裾野すその)” の例文
わたりや繁殖の状態を調べるために、春は富士の裾野すその、夏は蓼科たでしなという工合に、年じゅう小鳥のあとばかり追っかけてあるいている。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
裾野すそのけむりながなびき、小松原こまつばらもやひろながれて、夕暮ゆふぐれまくさら富士山ふじさんひらとき白妙しろたへあふぐなる前髮まへがみきよ夫人ふじんあり。ひぢかるまどる。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ここの富士浅間ふじせんげん山大名やまだいみょうはなにものかというに、鎌倉かまくら時代からこの裾野すその一円にばっこしている郷士ごうしのすえで根来小角ねごろしょうかくというものである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
富士の裾野すそのは眼で視ただけでは両手を拡げる幅にも余った。その幅も、眺めるうちにだんだん失われた。聖者は眼を二つ三つしばだたいた。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あの廣々ひろ/″\とした富士ふじ裾野すそのには、普通ふつう登山期とざんきよりもすこおくれてはち九月くがつころには、ことうつくしい秋草あきくさがたくさんきます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
「おい富士が見える」と宗近君が座をすべり下りながら、窓をはたりとおろす。広い裾野すそのから朝風がすうと吹き込んでくる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仕方がないので須走駐在所に急訴し、警鐘を打って消防の出動を請い、裾野すその一帯の森林を、あたかも往年の富士巻狩りのような騒ぎで大捜査を行った。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
円錐形えんすいけいにそびえて高く群峰を抜く九重嶺の裾野すそのの高原数里の枯れ草が一面に夕陽せきようを帯び、空気が水のように澄んでいるので人馬の行くのも見えそうである。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
山の中腹から裾野すそのに低く雲が垂れ、その星明りの雲の原の上でごろごろと雷が鳴ってゐる。実に静にうなってゐる。夢の中の雷がごろごろごろごろうなってゐる。
柳沢 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
裾野すそのつづきに重なり合った幾つかの丘の層まで、遠過ぎもせず近過ぎもしない位置からこんなにおもしろくながめられる山麓さんろくは、ちょっと他の里にないものであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
未明に鉄舟寺を辞すると、まず竜華寺りゅうげじの日の出の富士ふじあおぎ、三保みほ松原まつばらで海気を吸い、清水駅から汽車で御殿場ごてんばに出て、富士の裾野すそのを山中湖畔こはんまでバスを走らせた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
塩尻から岡谷へ抜け、高島の城下を故意わざと避け、山伝いに湖東村を通り、北山村から玉川村、本郷村から阿弥陀ヶ嶽、もうこの辺は八ヶ嶽で、裾野すそのがずっと開けていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
富士の裾野すそのを経、足柄山あしがらやまを越え、大磯おおいそを過ぎて、いつしか一行は、鎌倉に入ったのであった。
この『罪と罰』を読んだのは明治二十二年の夏、富士の裾野すそのの或る旅宿に逗留とうりゅうしていた時、行李こうりに携えたこの一冊を再三再四反覆して初めて露西亜小説の偉大なるを驚嘆した。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
武蔵野や富士の裾野すそのなども地点名の例で、大小にかかわらぬのである。山の名などには最もこれが多く、時として左右前後から、別々の名を附与して重複していることがある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ムラサキをりたい人は、富士山の裾野すそのへ行けば、どこかで見つかるであろう。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
宿は静かなというよりも寂しい山の中腹に建てられ、遠くにかなしそうな海がひろがり、欄によれば平らかな広い裾野すそのの緩かなスロープが眺められて、遠いかなしい感じのする景色でした。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
同じお百姓さんでも、山浦といへば、大きな山の裾野すそのの、本場のお百姓さんですから、私の村のお百姓さんたちにくらべると、姿かたちから、言葉つきまで、がつしりした力が感じられました。
(新字旧仮名) / 土田耕平(著)
そのふもとを汽車が通っていることは、丁度ちょうど富士山のすそを、御殿場ごてんばから佐野(今は「裾野すその」駅)、三島、沼津と、まわって行くようで、しかも東海道が古くからの宿駅であるように、シャスタ山麓さんろくの村落も
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ふく風はすでにつめたしやつたけのとほき裾野すそのに汽車かかりけり
