きし)” の例文
寒気は朝よりもひとしほ厳しくなつたが、そのかはり、靴の下できしてた雪の音が半露里もさきまで聞えるほど物静かな夜である。
すると猿沢は戸のきしるような声を立てて、意味もなく笑い出しました。その笑い声が、蟹江のかんにさわったのは、勿論のことです。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
一郎はからだや手やすっかり雪になってきしるやうに笑って起きあがりましたが楢夫はうしろに立ってそれを見てこはさに泣きました。
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
カーテンの環はかすかにきしんで、その響を消したと同時に、セピア色の染のはいったカーテンは、彼の眼を外界からさえぎってしまった。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
街を長く走っている電線に、無数の感情がこんがらかってきしんで行く気味の悪い響が、この人通りの少い裏通りに轟々ごうごうと響いていた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
五杯も十杯も十五杯も汲んでは被り、被っては汲み、その度毎に、車井戸の車がけたたましい音を立てて火の発するほどにきしります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただし車体は上下動を烈しくし、ことによれば、自解分裂を起こさないとも限らないようなきしみをのべつギイギイ噛み鳴らして走る。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、狙いを定めているうちに、馬車はごとりと揺れ、ぎしぎしときしめきながら方向をえた。同時に密茂した樹木が車体を隠した。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
橋板の上に跫音あしおとがしはじめた。と、思う間に板のきしる音がして何か大きなものがしおの中へ落ちた。それに続いて橋板の落ちる音もした。
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……あなたは、できたての自作の舞踏曲ブウレを、酒場のぼろピアノがきしむほどに熱い息吹きで奏きたてる。……ミューズもアポロも大喝采だいかっさい
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いわおも砕けよとばかり、躰当りをくれた。仕切戸は少しきしんだが、樫材かしざいの頑丈な造りで、もちろん壊れるようなけしきは微塵みじんもなかった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
飛行機を初めあらゆる近世の科学が生んだ器械や発動機とを、同時に鳴かせ、えさせ、うならせ、きしらせた如きものであると云ふ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
二人は帽子をしっかりおさえたまま、強いしめっぽい風に頭を下げた。風は樹々の葉をふるった枝のなかで、きしんだりうめいたりしている。
時には歯のきしむやうな嫌らしさを起させる所があるのを感じたりするいまでは、それ等の智識が特別な意味で軍治の頭によみがへるのだつた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
さりとて何を争うことも出来ないので、すごすごと別れてここを立ち去ると、青糸毛の牛車ぎっしゃがこの屋敷の門前をしずかにきしらせて通った。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして、時々合間を隔てて、ヒュウと風のきしる音が虚空ですると、鎧扉がわびしげに揺れて、雪片が一つ二つ棧の上でひしげて行く。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
蜥蜴とかげ鉛筆えんぴつきしらすおと壓潰おしつぶされて窒息ちつそくしたぶた不幸ふかう海龜うみがめえざる歔欷すゝりなきとがゴタ/\に其處そこいらの空中くうちゆううかんでえました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
伊達巻だてまききしみ込んで胴の上下にはじけ出る肉のふくよかさが、いくら汚くつくっても身の若さを証拠立てはしないかと心配です。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
霞町かすみちょうのほうからゴトゴトと走ってくる小型の都電のきしむような車輪の響きまでが、アブクのようにうつろに浮かびあがってくる。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
暗中にシャキシャキきしみながら目まぐるしく展開して行く映画の光線の、グリグリと瞳を刺す度毎たびごとに、私の酔った頭はれるように痛んだ。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
巨大な鉄製の扉も同じように銅張りになっていた。その扉は非常に重いので、蝶番ちょうつがいのところをまわるときには、異様な鋭いきしり音をたてた。
このとき私は胸の底深くわが魂のさめざめと泣くのを聞く。人は歓楽の市に花やかな車をきしらせて、短き玉の緒の絶えやすきを忘れている。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
彼岸桜がようやく咲きかけた時分で、陽気はまだ寒く、前の狭い通りの石畳に、後歯のきしむ音がして、もうお座敷へ出て行く芸者もあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
同時、ドサドサッと畳をる音。白い線が二、三度上下になびいて、バサッ! ガアッ!——ときしんだのは、骨を断ったひびきか。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
煤粉ばいふんがつもったように黒い木々が、ときどきレイルをきしませて通り過ぎる電車のひびきに葉をそよがせて立っているまん中
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
私はすぐ目の前の工場の中できいきいと今にも歯の浮きそうな位きしっている機械の音だの、汗みどろになって大きな荷を運んでいる人々だの
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
