ひじ)” の例文
この時、阿Qはひじを丸出しにして(支那チョッキをじかに一枚著ている)無性ぶしょう臭い見すぼらしい風体で、お爺さんの前に立っていた。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
女房がすり寄って、そびえている肩に手をかけると、長十郎は「あ、ああ」と言ってひじを伸ばして、両眼を開いて、むっくり起きた。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
また白花蛇楊春ようしゅんは、蒲州ほしゅう解良かいりょうの人、大桿刀おおなぎなたの達人だった。腰は細く、ひじは長く、綽名あだなのごとき妖蛇の感じのする白面青気の男である。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしはかの二通の手紙を手に持っていたが、あたかも階段を降りようとする時に、何ものかが私のひじをとらえたのを明らかに感じた。
そこで巫女は一本の針を取り出し自分のひじから血をとりそれを符につけて与え、別に又紙にそっと薬を包み仙水だと言って飲ませ
大王猿猴の勧めに依って弓を引いて敵に向いたもうに、弓勢ゆんぜい人にすぐれてひじ背中はいちゅうに廻る。敵、大王の弓勢を見てを放たざる先にのがれぬ。
平生へいぜいの元気も失せて呻吟しんぎんしてありける処へ親友の小山中川の二人尋ね来りければ徒然とぜんの折とておおいよろこび枕にひじをかけてわずかこうべ
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
爺いさんは一本腕のひじを攫んだ。「まあ、黙って聞け。おれがおぬしに見せてやる。おれの宝物を見せるのだ。世界に類の無い宝物だ。」
橋の下 (新字新仮名) / フレデリック・ブウテ(著)
相率いて乞食こじきになったり、慧可・雲門にならって皆がひじを切ったりあしを折ったりした日には、国はたちまちにして滅びてしまうであろう。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
あまりに食い過ぎたときには、二の腕の肉が腹のようにふくれた。なんにも食わせない時には、そのひじがしびれて働かなかった。
面は火のように、眼は耀かがやくように見えながら涙はぽろりとひざに落ちたり。男はひじのばしてそのくびにかけ、我を忘れたるごとくいだめつ
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「いイち!」と、ジャックは柳の木の上に立ち上って、ひじを拡げ、かかとをそろえ、眼を、やがて舞い上ろうとする雲の彼方かなたに注いで言った。
そう気をもまれてはかえって困ると言って、ごろりと囲炉裏いろりのほうを枕に、ひじを曲げて寝ころぶと、外は蝙蝠こうもりも飛ばない静かな黄昏たそがれである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「まあ、いやな先生!」彼女は仰山ぎょうさんひじを曲げ腰をゆがめてカラカラと笑った。「これでも日本人としては、純種サラブレッドですわヨ」
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二葉亭もまた蘇峰が高調した平民主義に共鳴し、ひじって共に語る友と思込んで、辞を低うし礼を尽して蘇峰を往訪した。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
火鉢の縁にひじをもたせて、両手で頭を押えてうつむいている吉里の前に、新造しんぞのお熊が煙管きせるつえにしてじろじろと見ている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
そして電車が止ったり動き出したりするのを意識の遠くでぼんやり数えていた。突然隣のひじが僕の脇腹を押して来たのだ。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
二人とも紅いしょうの鉢巻をして、もとどりきじの尾を挿し、紫の小袖を着、腰に緑の錦を束ね、一方の手にはじきゆみを持ち、一方の手に青いひじかけをしていた。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
巻煙草まきたばこを取出していた鼈四郎べつしろうはこれを聞くと、煙草を口にくわえたまま鉢をつかみ上げひじを伸して屑箱くずばこの中へあけてしまった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
夥しい小竜大蛇がうようよと火の中に鎌首をもたげているのみではない、なおよく見ると、あのひじにも、この腕にも、竜と蛇が巻きついている。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
次郎はいきなり右ひじで俊三を突きのけた。俊三はよろよろと縁をよろけて、敷居につまずき、座敷の畳の上に仰向けに倒れた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼等は皆竹籠をひじにかけている所を見ると、花か木の芽か山独活やまうどを摘みに来た娘らしかった。素戔嗚はその女たちを一人も見知って居なかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
受付の十蔵、卓にひじを置き煙草たばこ吹かしつつ外面そともをながめてありしがわが姿を見るやその片目をみはりて立ちぬ、その鼻よりは煙ゆるやかにでたり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
欣弥のまなこひそかに始終恩人の姿に注げり。渠ははたして三年みとせの昔天神橋上月明げつめいのもとに、ひじりて壮語し、気を吐くことにじのごとくなりし女丈夫なるか。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうしてそのうちに……御覧なさい。このひじの処が両方ともこんなに肉が出てピカピカ光っているでしょう。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひと目見、ちょっと触ってみて、ヴァランタンのひじのそばに丸薬入りの小函があることを見た、人々はヴァランタンが椅子の中に冷たくなっている事を知った。
