門松かどまつ)” の例文
長いささだけ門松かどまつを立てならべ、しめをはりわたした通りのまん中を、いつも見かけるマーケットの楽隊がくたいがねり歩いているのだった。
美しき元旦 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
卯平うへい久振ひさしぶり故郷こきやうとしむかへた。彼等かれらいへ門松かどまつたゞみじかまつえだたけえだとをちひさなくひしばけて垣根かきね入口いりくちてたのみである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
後にまたウィーンの歳の暮に寺の広場で門松かどまつによく似たもみの枝を売る歳の市の光景を見て、同じような空想をたくましゅうしたこともあった。
五月の唯物観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
昨日も正月の十五日だから、朝からドンド燒きの支度で、私の家は家例で、門松かどまつだけは町内一番といふ大きいのを立てます。
門松かどまつ注目飾しめかざりはすでに取り払われて正月もや十日となったが、うららかな春日はるびは一流れの雲も見えぬ深き空より四海天下を一度に照らして
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さすがに新年早々はどこの店でも門松かどまつを立て、国旗をかかげ、回礼者の往来もしげく、鉄道馬車は満員の客を乗せて走る。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
花売とはいうけれども門松かどまつ年木としぎ、または尋常のまき枯枝かれえだもあり、或いはぬれた松明たいまつとか、根無しつるという植物とかっている例も喜界島きかいじまにはある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
正月しやうぐわつのおかざりを片付かたづける時分じぶんには、村中むらぢう門松かどまつ注連繩しめなはなどをむらのはづれへつてつて、一しよにしてきました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ことにくおしつまつて、もう門松かどまつがたつてゐるさういふ町を歩いてゐると、ちよつと久保田万太郎くぼたまんたらう君の小説のなかを歩いてゐるやうな気持でいい気持だ。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そこには立派な門松かどまつが立ててあり、門の片方の柱には、味噌みそたまりと大きく書かれた木のふだがかかっていた。黒い板塀いたべいで囲まれた屋敷は広くて、倉のようなものが三つもあった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
門松かどまつは雪の中へたて七五三しめかざりは雪ののきに引わたす。礼者れいしや木屐げたをはき、従者とも藁靴わらぐつなり。
驛路えきろうますゞおと、しやんと道筋みちすぢながら、時世ときよといひ、大晦日おほみそか道中だうちうひつそりとして、兩側りやうがはひさしならぶる商賈しやうこいへまきそろへて根占ねじめにしたる、門松かどまつつらねて、としかみおくるといふ
城の石垣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
まだ門松かどまつや竹こそ見えないが、町にも何となく年暮くれげしきが色めいて
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ないこれにかゝりてれはなにぞとふに、らずや霜月しもつきとりれい神社じんじや欲深樣よくふかさまのかつぎたまれぞくまくだごしらへといふ、正月しようぐわつ門松かどまつとりすつるよりかゝりて、一ねんうちとほしのれはまこと商賣人しようばいにん
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ある年の正月、門松かどまつのまだ取れないうちに赤坂のうちをたずねると、半七老人は格子の前に突っ立って、初春のちまたのゆきかいを眺めているらしかった。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
門松かどまつは雪の中へたて七五三しめかざりは雪ののきに引わたす。礼者れいしや木屐げたをはき、従者とも藁靴わらぐつなり。
それで一束また一束、一日刈って束ねた門松かどまつを、ことごとくこの渦巻の中へ入れてしまう。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いい正月だな、おれのような者にも、つ切れの餅をさずかったところを見ると、天は誰へも、正月だけはさせてくれるものとみえる。——屠蘇とそは満々と流れている加茂の水、門松かどまつは東山三十六峰。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身分みぶんわるいの學校がくかううしたのとくもくも勝手かつてことはれたもの先方さきわすれたかもらぬが此方こちらはたしかにまでおぼえてる、阿關おせきが十七の御正月おしようがつ、まだ門松かどまつとりもせぬ七日なのかあさことであつた
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
門松かどまつやたをやめとほやますそ
熱海の春 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
天明てんめい五年正月の門松かどまつももう取られて、武家では具足びらき、町家ではくらびらきという十一日もきのうと過ぎた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ユというのは「ゆゆしい」などのユで、もといみの木または祝いの木のことであろうから、或いは最初門松かどまつなどの下に立たせて、子どもにめでたいことをとなえさせる習いがあったのかも知れぬ。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
T先生のお宅を出たのは午後三時頃で、赤坂の大通りでは仕事師が家々のまえに門松かどまつを立てていた。砂糖屋の店さきには七、八人の男や女が、狭そうに押し合っていた。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あたかもとしくれにて、春のいそぎの門松かどまつを、まだ片方かたほうはえ立てぬうちにはや元日になりたればとて、今もこの家々にては吉例として門松の片方を地に伏せたるままにて、標縄しめなわを引き渡すとのことなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)