なま)” の例文
そう云う言葉さえ聞き取りにくい田舎なまりで、こちらが物を尋ねてもはかばかしい答えもせずに、ただ律義りちぎらしく時儀じぎをして見せる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
言葉には少しも地方のなまりがないが、其顔立と全身の皮膚の綺麗なことは、東京もしくは東京近在の女でない事を証明しているので
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
舌っ足らずになまったのだろう、のちには直ったけれども、初めのうちはわからなくて出三郎はどう呼んでいいか当惑したものであった。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
髯の跡青く、受け口にて、前齒二本け落ちたり。右耳朶みゝたぶに小豆粒ほどの黒子あり。言葉は中國なまり。聲小にして、至つて穩かなり——
おごりませんよ。』と言ふ富江の聲はなまつてゐる。『ホヽヽ、いくら髭を生やしたつて其麽そんな年老としとつた口は利くもんぢやありませんよ。』
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
お国なまりのこととて、くは聞き取れませんが、おいどんが、どうとか、西郷従道侯の物語りに、御成街道から進撃した由を承りました。
Kは以前の家主と同じ秋田人でなまりはさらにひどく、奥さんというのがウクスンと聞こえる。ときどき茂緒に妙なことをいった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
立派に祝言ほぎごとの報酬として食を乞うものを、「ほかいびと」すなわち乞食と云いました。それがなまって「ほいと」と云うことになりました。
そのアバラケを今日カワラケとなまったので、おまはんも二月号に旧伝に絶えてなきを饅頭と名づく、これかえってひどく凶ならず
「このいやななまりを持ち出して作者は一体我々に何をしようというのか? 隠語とは全くやりきれない。身震いが出るようだ。」
マイヤーの講義はザクセンなまりがひどく「小さい」をグライン「戦争」をグリークという調子で、どうも分りにくくて困った。
ベルリン大学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
女は僅かの間しか奉公して居なかつたが、それと入れ替りに色の黒い、言葉になまりのある、私の一番嫌ひであつた下婢が来た。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
淀君は今日三河の山奥の人々がなまるような口調で静かに物語られた。そのしとやかな美しい言葉と態度には賀川市長も少からず動かされた。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
諸方の地方人もまた地方なまりをもって歌を作ったとすれば、——さらに一歩を譲ってこれらの歌の作者がすべて貴族階級に属するとしても
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
なまりのある田舎弁で、あたりかまわぬ立ち話だった。——それが、辻々、随所で見かけられた。全都の話題をさらっていた。
正面を切って台詞せりふの言えない者や、男か女かわからない者や、国なまりを丸出しの者や、種々さまざまの欠点が見出だされないではなかったが
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
九州なまりで言ったその男は、事変勃発のとき日本へ避難させた妻子のところへ行って、自分だけまた戻るのだと俺に言った。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
自選オックスフォウドなまりの青年紳士やが、それぞれ「大きな把捉キャッチ」を望んで、このSETに混じって活躍していることは言うまでもあるまい。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
おりおり詩歌しかなどぎんずるを聞くに皆なまれり。おもうにヰルヘルム、ハウフが文に見えたる物学びしさるはかくこそありけめ。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
どこかに関西のなまりがありました。そうして、その一言が、奇妙に自分の、震えおののいている心をしずめてくれました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
富山の近傍でチゴノマイ、またはなまってチグルマイなどというのも、かつてそういう舞を、面白く見た者の聯想であろう。
「言葉にも少し甲州なまりがありますのと、それからあいつの手に入墨があるのでございます、そいつが甲州入墨と、ちゃんとにらんでおきましたよ」
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ジャネットは此の人混ひとごみにあおられるとすっかり田舎女の野性をむき出しにしてロアール地方のなまりで臆面もなく、すれ違う男達の冗談に酬いた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だが、彼女は瞑想めいさうする多くの時間を許されはしなかつた。級長の、大きいがさつなが、強いカムバァーランドなまりで怒鳴どなりながらやつて來た——
鮏入らんとすれば口ひろがるやうにいかにもたくみに作りたるもの也。これをつゞといふはつゝといふべきをにごなまれるならん。
いつか、「ばあはん」がなまって、「ババン」と呼ばれ、お人よしではあるけれども、親切で、情愛ぶかいヨネは、子供たちに、心底からなつかれた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「猫又よ、やよ猫又よと申しければ……」と、先生はその中の一句を、田舍ゐなかなまりの可笑しな抑揚で高らかに讀み上げた。みんながどつと笑ひ崩れた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
