人心地ひとごこち)” の例文
るな、るな、で、わたしたちは、すぐわき四角よつかどたゝずんで、突通つきとほしにてんひたほのほなみに、人心地ひとごこちもなくつてた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
雨戸を開け、門を開け、掃除を濟まして、やつと人心地ひとごこちが付いた時、川向うの潮音寺の鐘が、ゴーンと耳を刺すやうに響いた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そして少し人心地ひとごこちがついたので、帯の間から懐中鏡を取り出して顔を直そうとすると、鏡がいつのまにかま二つにれていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「私はどうしようかと思ったのですよ、坂の下まで夢中に駆けて来ると、書生さんが三人上からおりて来たので、やっと人心地ひとごこちがついたのですよ」
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
人心地ひとごこち失いまして、よい智慧も浮びませぬゆえ、まことに我まま申上げてはばかり多いことで厶りまするが、ひと刻程ねむりをらせて頂きましてから
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
母に先立たれ、いままた父に捨てられ、八重は人心地ひとごこちも無く泣きに泣いて、やがて覚悟をめ、青い顔を挙げて一言
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もっとつづけさまに、爆撃されるだろうと、ふるえあがった船客たちは、このとき、ようやく人心地ひとごこちに戻った。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
夜になっても、今宮いまみや境内けいだいはにぎやかであった。そこで蛾次郎は、はじめてホッと人心地ひとごこちにかえった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、そのうち、あの最初さいしょ精神こころ暴風雨あらし次第しだいおさまるにつれて、わたくしきずつけられた頭脳あたまにもすこしづつ人心地ひとごこちてまいりました。うとうとしながらもわたくしかんがえました。——
そのとき、かれは、かすかに、前方ぜんぽうにあたって、ちらちらと燈火ともしびのひらめくのをながめたのであります。いままで、がっかりとして人心地ひとごこちのなかったかれいさんでびあがりました。
宝石商 (新字新仮名) / 小川未明(著)
われわれは、水夫室なる罐詰の、とびらなるふたをあけて、初めて、人心地ひとごこちがつくのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
風呂場で水を浴び、台所の椅子に腰を下ろすと、はじめて正三は人心地ひとごこちにかえるようであった。——今夜の巻も終った。だが、明晩あすは。——その明晩も、かならず土佐沖海面から始る。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
少し人心地ひとごこちのする者は皆命に代えて源氏を救おうと一所懸命になった。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夜前、戌時いぬのときばかりに、奥方がにはかに、人心地ひとごこちをお失ひなされましてな。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
主膳は、人心地ひとごこちがなく物を言っているようであります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
母子おやこ動顛どうてんしてほとん人心地ひとごこちを失ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しづめ給へとくと御相談の手段も御座候ふべし古語こごにもとほおもんぱかりなきときは近きうれひありと申すはまさしく是なるべしされども三人よるとき文珠もんじゆ智慧ちゑ此平左衞門左仲御つき申しをるうちは御安心なされ能々御思案候べしと種々相談しけるうちやゝ半日餘りお島が雪の中にいましめられ身神しんしんともに冷凍ひえこゞ人心地ひとごこちもなきてい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
われは人心地ひとごこちもあらで見られじとのみひたすら手足を縮めつ。さるにてもさきのひとのうつくしかりし顔、やさしかりし眼を忘れず。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
倉地の浴したあとで、熱めな塩湯にゆっくり浸ったのでようやく人心地ひとごこちがついてもどって来た時には、素早すばやい女中の働きで酒肴しゅこうがととのえられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
青物の自動車が通れば朝の早い下の老人が間もなく起きることになっているので、政雄はやや人心地ひとごこちがつくとともに小便の苦しみがもうたえられなくなった。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
をがたがたと鳴らしながら、こおりきったをあたためて、人心地ひとごこちびかえすのだった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陽はまだ庭さきにギラギラ照っていたが、畳の上には人心地ひとごこちよみがえらすものがあって、そのなかに黄色のワン・ピースを着た妻の姿があった。彼は柱に凭掛って、暫く虚脱のあとを吟味していた。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
惜しんでくれないのだろう、せめて人心地ひとごこちが出てくるかもしれないのに
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
人心地ひとごこちもなく苦しんだ目が、かすかいた時、初めて見た姿は、つややかな黒髪くろかみを、男のようなまげに結んで、緋縮緬ひぢりめん襦袢じゅばん片肌かたはだ脱いでいました。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生温なまぬるちやをがぶ/″\とつて、ぢいがはさみしてくれる焚落たきおとしで、つゞけに煙草たばこんで、おほい人心地ひとごこちいた元二げんじ
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
渠等かれらあへおにではない、じきたれば人心地ひとごこちになつて、あたかし、谷間たにあひから、いたはつて、おぶつてた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ほとんど人心地ひとごこちあらざるまでに恐怖したりし主婦あるじは、このときようよう渠の害心あらざるを知るより、いくぶんか心落ちいつつ、はじめて賊の姿をば認め得たりしなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俵はほとんど船室の出入口をも密封したれば、さらぬだに鬱燠うついくたる室内は、空気の流通をさまたげられて、窖廩あなぐらはついに蒸風呂むしぶろとなりぬ。婦女等おんなたち苦悶くもん苦悶くもんを重ねて、人心地ひとごこちを覚えざるもありき。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旦那だんな相乘あひのりまゐりませう、とをりよく來懸きかゝつた二人乘ににんのりふやうにして二人ふたり乘込のりこみ、淺草あさくさまでいそいでくんな。やす料理屋れうりや縁起えんぎなほしに一杯いつぱいむ。此處こゝ電燈でんとうがついて夕飯ゆふめししたゝめ、やゝ人心地ひとごこちになる。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)