わら)” の例文
馬には、大豆、馬鈴薯じゃがいもわら麦殻むぎがらの外に糯米もちごめを宛てがって、枯草の中で鳴く声がすれば、夜中に幾度か起きて馬小屋を見廻りました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
冬なので、薬用の木や草本そうほんは殆んど枯れており、わらで霜囲いをした脇のところに、それぞれの品名を書いた小さな札が立ててあった。
そうかしら? と思いながらも、おぼれる者のわらにすがる気持もあって、村の先生のその診断に、私は少しほっとしたところもあった。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
啓之助はあわててあたりを見廻して、納屋番のわらぶとんが積んであるうしろへ、女を隠した。そして自分から入口の土間へ姿をみせ
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帆村にせきたてられて、兵曹長が中にはいってみますと、室内は四畳半ぐらいのひろさで、中にはわらが山のように積んでありました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いっぽうはまた萱屋根かややねだけでなく、わらやその他の植物で葺いたものがいろいろあって、それはいずれもみな三角がうんととがっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ジョンドレットはパイプに火をつけ、わらのぬけた椅子いすの上にすわって、煙草たばこを吹かしていた。女房は低い声で彼に何やら言っていた。
わらちひさなきまつたたばが一大抵たいていせんづゝであつた。の一わらなはにすれば二房半位ばうはんぐらゐで、草鞋わらぢにすれば五そく仕上しあがるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
客と家の者とがしげく出入して、夜もさわがしかった。武は七郎と小さなへやへ寝たが、三人の下男はその寝台の下へ来てわらを敷いて寝た。
田七郎 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
いいのこすと、意を決したように、納屋の入口のわらたばをがさがさ鳴らして踏み越えて行った。ゲンも、尾をぴんと立てて続いて行く。
睡魔 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
今は、一本のわらにもすがりたい心持の義経は、心ならずも菊池を六条河原に引き出して首を斬ったので、惟義は喜んで味方に加わった。
いわゆる“福草履”なるもので、鼻緒はわらしんにして、厚い紙で巻いたのであるから、ごつごつしてすこぶ穿きにくいものであった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると、ボーイは首肯うなずいて部屋を出て行ったが、間もなく等身大のわら人形をかかえて戻って来た。藁人形には不格好に胴衣チョッキが着せてあった。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何となく岩形氏に不似合な所持品と思われたので、溺れかかった人間がわらでも掴むような気持で検査してみる気になったものであった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「誰か飯をくれ、食うものをくれ、今日でもう二十日はつかも飯を食わぬ……わらでもいい、木の根でもいい、俺に何か食べるものをくれ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はてな何でも容子ようすがおかしいと、のそのそい出して見ると非常に痛い。吾輩はわらの上から急に笹原の中へ棄てられたのである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
階段のあたりに置かれる麦わらでつくった小奇麗なのもあれば、また非常に粗末な藁製の、一足一セントもしないようなのもある。
その主人は、召使が話すのを、じっと聞いていましたが、杖ほどもあるわらすべを取って、それで、私の上衣の垂れを、めくりあげました。
見徳庵——寺とはありませんが、外に似寄りのものもないので、平次とガラツ八は、まきわらを積んだ小さい廢寺の中に入つて行きました。
椅子いすにつまっているわらを調べたり、指先でそれに穴を開けようとしたり、鳥の声に耳を傾けたり、またあごがはずれるような大欠伸あくびをする。
胸に燃ゆる憤怨ふんえんの情を抱きながら、わらすべにでもすがりつきたい頼りない弱い心で、私達はそれから、二人の在所ありかを探して歩いた。
地面から四米ぐらいの高さだったろう。その中へわらを敷詰めて、そこで私達は待つのだ。虎は往きに通ったみちを必ず帰りにも通るという。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
水練の達者は、水面は浅いが、水深はかなり深い水底へくぐって行ったが、やや暫くあって、浮び出た時にはわらをもつかんではいなかった。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
芋の穴と云うのは芋をかこう一畳敷ばかりの土室つちむろである。伝吉はその穴の中に俵のわらをかぶったまま、じっと息をひそめていた。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしはこうして毎日通う塩浜の持ち主のところにいます。ついそこのははその森の中です。夜になったら、わらこもを持って往ってあげましょう
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ランプのほやがわらづとの隙間から見えていたのも、樺太らしい印象であったが、それよりも私には、野菜を入れた籠の方が強く心に残った。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「ハア、少しも着けていません。ただ、どこかへ寝転んでいたと見えて、頭の繃帯へわら屑みたいなものを沢山つけていました」
