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「有ていにいったら、みんな首だ。だからせんを越して、夜明け次第に、まずこの地方の役署へ訴えを出しておく。よろしいか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せんの旦那様が亡くなった時、支配人の孫六さんが潮来いたこからお呼寄せになって、御親類方にもちゃんと御挨拶をして家督に直りました。ヘエ」
わずか六錢に掛合かけあひ此の拔掛は企てしなり昨日きのふ碓氷の働きと云ひ今ま此の素早さに三人の旅通せんを取られて後生畏るべしと舌を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
或はまた堅気かたぎの娘さんなのか、井関さんのせんだっての口振りでは、まさか芸妓げいしゃなどではありますまいが、何しろ、全く見当がつかないのです。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
権中納言などの独身時代にその話を持ち出せばよかったなどと思うのです。太政大臣にせんを越されてうらやましく思われます
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
「あまり働きものでもないらしいよ母ちゃん、昨日だって、一昨日おとといだって、せんだって、いつでもぶらぶら遊んでいるのを私見て知ってるわよ」
せん向島に来て居た女中で房州のものを呼ぶ。種々期待して居たのに一向話してくれない。利口な、ぬけめのない女らしい。
主人は以前の婢僕ひぼくめ、婢僕はせんの旦那を慕う。ただに主僕の間のみならず、後妻をめとりて先妻を想うの例もあり。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「どうしてお前えは、せんのストライキの時によ、それだけの意地を出さなかったんだい。裏切××者になってまで×をつなぎたかあねえんだとな」
今度こそ (新字新仮名) / 片岡鉄兵(著)
せんのお母さんが生きておいでなさる時分には、わたしはこれほど馬鹿ではなかったのでございます、わたしもこれほど馬鹿ではなかったし、それに
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「お蔭さんで、わてもこれで幾らか助かつた。」とお信さんがまたにつこりして、「せんから乳が張つて往生してたんや。これお見やす、こんなや。」
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
お登和さんはモー君の家の人になった気でせんの人の荷物が出てしまったら直ぐに自分が掃除に行きますといっている。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そしたらね、よし子さんが、帯留おびどめね、せんから言ってたでしょう、あれを買いに行くから付き合ってれって言うの。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
冬至とうじといふと俄商人にはかあきうどがぞく/\と出來できるのでいそいで一ぺんあるかないと、その俄商人にはかあきうどせんされてしまふのでおしなはどうしても凝然ぢつとしてはられなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「なんで、せんだってぼくあそぼうといってんだときにこなかったのだい。きみぼく家来けらいになるといったんだろう。」
雪の国と太郎 (新字新仮名) / 小川未明(著)
といってしたいますと、こんどのおかあさんも、せんのおかあさんのように、むすめをよくかわいがりました。おとうさんはそれをて、よろこんでいました。
松山鏡 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
せんから會計をして入らつしやるお母樣が、なる程あれなら任せられると仰やるやうにすればいではないか。謂はゞ素直に讓つて貰ふやうにすべきだ。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
「静岡へ送金することは、私の為事の一つでしたわねえ。貴方のせんの奥様の小夜子さんへ手当てあてを差上げるのが。」
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
くわすんだもの、あのひとすっかりいけなくなったわ、まるっきりせんのようじゃなくなったわ、もう少しであたし
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
財産はみんな、十五年も彼家あすこの家政婦をやっているとかいう、あの女に捲きあげられるでしょうよ。あの女はせんからそんなことを吹聴していますからね。
無駄骨 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「こうなりゃハッキリ云ったげるわよ。——あんたせんに丘田さんのところで、盗んでいったものがあるでしょう」
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
せん団十郎だんじゅうろう菊五郎きくごろう秀調しゅうちょうなぞも覚えています。私がはじめて芝居を見たのは、団十郎が斎藤内蔵之助さいとうくらのすけをやった時だそうですが、これはよく覚えていません。
文学好きの家庭から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これまでは、ズット北の山の中に、徳蔵おじと一処にいたんですが、そのまえは、せんの殿様ね、今では東京にお住いの従四位様じゅよいさまのお城趾しろあとを番していたんです。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
「大丈夫居ますよ、し変つて居たらせんに居た小屋の者に聞けばうがす、遠くに移るわけは有りません。」
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
おれはせんから知っていたねえ、このひと、ただの書生さんじゃないと見込んで、去年の夏、おれの畑のとうもろこし、七本ばっかれてやったことがあります。
創生記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
碁を打つても勝ち越しになるので、氷峰をとう/\せんにしてしまつた。後者は躍起になつて來るが、前者は然しさう熱心でない。ただ時間つぶしにやつてゐた。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
其方儀そのはうぎせん平助へいすけ養子やうしに相成候節約束をそむき藤五郎藤三郎の兩人をはいし我子すけ五郎に家督かとくを繼せんため種々しゆ/″\惡事等あくじとうくはだて候段不屆ふとゞき思召おぼしめし改易かいえきの上八丈ヶ島へ遠島ゑんたう仰付おほせつけらる
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
せんにも言ったように、心のよくない人間でしたから、折角せっかく御馳走をくれようとまで言ってくれた親切などは忘れてしまって、いきなり御馳走をさし出してくれた
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
すなわち百露ペルー古王のせんもまたママ陽より来るというがごときこれなり。これ必ずわが上世の皇子流竄るざんせらるる者、彼地かのちに漂着して、ついにここに王たりしなるべし。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
今晩遅くに来てくれという手紙をもらったのですって、それで夜出かけたけれども、せんに一度銀行の通帳の事で一杯喰わされた事があるので、何となく気が進まず
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)