上総周淮すえ郡、上丁物部竜もののべのたつの作。下の句は、「に取り着きて言ひし子ろはも」というのだが、それがなまったのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
女は早口に、なまりの強い言葉でしやべり、ギター弾きを追ひかへした。そのアクセントが、何となくゆき子に似てゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
けれども彼等は、『フラテ』といふ名を『クラテ』となまつて覚えて居る筈だ。たとひ、名を呼ばれても、俺の犬は俺以外の人間の方へ行く筈はないのだ。
うっとり誘いこまれて、彼の前には陽気なものだけが跳ねていた。なまりの多い咽喉で土地の唄をうたっているものに合いの手を入れて、席に戻って来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私の記憶が誤りでなくば、女は、たしか、男へ向つて、なまりの多い英語で斯う呟いて見せさへしたのである——
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
彼は余りのうれしさに、生れ故郷のなまりを、スッカリ丸出しにしながら、身体からだに似合わない優しい声を出した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
という客の、すこしなまりをおびた嗄声かれごえで、なんだか聞きおぼえのあるような気がして、かすかにさげていた頭をあげ室内を見た。ちんまりと洒落しゃれた小座敷。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
これは英語の navel、おへそって字からなまってきたのよ。ほら、ここんとこが、お臍のようでしょう。英語の先生がそう言ったわよ、とシイカが笑った。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
おんが似ているじゃないか。彼はもう一度、二つの言葉を発音してみた。たしかに舌の廻り具合が似ている。ゼンソクタバコの方が、原音からなまったのだろう。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
東北のなまりを感じ、質朴しつぼくなその人柄に深く心を打たれたが、その山本正雄が岡田良造であったことを太田はずっと後になって何かの機会に知ったのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
八十人あまりのおもに薩摩のさむらいが二階と階下とに別れて勢揃せいぞろいしているところへけつけてきたのは同じ薩摩なまりの八人で、鎮撫ちんぶに来たらしかったが、きかず
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
かにのことならガネマサが本当だ。カニのなまりだもの、ガネさ。ガネマサどんの横這い這いさ。我輩に綽名を
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
たゞしは業平村に居りましたゆえ業平文治と付けたのか、又は浪島を業平となまって呼びましたのか、安永年間の事でございますからわたくしにもとんと調べが付きませんが
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と何処の国のなまりか、変に抑揚のついた尻上りの口調で言つて、私の背から荷物を取り下してくれた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
ところが彼は、そんなことが問題になっているとは思いもかけず、びっくりしてクックッと笑いながら、例のカナダなまりで、「なんの、これで結構だよ」と答えた。
謝罪あやまった、謝罪った。たって手前の方から願いましたものを。千世ちいちゃん、御免なさい、と云って、お前さんもおややまり。」と言憎いから先繰りになまって置く。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ケイズと申しますと、私が江戸なまりを言うものとお思いになる方もありましょうが、今は皆様カイズカイズとおっしゃいますが、カイズは訛りで、ケイズが本当です。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ブラウン氏は心中に雀躍こおどりした。この時から、「長い黒の外套」が秘かに捜査の焦点となったのだが、この「外套がいとう」は、ライオンスによれば米国なまりの口をくという。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
四国なまりじゃったら舟の中に、一こりや二こり爆薬ハッパは請合います。松魚かつおの荷に作ってあるかも知れませんが、あの乾物屋さんに宛てた送り状なら税関でも大ビラでしょう。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
貫名海屋ぬきなかいおくの「赤壁賦せきへきのふ」をなまったというのですが、それを読んでまた遠い昔のことを思出しました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
このほかシッキムにはチベットからとブータンから移住して来た種族も沢山あって、それらは純粋のチベット語ではないけれどもまずチベットのなまり言葉を使って居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
再び松の木にぼんやりもたれかかりながら、私の背後の灌木の茂みの向うで、この村特有のなまりのある若者らしい声でこんなことを言っているのを、聞くともなく聞いていた。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それは土地とちではなまつてゑごとばれてる。そこらのにはゑぐがおほいのであきころるとしげつたいねかげちひさなしろはなく。與吉よきち子供こどものするやうに小笊こざるもつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)