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
僧が引込ひきこんだので三左衛門はそこへ草履ぞうりを脱いであがった。庵の内にはわらを敷いて見附みつけ仏間ぶつまを設けてあったが、それは扉を締めてあった。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
幹が横に、おおきく枝を張った、一里塚のような松の古木の下に、いい月夜でしたが、松葉ほどの色艶いろつやもない、わらすべ同然になって休みました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
修繕材料の異臭が強く鼻をうつ。所々に傷口のできている本尊は蓮台からおろされて、須弥壇の上に敷いたわらのむしろにすわらされている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
私は、わら屋根の上の例のやぐらを眺めながら、しばらくそんな史的考察にふけつたのち、やをら立上つて、もと来た道を引返した。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「これこそ、ほんとに、爺さんの生涯の功徳くどくといふもんだ。わらも薪もから/\にてゐるから、さぞ、よう燃えさつしやるこつたらうてば。」
野の哄笑 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
わらにある薬品を加えて煮るだけでこれを真綿に変ずる方法を発明したと称して、若干の資本家たちに金を出させた人がある。
路傍の草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
特に冷静というのではなく、ドタン場に於いてもわらをつかむ男で、その個性を生かして大成したのが彼の剣法であったのだ。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
自分は老いた兄夫婦が、四五人の男女と、わらにおで四方を取りかこったにお場でさかんに稲こきをしてるところを驚かした。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
太縄のわらのけばをむしりながら、今五郎は思う。少年がジュースを二本ぶら下げて戻って来た。五郎は受取りながら言った。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
蓑というと東京あたりでは、ごく粗末にわらで作ったもののように考えますけれど、津軽のは全く違って、飾っておきたいほどの品であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
フィリップ夫婦は、わら布団と、羽根はね布団とを敷いてその上に寝るのである。毛布団というものをついぞ使ったことがない。
わらの上の若い農夫はぎょっとしました。そして急いで自分の腕時計を調べて、それからまるで食ひ込むやうに向ふの怪しい時計を見つめました。
耕耘部の時計 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
かくて孤児みなしご黄金丸こがねまるは、西東だにまだ知らぬ、わらの上より牧場なる、牡丹ぼたんもとに養ひ取られ、それより牛の乳をみ、牛の小屋にて生立おいたちしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
清元きよもと倉太夫の子だというがそれはもらいっで、浜町花屋敷の弥生やよいの女中をしていた女が、わらの上から貰った子を連れて嫁入ったのだとも言った。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「全くです。流れかかってるんですよ。だからお願いします。おぼれかかった人はわらでもつかむと言うじゃありませんか」
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
兜はなくて乱髪がわらくくられ、大刀疵たちきずがいくらもある臘色ろいろ業物わざものが腰へり返ッている。手甲てこうは見馴れぬ手甲だが、実は濃菊じょうぎくが剥がれているのだ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
彼は、生え伸びた髪を無造作にわらで束ねた。六尺豊かの身体は、鬼のような土人と比べてさえ、一際ひときわ立ちまさって見えた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
河岸ぶちに出てわらたわしでごし/\洗っている姿にも、どこか鍛えられた藤間のしつけの線があり、見飽きない母でした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わらひとたけにてあみたつる。はじめはわらのもとを丸けてあみはじめ、末にいたりてわらをまし二筋にわけ折かへし
海岸に行くと、その海岸の砂を畑や人家に吹きつけるのを防ぐために、わらやその他で、砂よけというものをこしらえておる。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ぴきで金串がまったくめられるような大きなのも二つ三つはあった。薄くこげるくらいに焼いて、それをわらにさした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
あごで奥をゆびさして手枕をするのは何のことか解らない。わらでたばねた髪のほつれは、かき上げてもすぐまた顔に垂れ下る。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
水蓮が枯れて泥ばかりの水鉢の奥から、霜よけのわらまで嘴で突いた。彼は深い孤独の悲しみと恋しさに燃えながら猶あらゆる鳴きようで妻を呼んだ。
白い翼 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)