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「まるで富士の裾野すそのだ、相手はどんな人間だ」
飛蟻はありとぶや富士の裾野すその小家こいえより
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
死出しで山路やまぢ裾野すそのなる
冬枯ふゆがれ裾野すその
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「だまれッ、この裾野すそのの夜ふけに、問いたずねる人間がいるか。そういうなんじの口ぶりがあやしい、正直にもうさぬと、これだぞッ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煉瓦造れんがづくりなんぞ建って開けたようだけれど、大きな樹がなくなって、山がすぐ露出むきだしに見えるから、かえって田舎いなかになった気がする、富士の裾野すその煙突えんとつがあるように。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見上ぐる人はう雲の影を沿うて、蒼暗あおぐら裾野すそのから、藍、紫の深きを稲妻いなずまに縫いつつ、最上の純白に至って、豁然かつぜんとして眼がめる。白きものは明るき世界にすべての乗客をいざなう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夕方にでもなると街道から遠く望まれる恵那山の裾野すそのの方によく火が燃えて、それが狐火きつねびだと村のものは言ったものだが、そんな街道に蝙蝠こうもりなぞの飛び回る空の下にも子供がいた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この裾野すその景色けしきながめながら、だん/\のぼつて一合目いちごうめをもぎ、海拔かいばつ三千五百尺さんぜんごひやくしやくあたりのところへますと、いつしか草原くさはらも、ひと植林しよくりんしたはやしなどもなくなつて、ずっとおくゆかしい
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
元は野(ノ)というのは山の裾野すその、緩傾斜の地帯を意味する日本語であった。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「まるで富士の裾野すそのだ、相手はどんな人間だ」
とほ念力ねんりきの岩手の村や四日市見上る方は富士の峯をつといのち取止とりとめ鶴芝つるしば龜芝青々とよはひぞ永く打續き麓の裾野すその末廣く天神山や馬場川口柴橋しばはし大宮木綿島もめんじま吉原じゆくも打過て日脚ひあしも永き畷道なはてみち未刻ひつじさがりに來懸たり斯る折から遙か彼方より露拂ひ右左に立下に/\笠を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ゆうべは、裾野すそのの青すすきをふすまとして、けさはまだきりの深いころから、どこへというあてもなく、とぼとぼと歩きだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いやどこも不景気で、大したほまちにはならないそうだけれど、差引一ぱいに行けば、家族が、一夏避暑をする儲けがある。梅水は富士の裾野すその——御殿場へ出張した。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
裾野すそのの会からかえって来たら、何だか急にうちのまわりの鳥の声が、多く新らしくなったような気がする。次の早朝例の通り窓をあけて寝ていると、ずカワセミが小さな外庭をいて通った。
ながめをほしいままにするために双眼鏡なぞを取り出して、恵那山えなさん裾野すそのの方にひらけた高原を望もうとした時は、顔をのぞきに来るもの、うわさし合うもの、異国の風俗をめずらしがるもの
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかしこの裾野すその大昔おほむかしからこんな草原くさはらだつたのではありません。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
そして田も畑も森も、ゆるい傾斜に乗って、道も少しずつ登り気味なのを考えると、すでに駒ヶ岳の裾野すそのを踏んでいるらしいが——と武蔵は立ち迷い
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いちめんすすきであった。函南かんなみ裾野すそのゆるい傾斜をいて、その果ての遠い町の屋根に、冬日はうすずきかけていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河合伊予かわいいよも、庭へ下りて彼方へ見に走った。庭といっても、夕富士の裾野すそのへ続いているかのように広かった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
垂井たるいの宿場あたりでが暮れた。——それから伊吹山の裾野すそのを、悠々と、駒を打たせて行った。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その裾野すそののゆるやかに野へつづく果てまで、あきらかな線を描いていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あくる日は、裾野すその本巣湖泊もとすこどまりだった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)