胡麻ごま)” の例文
今更胡麻ごまを摺つても追つ付かぬぞ、——其方の家來、そのあごのしやくれた野郎が、昨日拙者が何をして居たか、くどく訊き居つたぞ。
その中に胡麻ごまきびあわや竹やいろいろあったが、豆はどうであったか、もう一度よく読み直してみなければ見落したかもしれない。
ピタゴラスと豆 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ダッ! と片脚あげて与吉の脾腹ひばらを蹴ったと見るや、胡麻ごまがら唐桟とうざんのそのはんてんが、これは! とよろめく与吉の面上に舞い下って
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「そこは正直でございましてな。お気に召さずば道中師屋、胡麻ごま蠅屋はいや大泥棒屋、放火屋とでもご随意に、おつけなすってくださいまし」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それにまた、四階の人たちのところへはいり込むには、何かある魔法的な秘訣ひけつを、開けよ胡麻ごまを、知っていなければならないほどだった。
時には、その下頭小屋に、胡麻ごまはえが手枕で宿をかり、悪玉どもがよからぬ相談の車座でめることも、まことにやむを得ないわけです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
胡麻ごまをすったその恩賞で引上げられたのだ、あいつは頼もしそうな面をして老中あたりの頑固連がんこれん口説くどき落すには妙を得ている
この法は、晴天のの時に、白胡麻ごまの油を手の甲、指、額に塗り、日輪に向かいてらしめ、手合わさしてわが口のうちにて
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
甲州八田はったという村にあるしわぶき婆は、二貫目ばかりの三角な石で、これには炒り胡麻ごまとお茶とを供えて、小児が風をひいた時に祈りました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ではまねだけ、と云って与平はさかずきを持った。膳の上にはなにかの酢味噌と、菜の胡麻ごまあえと、雑魚の佃煮つくだになどが並んでいた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その木鉢はあん胡麻ごま黄粉きなことになっているので、奥にいるのが粟餅をよいほどにちぎっては、その三つの鉢へ投げるのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
せめて昔の物語りに出て来る胡麻ごまはえにでもぶつかるか、或はまた、父母をたずねる女の巡礼と道連れになって、その哀れな身の上話をきいて
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
強い胡麻ごま塩の髪をぴったり刈りつけて、額が女の様に迫って頬には大きなきずがある政の様子は、田舎者に一種の恐れを抱かせるに十分であった。
栄蔵の死 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
與吉よきち横頬よこほゝ皮膚ひふわづか水疱すゐはうしやうじてふくれてた。かれ機嫌きげんわるかつた。みなみ女房にようばう水疱すゐはう頭髮あたまへつける胡麻ごまあぶらつてやつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
無暗むやみに御世辞を使ったり、胡麻ごまを摺るのとは違うが」と平岡はわざわざ断った。代助は真面目な顔をして、「そりゃ無論そうだろう」と答えた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今度は玉子焼鍋の底へ半紙を敷いて胡麻ごまの油でしめしますがあんまり多過ぎるとカステラが臭くなりますからホンの紙へ浸みるばかりでいいのです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
頬へかけて、円いあぎと一面に胡麻ごまのよう、これで頬がこけていれば、正に卒業試験中、燈下に書を読む風采であった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
殊に門の上の空が、夕燒ゆふやけであかくなるときには、それが胡麻ごまをまいたやうにはつきり見えた。からすは、勿論、門の上にある死人しにんの肉を、啄みに來るのである。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
六五頁に「下級の長脇差、胡麻ごまの蠅もやれば追剥も稼がうといふ程度の連中」ということが書いてある。
中里介山の『大菩薩峠』 (新字新仮名) / 三田村鳶魚(著)
おのれ相川様へ胡麻ごまアすりやアがって、おれの養子になる邪魔をした、そればかりでなくおれの事を盗人ぬすっと根性があると云やアがったろう、どう云う訳で胡麻をって
瀬古 そうしておはぎはあんこのかい、きなこのかい、それとも胡麻ごま……白状おし、どれをいくつ……
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
酒楼の下の岸には画舫がほうもある、舫中の人などは胡麻ごま半粒ほどであるが、やはり様子が分明に見える。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
胡麻ごまつぶのやうです。また望遠鏡でよくみると、大きなのや小さなのがあつて馬鈴薯ばれいしよのやうです。
烏の北斗七星 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ごんごん胡麻ごまは老婆の蓬髪ほうはつのようになってしまい、霜に美しくけた桜の最後の葉がなくなり、けやきが風にかさかさ身を震わすごとに隠れていた風景の部分が現われて来た。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「まさか、胡麻ごまはえじゃあるめえ」と、半七はまた笑った。「小博奕こばくちでも打つぐらいの奴なら、旅籠屋へきて別に悪いこともしねえだろう。道楽者は却って神妙なものだ」
