人気ひとけ)” の例文
旧字:人氣
何げなくお民はその庭の見える廊下のところへ出てながめると人気ひとけのないのをよいことにして近所のねこがそこに入り込んで来ている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何んという不思議な対照だろう! 何んという信じられない光景だろう! 私の今いるこの位置は、暗黒で、人気ひとけがなくて、物凄い。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まるで人気ひとけがないように感じられたそうですが、それでも婆さんが歩いていると、みちにころがっている石も一つ一つはっきりと見えて
従つてその泊り場も一定してゐた訳ではなく、或る時は隅田川の上流の人気ひとけない浅瀬に、或る時は都市の中央にかかつた巨大な橋の下に。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
獣小屋をうかがってみると人気ひとけはなく、土間には土を掘った炉穴ろあなほたの燃え残りがいぶっている。辺りのまきをくべ足し、腰をおろして
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
従ってつい風景とか自然に対する親しみが比較的うすかった、私はあまり人気ひとけのない山奥などへ出かけると不安でたまらなくなるのである。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
が、長い廻廊かいろうの屋根から、人気ひとけのない庭へ飛び下りると、たちまち四五人の警護けいごの侍に、望みの通りからめられました。その時です。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
バビローヌ街の人気ひとけ少ない所において、パリーの最もきれいな女のひとりとなっていたばかりでなく、それも既に何かではあるが
部屋が広くて人気ひとけがないので、一寸ちょっとした物音がこわい様な反響を起すので、足音ばかりではなく、せきばらいさえはばかられる様な気持だった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
家には老婢ろうひが一人遠く離れた勝手に寝ているばかりなので人気ひとけのない家の内は古寺の如く障子ふすまや壁畳からく湿気が一際ひときわ鋭く鼻をつ。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人気ひとけのない、平坦な白い石の砂漠のようなしずかな屋上に、ボールはポクンと壁に当って、ぼくの足もとに転げてかえってくる。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
うすら寒い日の午後の小半日を、邦楽座ほうがくざの二階の、人気ひとけの少ない客席に腰かけて、遠い異国のはなやかな歓楽の世界の幻を見た。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ガランとして人気ひとけもない中に、雪持寒牡丹の模様の着つけに、紫帽子の女形おやまが、たった一人、坐った姿は、異様でかつあやしかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それでも、衆をたのんで、外見ばかりは勇ましく、人気ひとけのない病院と寺との横道を、新仲町に出た。陣形をととのえ、玉井家を、包囲した。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
……見廻して、偶然駄夫が一廻りして今来た道を振り向いた時、人気ひとけない今来た道を茫然と近づいてくる一つの人影を認めた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
加須かぞ街道方面とはまったく違った感じをかれに与えた。むこうはしんとしている。人気ひとけにとぼしい。娘などもあまり通らない。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
人気ひとけのない寂しい道を歩きながらのつれづれに「あなたはどういう目的で旅行しているのだ」と通訳が質問した。外国人はなんにも答えない。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
今、全く人気ひとけの無いこの大きい酒倉さかぐらのような変電所の中では、ただ機械だけが悪魔の心臓のように生きているのであった。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あたりはひっそりとして人気ひとけがない。ただ少しへだたったところから騒がしい物音がするばかりである。大工がはいっているらしい物音である。
普請中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
雪深き深山みやま人気ひとけとだえしみち旅客たびびと一人ひとりゆきぬ。ゆきいよいよ深く、路ますます危うく、寒気え難くなりてついに倒れぬ。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そして塀を飛び降り、早足に庭を横切り、人気ひとけのない奥さんの部屋の入口の椅子いすのうへにあるはさみをつかみました。ピカ/\光つた高価な鋏です。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
近頃は風説うわさに立つほど繁昌はんじょうらしい。この外套氏が、故郷に育つ幼い時分ころには、一度ほとんど人気ひとけの絶えるほど寂れていた。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この時、舞台の背後の人気ひとけの無かった筈の楽屋裏から、同じくピアノのいとも清らかな音がほがらかにと響き始めたのです。
翌朝次郎が、ぽつねんと人気ひとけのない座敷の縁に腰をかけて、庭石を見つめていた時に、台所の方から母の声がきこえた。しかし、彼は動かなかった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
世の中の華やかさにぎやかさを振り向きもせず、この人気ひとけのないところに住んでいる娘たちの優しい心持だったのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