夜が明けてから見ると舟の中に魚のひれが落ちていた。さしわたしが四、五尺ばかりもあった。そこでこれは宵に切ったひじであったということを悟ったのであった。
汪士秀 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
経世家的儒者中井竹山が山崎派を排斥して、竹内式部の事例に及び「『靖献遺言』を主張し、ひじかかげて横議おうぎし、目前の大害を引出し候」と掊撃ほうげきしたるを見れば
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
この小さな天皇には、ご誕生たんじょうのときに、ちょうど、ともといってゆみるときに左のひじにつける革具かわぐのとおりの形をしたお盛肉もりにくが、おうでに盛りあがっておりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
鶴さんはそれでも落着いたもので、そっと書かけの手紙を床の下へ押込もうとしたが、同時に、お島の手は傍にあった折鞄をさらっていくためにひじまで這出はいだして来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わしの左ひじが鶏になったら、時を告げさせようし、右臂がはじき弓になったら、それでふくろうでもとってあぶり肉をこしらえようし、わしのしりが車輪になり、魂が馬にでもなれば
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
男のさかやきはすでに一分ほど延び、日本服の上に金鎖のついた木の大きな十字架を首から下げ、手に念珠をもち二冊の書籍を腋にはさみ、ひじのやゝ上部を縛されて現れた。
獄丁二人が丁寧に罪人の左右のひじを把って、椅子の所へ連れて来る。罪人はおとなしく椅子に腰を掛ける。居ずまいを直す。そして何事とも分からぬらしく、あたりを見廻す。
分隊長はまさに双眼鏡をあげて敵のかたを望み、部下の砲員は兵曹へいそう以下おおむねジャケットを脱ぎすて、腰より上はひじぎりのシャツをまといて潮風に黒める筋太の腕をあらわし
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
陽気そうに見えるもの、にぎやかそうに見えるものが、幾組となく彼の心の前を通り過ぎたが、その中で彼のひじって、いっしょに引張って行こうとするものは一つもなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
団茶はこれをあぶって嬰児えいじひじのごとく柔らかにし、紙袋を用いてこれをたくわう。初沸にはすなわち、水量に合わせてこれをととのうるに塩味をもってし、第二沸に茶を入れる。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
この時われは裏道を西向いてヨボヨボと行く一人の老翁を認めた。乞食であろう。その人の多様な過去の生活を現わすかのような継ぎはぎの襤褸ぼろは枯木のようなひじを包みかねている。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
卑弥呼はひじに飾ったくしろ碧玉へきぎょくを松明に輝かせながら、再び戸の外へ出て行った。若者は真菰まこもの下に突き立ったまま、その落ち窪んだ眼を光らせて卑弥呼の去った戸の外を見つめていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
と云いながら長柄ながつかへ手をかけて抜こうとすると、小野は丸で見えんのではないから持って居った煙管きせるひじを突きますと、八十兵衞は立上ろうとする途端にひょろ/\として尻餅を突くと
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
淡褐色となってうろこのように脱落したのもある、風にめられて「出」字状にひじを張った枝は、かがめた頭さえ推参者めがと叱るように突き退ける、栂の黒色の幹が、朽ちて水の中に浸っている
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ひじからは総がぶらぶら垂れている。胸のへんには紐がひらひらしている。
「ドレ帰ろうか」ト「ヴィクトル」はひじを杖に起ちあがろうとした。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
葉子は心の中でこうつぶやくと、焼き捨てたように古藤の事なんぞは忘れてしまって、手欄てすりひじをついたまま放心して、晩夏の景色をつつむ引き締まった空気に顔をなぶらした。木部の事も思わない。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
酔人の水にうちいるる石つぶてかひなきわざにひじを張る哉
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
卓子にひじを突いたまま眠って了った。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
わた抜や机にひじをついてみて 雨帆
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ひき倒されて転んだときに、左のひじと左の足とを摺りむいただけのことで、出血の多かった割合に傷は浅かったので、溝口もまず安心した。
有喜世新聞の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると一隅から、黙れッと大喝して、さや走る剣と共に、諸葛瑾へ跳びかからんとする若者があった。関羽は叱咤して、その関平のひじを抑え
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしのた五郎作の手紙の中に、整骨家名倉弥次兵衛の流行を詠んだ狂歌がある。ひじを傷めた時、親しく治療を受けて詠んだのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
尖ったひじと枯木にひとしい手をすぼめている。くびきの下に押さえられているように垂れた頭の上から、彼女の背中が見える。髪の毛一本動かない。