銀杏返いちょうがえし)” の例文
ちょっと指先で畳をこすりさまに、背後うしろを向いて、も一度ほほほ、と莞爾にっこりすると、腰窓をのぞいていた、島田と銀杏返いちょうがえしが、ふっと消える。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もらいはかなりあるのだ。朋輩ほうばいが二人。お初ちゃんと言う女は、名のように初々しくて、銀杏返いちょうがえしのよく似合うほんとに可愛い娘だった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
いつも継母に叱られると言って、帰りをいそぐ娘もほっと息をついて、雪にぬらされた銀杏返いちょうがえしびんでたり、たもとをしぼったりしている。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
新吉はまた元のようにれ違う人の顔をじろじろ見だした。束髪そくはつの顔、円髷まるまげの顔、銀杏返いちょうがえしの顔、新吉の眼に映るものは女の顔ばかりであった。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その百合をいきなり洋卓テーブルの上に投げる様に置いて、その横にある椅子へ腰を卸した。そうして、結ったばかりの銀杏返いちょうがえしを、構わず、椅子の脊に押し付けて
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一人は銀杏返いちょうがえしに結った年増で、旅館の女中らしい服装をし、一人は背も少し低く年も少し若く、小さな束髪に結って、白粉っ気のない浅黒い素顔で、膝に二歳ばかりの子供を抱いていた。
人間繁栄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
忍びて様子をうかがいたまわば、すッと障子をあくると共に、銀杏返いちょうがえし背向うしろむきに、あとあし下りにり来りて、諸君の枕辺まくらべに近づくべし。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこは瀟洒しょうしゃ演戯しばいの舞台に見るような造作ぞうさくで、すこし開けた障子しょうじの前に一人の女が立っていた。それは三十前後の銀杏返いちょうがえしのような髪にった女であった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と云うやいなや、ひらりと、腰をひねって、廊下を軽気かろげけて行った。頭は銀杏返いちょうがえしっている。白いえりがたぼの下から見える。帯の黒繻子くろじゅす片側かたかわだけだろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
単にお糸一人の姿のみならず、往来でれちがった見知らぬ女の姿が、島田の娘になったり、銀杏返いちょうがえし芸者げいしゃになったり、または丸髷まるまげの女房姿になったりして夢の中に浮ぶ事さえあった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とがった銀杏返いちょうがえしを、そそげさして、肩掛もなしに、冷いえりをうつむけて、雨上りの夜道を——凍るか……かたかたかたかたと帰って行く。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それはひとりは印半纏しるしばんてんを着た料理番のようなわかい男で、ひとりは銀杏返いちょうがえしったじょちゅうのような女であった。
料理番と婢の姿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おその上、四国遍路に出る、その一人が円髷まるまげで、一人が銀杏返いちょうがえしだったのでありますと、私は立処たちどころしゃくを振って飛出とびだしたかも知れません。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
外出よそゆきの千条になった糸織いとおりを着た老婆の頭には、結いたての銀杏返いちょうがえしがちょこなんと乗っかっていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
真中まんなかに、とがった銀杏返いちょうがえしで胸を突出しながら、額越ひたいごしじっとこちらをたのは、昨日きのうのお久という人で、その両傍りょうわきから躍り出した二人の少年が
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御存じの通り、よっかかりが高いのですから、その銀杏返いちょうがえしは、髪も低い……一寸ちょっと雛箱へ、空色天鵝絨びろうどの蓋をした形に、此方こっちから見えなくなる。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縁側に手をつかえて、銀杏返いちょうがえしの小間使が優容しとやかに迎えている。後先あとさきになって勇美子の部屋に立向うと、たちまち一種身に染みるような快いかおりがした。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの、いきれを挙げる……むッとした人混雑ひとごみの中へ——円髷まるまげのと、銀杏返いちょうがえしのと、二人のおんなが夢のように、しかもうすもので、水際立って、寄って来ました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と笊を手にして、服装なりは見すぼらしく、顔もやつれ、髪は銀杏返いちょうがえしが乱れているが、毛のつやは濡れたような、姿のやさしい、色の白い二十はたちあまりの女がたたずむ。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
爾時そのときは、総髪そうはつ銀杏返いちょうがえしで、珊瑚さんご五分珠ごぶだま一本差いっぽんざし、髪の所為せいか、いつもより眉が長く見えたと言います。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酒も銚子ちょうしだけを借りて、持参の一升びんかんをするのに、女房は気障きざだという顔もせず、お客冥利みょうりに、義理にうどんをあつらえれば、乱れてもすなおに銀杏返いちょうがえしびんを振って