乳母に連れて行かれたのは真夜中のことでしたが、お遺骸なきがらを安置してある上段の御簾みすのかげには、わたしたちの外に誰も人気ひとけはありませなんだ。
奥にこそ此様こんな人気ひとけ無くはしてあれ、表の方には、相応の男たち、腕筋も有り才覚も有る者どもの居らぬ筈は無い。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
二時に表を閉めて三十分、男湯はすでに人気ひとけがなく脱衣場の電気を消して、女湯の方へ廻った藤三が掃除にかかろうとすると、表戸ががたがた鳴った。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
人気ひとけのない荒れた場所をわたり歩きコガマスを捕ろうと意気ごむ自分が、中学校から大学にまでやってもらっていながらと、ふと馬鹿馬鹿しく思えた。
広い寺だから森閑しんかんとして、人気ひとけがない。黒い天井てんじょうに差す丸行灯まるあんどうの丸い影が、仰向あおむ途端とたんに生きてるように見えた。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぞっと冷水をあびたようになって、言葉もなく二人が眼を見合せていると、人気ひとけのない筈の杉の林の中で、大勢の人間がドッと声を合わして笑い出した。
顎十郎捕物帳:05 ねずみ (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかし倉地がどんどんそっちに向いて歩き出すので、少しすねたようにその手に取りすがりながらもつれ合って人気ひとけのないその橋の上まで来てしまった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そうして人気ひとけがなくなった頃起き上って鼓箱を開いて見ると、鼓の外に遺書かきおき一通と白紙に包んだ札の束が出た。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それがために彼が何処かに自分の寝台を据えつけるなり、外套だの身のまわりの品だのを持ちこんだが最後、たといそれまでは人気ひとけのなかったき部屋でも
その次には半ば彼自身の意志から、彼の空想は、東京のそのうちでも人気ひとけの多いやうな場所へ向いて行つた。
いつも近所合壁の寄合う場所になっている表の方の露次もひっそりとして人気ひとけがなかった。それだけでも妻はたしかに一ときの安堵に恵まれているようだった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それは実際じっさいずいぶんたけたかくて、その一番いちばんたかいのなどは、した子供こどもがそっくりかくれること出来できるくらいでした。人気ひとけがまるでくて、まったふかはやしなかみたいです。
軽井沢も冬じゅう人気ひとけのないことは同様だが、それでも、いつも二三人は外人の患者のいるらしいサナトリウムのあたりまで来ると、何となく人気が漂っていて
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
最早もう人気ひとけは全く絶えて、近くなる時斗満の川音を聞くばかり。たかなぞ落ちて居る。みちまれに渓流を横ぎり、多く雑木林ぞうきばやし穿うがち、時にじめ/\した湿地ヤチを渉る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
昼間ちゅうかん満都の人気を集めて、看客けんぶつの群れ集うだけ、それだけ人気ひとけのない会場は一層静かなものであった。
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
私はまた四辺に人気ひとけはないかと注意した。やはり一人の姿すらみえなかった。私はこの時こう思った。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
人気ひとけのない時は、藪鶯やぶうぐいすが木の間を飛んでいたりして今まで自然の移りかわりなどに関心を持とうともしなかった銀子も、栗栖の時々書いて見せる俳句とかいうものも
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかも子亭はなれのほとほと人気ひとけもあらざらんやうに打鎮うちしづまれるは、我に忍ぶかと、いよいよ満枝はこらへかねて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
九十七戸あるビリンスキー村のまんなかに往還があって、人気ひとけない昼間、その往還を山羊や豚が歩いた。ちょっと左へ小丘をのぼったところに村ソヴェトの建物がある。
ピムキン、でかした! (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
人気ひとけの無いやうな、古い大きい家にゐて、雨滴あまだれの音が耳について寝られない晩など、甲田は自分の神経に有機的な圧迫を感じて、人には言はれぬ妄想を起すことがある。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
人気ひとけもない公園で燕尾服えんびふくと夜会服を着込んだ老人夫婦が静かにカドリイルを踊ると言うんですがね、どうです、わたし達も此の月の下でカドリイルを踊ってみませんか。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
鍵屋の方はまだしも湿めつぽい匂ひがあるが、この分家は人気ひとけが去るのといつしよに家そのものの気さへ抜けてしまつて、乾いて、たゞ昔の恰好のまゝで立つてゐるだけであつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
いきどおりといにギリギリしながら、艇庫につき、念を入れてもう一回、押入れなぞ改めてはみましたが夜もけ、人気ひとけのない二階はたださえ、がらんとして、いよいよ、もう駄目だ
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
いらいらした身振りをして、この流浪人さすらいびとは割合人気ひとけの少ない裏通りへ入って行った。
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
ちょうどこの時にいつもの蔵人くろうど少将は侍従の所へ来たのであったが、侍従は兄たちといっしょに外へ出たあとであったから、人気ひとけも少なく静かなやしきの中を少将は一人で歩いていたが
源氏物語:46 竹河 (新字新仮名) / 紫式部(著)