鶏卵たまご)” の例文
旧字:鷄卵
早朝あさまだき日の出の色の、どんよりとしていたのが、そのまま冴えもせず、曇りもせず。鶏卵たまご色に濁りを帯びて、果し無き蒼空あおぞらにただ一つ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
西瓜は奈良漬ならづけにした鶏卵たまごくらいの大きさのものを味うばかりである。奈良漬にすると瓜特有の青くさい匂がなくなるからである。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
少量の牛乳と鶏卵たまごを混和した単純な液体ですら、衰弱をきわめたあの女の腸には荷が重過ぎると見えて予期通り吸収されなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伯母さんは鶏卵たまご黄身きみをまん中にして白身を四角や三角に焼くのが上手だ、駿河台へニコライ堂が建つとき連れてってくれたのもこの伯母さんだ。
錦手にしきでい葢物ですね、是は師匠が大好だいすきでげす、煎豆腐いりどうふの中へ鶏卵たまごが入って黄色くなったの、誠に有難う、師匠が大好
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お舟のやうなお皿には、じやがいもと、さやゑんどうと、人蔘にんじんとの煮付が盛られ、赤いわんには、三ツ葉と鶏卵たまごのおつゆが、いいにほひを立ててゐるのです。
母の日 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
朝のぜんには味噌汁に鶏卵たまごが落としてあった。清三は牛乳一合にパンを少し食った。二人は二階にまたすわってみたが、もうこれといって話もなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
処々にこぼしたやうに立つてゐる赭ちやけた砂山と、ひらみつくやうに生えてゐるくすや樫の森などの続いてゐる果てなる空、南の方はそら鶏卵たまご色に光を帯びて
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
マリイは十一時頃に晴着のロオヴを着て出掛けて行つた。自分はトランクの上の台所で昼飯の仕度にかかつて、有合せの野菜や鶏卵たまご冷肉れいにくでおかずを作つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
振り返るといつの間にかS君が立っていて、「これをおあがりなさい。」と、鶏卵たまごを一つ出してくれる。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
大名は滅多に他所よそ煮炊にたきした物を食べません。茶店から貰ったのは、熱い湯と、生みたての鶏卵たまごだけ。
指の入る位な湯で鶏卵たまごを三十分も湯煮ゆでて白味と黄身の半熟になったものとか、柔い飯をよくんで食べるとか、牛乳が飲みたければパンへ浸して食べるとかし給え。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
雄鶏もやつてきて見て驚ろきました、それは奪ひ合つてゐる白い物は、鶏卵たまごの殻であつたからです。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
丁度海苔と沢庵とが残っていましたから、それを子供と二人で食べました。贅沢な子供で、お肴がほしいとか鶏卵たまごがほしいとか云うので、それをあやすのに弱りました。
林檎 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
先生の放心うっかりつとに有名なもので、のみならず、たいへん不器用である。持って出た雨傘を持って帰ったことはなく、この年齢としになって、じぶんで鶏卵たまごを割ることができない。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
(われわれはほとんどなまの肉を食べたことはない。そうして私はよく覚えているが、われわれの最大のぜいたくは、日曜日の朝、皆が鶏卵たまごを半分ずつもらうという事であった。)
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
「まあ、飛んでもない。今に神様のお怒りで、鶏卵たまごとキヤベツの値が上るに違ひない。」
そのうちに鶏卵たまごからから出るように、火の玉の一つ一つから驚くべき物が爆発して、空中に充満した。それは血のない醜悪な幼虫のたぐいで、わたしには到底とうていなんとも説明のしようがない。
わたし今日、何の気なしにいつもの通り白粉おしろいを塗る時、鶏卵たまごの白味を使ったものですから、それで上人様が不浄があるとおっしゃいました。それ故、お湯に入ってこの通り素面すがおになって参りました
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「まるい鶏卵たまごも切りようで四角」。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
けれどもその呑みかけているのが何であるかは、握りの先が丸くすべっこくけずられているので、かえるだか鶏卵たまごだか誰にも見当けんとうがつかなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同じくすぶった洋燈ランプも、人の目鼻立ち、眉も、青、赤、鼠色のの敷物ながら、さながら鶏卵たまごうちのように、渾沌こんとんとして、ふうわり街燈の薄い影に映る。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旅順陥落かんらくかけに負けたからとて、校長は鶏卵たまごを十五個くれたが、それは実は病気見舞いのつもりであったらしい。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