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
胡麻ごまの油だの、豌豆えんどうまめだの、チーズだのを売りさばいて、自分たちは食う物も食わずに、一銭二銭の小銭から何千という金を積み上げて、あいつに仕送りしてやったのだ。
雑草が露の重味で頭を下げ霧に包まれた太陽の仄白ほのじろい光りの下に胡麻ごまの花が開いていた。彼は空を仰ぎ朝の香を胸いっぱい吸った。庭の片隅の野井戸の側に兄がうずくまっていた。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
するめにくるんで乾物の荷と見せかけ、かろうじて胡麻ごまはえの難をまぬかれた話もある。武州川越かわごえの商人は駕籠かごで夜道を急ごうとして、江戸へ出る途中で駕籠かごかきに襲われた話もある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
実際は雨天体操場などという新しい名前はなくて、私たちはたまりと呼んでいた。十分の休み時間には、この溜り一杯胡麻ごまを散らしたように、児童たちが真黒まっくろむらがって走りまわっていた。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
然し、そういう、一流の上品な味よりも、天ぷらを食うなら、天丼が一番美味うまい。と言ったら、驚かれるだろうか。抑々そもそも、天ぷらって奴は、昔っから、胡麻ごまの油で揚げてたものなんです。
下司味礼賛 (新字新仮名) / 古川緑波(著)
だが、そろそろとその青かった月代が、胡麻ごま黒く伸びかかって来ると、やはりよくない。どうもよくない。極め付きのあの退屈が、にょきりにょきりと次第に鎌首をもたげ出して来たのです。
まず、肉を高熱で充分煮込み、さらに五香の粉と酒に漬け込んで一昼夜を経、それを本胡麻ごまの油でいためて、塩と醤油で味をつけ、野菜を添えて供したのが、これであります、と言うのだ。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
樹木の幹の、でこぼこしているのを見ても、ぞっとして全身むず痒くなります。筋子なぞを、平気でたべる人の気が知れない。牡蠣かきの貝殻。かぼちゃの皮。砂利道。虫食った葉。とさか。胡麻ごま
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
道中の胡麻ごまはい形の男にも見えた。あるいは又すり稼ぎのために入込んだ者のようにも思われた。あいつが仕事のついでに、悪戯いたずらをして廻るのではあるまいか。そんな疑念をも生じたのであった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
河岸かしに舟が着くと、船頭の女房二、三人が、焙烙ほうろく胡麻ごまをいっている。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
やがて彼女の手より閃めき出でし蘭法附木つけぎの火、四方に並べし胡麻ごま燈油の切子硝子きりこ燈籠とうろに入れば、天井四壁一面に架けつらねしギヤマン鏡に、何千、何百となく映りはえて、二十余畳にも及ぶべき室内
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
*油は胡麻ごまの古い貯蔵品が味がこなれていていい。
料理メモ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「いやァ、うちは、胡麻ごまをあげましたんじゃ」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
どうも自分ながら胡麻ごまの匂いがする。
割合にさき擂粉木すりこぎ胡麻ごまをすり
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「『開け、胡麻ごま』は?」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
久し振りで庵を訪ねた主人の前へ、一色道庵の示した丸藥の成分と言ふのは、人參、松樹甘皮まつのあまかは胡麻ごま薏苡仁よくいにん甘草かんさうの五味だけ。
「知ってる、僕も名前だけは大いに聞いている、それから最近、お角という奴が、妙に胡麻ごまをすっていることも知っている」
大根やかぶや人参や里芋などの野菜物に、五升ばかりの米と小豆と胡麻ごまと、ほかに切った白い餅が、かなりたくさんあった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
品川宿から高輪へかかると、海の風も生温なまぬるく感じられてくる。街道は白くかわき上って、牛馬や荷駄馬の通るたびに、はえ胡麻ごまのようにほこりを追う。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
側御用人の小身から、将軍家に胡麻ごまを磨り老中に上がって七万七千石、それで政治の執り方といえば上をくらまし下を
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
豚饅頭にも色々ありますが、今日のは豚のロースといって赤い肉を細かく叩いて少しの胡麻ごまの油と塩と玉葱たまねぎあるいはねぎと一緒にまた叩きぜて置いて
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そうして、いらッしゃる処が解らないでは、お迎いにくことが出来ませんから、これを……ッて、そう云って、胡麻ごま一掴ひとつかみ、姉様のたもとへ入れてあげたの。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「御菓子を」と今度は鶏の踏みつけた胡麻ごまねじと微塵棒みじんぼうを持ってくる。ふんはどこぞに着いておらぬかとながめて見たが、それは箱のなかに取り残されていた。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻ごまをまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、ついばみに来るのである。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)