津の父親も、すでに、手は太刀のうえに青い汗をいていた。もう、ここまで来ては、二人の老骨は互にきしむばかりだった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
昔、井戸を掘ると、の下にいぬにわとりの鳴く、人声、牛車ぎゅうしゃきしる音などが聞えたという話があります。それに似ておりますな。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
えいえいと押す船の底が、沙にきしって寒そうな音を立てる。皎々こうこうたる寒月の下、船を押す人の姿が沙上に黒々とうつっているような気がする。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
「気の毒気の毒」と思いにうとうととして眼を覚まして見れば、からす啼声なきごえ、雨戸を繰る音、裏の井戸で釣瓶つるべきしらせるひびき
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
泥溜どろだめの中で棺桶がくさめをする。——一枚の板が揺ぶられる。頑丈な釘がうちつけてあるのを恐しい音をさせてきしませる。……
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
眼は大きく開いた、髪は逆立った、歯はきしった。それから一つの叫びが唇から破裂した、忿怒の涙を流しながらどなった
ろくろ首 (新字新仮名) / 小泉八雲(著)
再び、かぼそい手で、重いかんぬきをゆすぶる。閂はびついたかすがいの中できしむ。それから、そいつを溝の奥まで騒々そうぞうしく押し込む。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
夜が更けてから門の前に馬車のきしる音が聞えたので、自分で手燭をとり、門をあけてみると、外に立っているのは枢密顧問官の元田永孚であった。
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
この時、庭の方から、わだちでもきしるような、キリキリという音が、深夜の静寂しじまひびでも入れるかのように聞こえて来た。武士たちは顔を見合わせた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
裏の空地で多勢の人足が荷を動かす掛声、地響、荷車のきしり。倉庫へ運び込む一騒動さわぎ、帳簿との引合せなどで、店員は大抵表や裏に出払っている。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ゴツトン/\と鳴つてゆく箱もあれば、ギギギギときしむ箱もあり、ギツチヤン/\と拍子をとつて行く箱もあります。
文化村を襲つた子ども (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
寺の門を、しょんぼりと出ながら、淀川の鉄橋の上を物凄いきしみを立てて走る電車の突進するさまを眼に描いた。死ぬには、電車がひと思いでいい。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
遙向うの青山街道にくるまきしおとがするのを見れば、先発の荷馬車が今まさに来つゝあるのであった。人と荷物は両花道りょうはなみちから草葺の孤屋ひとつやに乗り込んだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
小学校を出たばかりかと思う小さな馬方が、綱を手にしたままころんだとみた時には、もうその車の後の輪が一つ、ちょうど腹の上をきしって過ぎた。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
皆んなが暫らく默つてゐるところへ、辰男は階子段をきしませて、のつそり下りて來て炬燵の空いた所へ足を入れた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
食堂の扉がきいつときしんで、ゆつくり二階へ上つて来る加野の足音がした。加野の奴、加野の奴と、ふつと、そんな言葉を胸のなかで富岡はつぶやく。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
墓地へ行くのだナ。人の足音や車のきしる音で察するに会葬者は約百人、新聞流でいえば無慮むりょ三百人はあるだろう。先ずおれの葬式として不足も言えまい。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
向う岸では、板子のきしりと水を打つ橈の音が聞えたと見え、「急げ、急げよう」と叫んでいる。それから十分ほどして、艀は桟橋にどしんとぶつかった。
追放されて (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
忽ち車のきしる音して、一匹の大牛おおうしおおいなる荷車をき、これに一人の牛飼つきて、罵立ののしりたてつつ此方こなたをさして来れり。聴水は身を潜めてくだんの車の上を見れば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
車寄せの方へ木立の砂利道を引っ返して来る私の背後から、ギギイと重いきしみを立てて鉄扉のレールを滑っている音が、夜陰の空に響いてくるのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
亜麻畑にはまだちらほらと可憐な紫の花が残って見えたが、日は暑くて、耕作馬車のきしり一つきこえなかった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
お初の場合には、あんなにきしんだ引き戸が、闇太郎の、用心深い手にかかると、まるで丹念に油をくれた溝を走るかのように、すべるようにひらかれたのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
毎日まいにち透徹とうてつしたそらをぢり/\ときしりながら高熱かうねつ放射はうしやしつゝあつたあまりにながひる時間じかんまうとして、そらからさうして地上ちじやうすべてがやうや變調へんてうていした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その瞬間に、遥かにずしんと響く異様な音響がしたと思う間もなく、大地をゆすって上下動の地震が来た。家はめきめききしみ、畳は湧きかえるように持上った。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)