鶏卵たまごの白味を半紙へしいたのを乾かして、火をつけて燃して、その油燻ゆくんをとるのに、元結もとゆいでつるしたお小皿をフラフラさせてもたせられていたことがあった。
厨夫長ちうふちやう見舞に見え、かゆを召し給はばいかになど云はれしかば、今日の昼より鶏卵たまごとそれをもらふ事に致しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
姉さんの紫色の包からは、ボール箱に入つた鶏卵たまごと、温かさうなお菓子包のやうなものが出て来ました。
母の日 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
彼女達は、鶏卵たまごの黄味を吸はうとするかのやうに、太陽を吸はうと与へられた日課をしてゐた。
殴る (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
魚類さかなが千五百貫、鶏卵たまごが先づ一万二千個といふところ……
玉子たまご半熟法はんじゅくほう 春 第三十七 鶏卵たまごの半熟
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
婆「たえ鶏卵たまごつゆがあるがね」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
うまや鳥屋とやといっしょにあった。牝鶏めんどりの馬を評する語に、——あれは鶏鳴ときをつくる事も、鶏卵たまごを生む事も知らぬとあったそうだ。もっともである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
泥鰌どじょうも百匁ぐらいずつ買って、猫にかかられぬようにおけ重石おもしをしてゴチャゴチャ入れておいた。十ぴきぐらいずつを自分でさいて、鶏卵たまごを引いて煮て食った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
またその手で、硝子杯コップの白雪に、鶏卵たまご蛋黄きみを溶かしたのを、甘露をそそぐように飲まされました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼女達は、鶏卵たまごの黄味を吸はうとするかのやうに、太陽を吸はうと与へられた日課をしてゐた。
小熊秀雄全集-15:小説 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
妻君「それに生憎あやにく今日は南京豆の煮たのがあるばかりで外に何の料理も出来ていませんし、魚屋もまだ来ず、家にあるものは鶏卵たまご位ですから鶏卵で何かこしらえましょうか。中川さん失礼ですが玉子はどうしたのが一番いいでしょう」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
横倒しにかえされた牛乳のびんの下に、鶏卵たまごからが一つ、その重みで押しつぶされているそばに、歯痕はがたのついた焼麺麭トースト食欠くいかけのまま投げ出されてあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小さな鶏卵たまごの、軽くかどを取ってひらめて、薄漆うすうるしを掛けたような、つややかな堅い実である。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
第三十七 鶏卵たまごの半熟
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
顔を洗ってから、例の通り焼麺麭トーストと牛乳と半熟の鶏卵たまごを食べて、かわやのぼろうとすると、あいにく肥取こいとりが来ているので、私はしばらく出た事のない裏庭の方へ歩を移した。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女房は独り機嫌悪く、由緒よしなき婦人おんなを引入れて、蒲団ふとんは汚れ畳は台無し。鶏卵たまごの氷のと喰べさせて、一言ひとことの礼も聞かず。流れ渡った洋犬かめでさえ骨一つでちんちんおあずけはするものを。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
怜悧りこうな生れで聞分ききわけがあるから、三ツずつあいかわらず鶏卵たまごを吸わせられるつゆも、今に療治の時残らず血になって出ることと推量して、べそをいても、兄者が泣くなといわしったと
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は鶏卵たまごともかえるとも何とも名状しがたい或物が、なかば蛇の口に隠れ、半ば蛇の口から現われて、み尽されもせず、のがれ切りもせず、出るとも這入るとも片のつかない状態を思い浮かべて
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もとより一借受かりうけて、逗留たうりうをしてつたが、かほどのなやみ大事おほごとぢや、大分だいぶんさねばならぬこと子供こどもろすにはからだ精分せいぶんをつけてからと、づ一にちに三ツづゝ鶏卵たまごまして
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
もとより一室ひとまを借受けて、逗留とうりゅうをしておったが、かほどのなやみ大事おおごとじゃ、血も大分だいぶんに出さねばならぬ、ことに子供、手をおろすには体に精分をつけてからと、まず一日に三ツずつ鶏卵たまごを飲まして
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
怜悧りこううまれ聞分きゝわけがあるから、三ツづつあひかはらず鶏卵たまごはせられるつゆも、いま療治れうぢとき不残のこらずになつてることゝ推量すゐりやうして、べそをいても、兄者あにじやくなといはしつたと、こらへてこゝろうち
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)