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つぶやきつつ縁側にでたるは、年紀としの頃十六七、色白の丸ぽちゃにて可愛らしきむすめ、髪は結立ゆいたて銀杏返いちょうがえし、綿銘仙の綿入を着て唐縮緬とうちりめんの帯御太鼓むすび、小間使といふ風なり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私が銀杏返いちょうがえしに結っていますと、亡なった姉様ねえさんてるッて、あの児も大層姉おもいだと見えまして、姉様々々ッて慕ってくれますもんですから、私もつい可愛くなります。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八郎の古家ふるいえで、薄暗い二階から、銀杏返いちょうがえしで、肩で、脊筋で、半身で、白昼の町の人通りをのぞきながら、心太ところてんや寒天を呼んだのはまだしも、その素裸で、屋根の物干へ立って
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
振袖立矢たてやの字、児髷ちごまげ、高島田、夜会むすびなどいう此家ここ出入ではいりの弟子達とはいたく趣の異なった、銀杏返いちょうがえしの飾らないのが、中形の浴衣に繻子しゅすの帯、二枚裏の雪駄穿せったばき、紫の風呂敷包
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上口あがりくち突尖とっさきの処、隅の方に、ばさばさした銀杏返いちょうがえし、前髪が膝におッつくように俯向うつむいて、畳に手をついてこう、横ずわりになって、折曲げている小さな足のかかとから甲へかけて
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
結いたての銀杏返いちょうがえしで、半襟の浅黄の冴えも、黒繻子くろじゅすの帯のつやも、霞を払ってきっぱりと立っていて、(兄さん身投げですよ、お城の堀で。)(嘘だよ、ここに活きてるよ。)と
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀杏返いちょうがえしもぐしや/\に、つかんでたばねた黒髪に、琴柱形ことじがたして、晃々きらきらほ月光に照映てりかへる。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「だって、円髷に結ってるもの、銀杏返いちょうがえしの時は姉様ねえさんだけれど、円髷の時ゃ奥様だ。」
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀杏返いちょうがえしのほつれながら、きりりとした蒼白あおじろい顔を見せた、が、少し前屈まえかがみになった両手で、黒繻子くろじゅすと何か腹合せの帯の端を、ぐい、と取って、腰を斜めに、しめかけのままかまちへ出た。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さりとも、人は、とあらためて、清水の茶屋を、松の葉ごし差窺さしうかがうと、赤ちゃけた、ばさらな銀杏返いちょうがえしをぐたりと横に、かまちから縁台へ落掛おちかかるように浴衣の肩を見せて、障子の陰に女が転がる。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前垂懸まえだれがけ繻子しゅすの帯、唐桟とうざん半纏はんてんを着た平生ふだん服装なりで、引詰ひッつめた銀杏返いちょうがえし年紀としも老けて見え、頬もせて見えたが、もの淋しそうに入って脇目もらず、あたりの人には目も懸けないで
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先に腕車くるまに乗ったのは、新しい紺飛白こんがすり繻子しゅすの帯を締めて、銀杏返いちょうがえしに結った婦人おんな
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名古屋の客に呼ばれて……おのぶ——ええ、さっき私たち出しなに駒下駄を揃えた、あの銀杏返いちょうがえしの、内のあの女中ですわ——二階廊下を通りがかりにね、(おい、ねえさんか、湯を一杯。)……
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お道さんが銀杏返いちょうがえしの針を抜いて、あの、片袖を、死骸の袖に縫つけました。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黄昏たそがれに、御泊おとまりを待つ宿引女やどひきおんなの、ひさしはずれの床几しょうぎに掛けて、島田、円髷まるまげ銀杏返いちょうがえしなでつけ髪の夕化粧、姿をななめに腰を掛けて、浅葱あさぎに、白に、紅に、ちらちら手絡てがらの色に通う、団扇うちわの絵を動かすさま
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふっさりとした銀杏返いちょうがえし耳許みみもとへばらりと乱れて、道具は少し大きゅうがすが、背がすらりとしているから、その眉毛の濃いのも、よく釣合って、抜けるほど色が白い、ちと大柄ではありますが
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真先まっさきが女で、二番目がまた女、あとの二人がやっぱり女、みんな顔の色が変ってまさ、島田か銀杏返いちょうがえしか、がッくり根が抜けて、帯を引摺ひさずってるのがありますね、八口の切れてるのがありますね
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのは、ちょうど植木だな執持とりもち薬師様と袖を連ねた、ここの縁結びの地蔵様、実は延命地蔵尊の縁日で、西河岸で見初みそめて植木店で出来る、と云って、宵は花簪はなかんざし、蝶々まげ、やがて、島田、銀杏返いちょうがえし
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銀杏返いちょうがえしの中背の若い婦で……娘でございますよ、妙齢の——姉さん、姉さん——私は此方が肝を冷しましただけ、余りに対手あいての澄して行くのに、口惜くなって、——今時分一人で何処へ行きなさる
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)